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十三個目の話題「悔しいけど過去があって今がある。」

(いきなり本編始まります…!!)
(タイトル紛らわしいけど数字の通り13話目です!)


時間の経過は止められない。
多分拗ねても止まらない。
「…久しぶりだな、陽」
会話なんて何も無い。
今からでも嫌だと言ったらこの人はここから出て行ってくれるだろうか。
「まぁ土産話でもするか」
「…」
「そうね。韓国に行ってたのよね?」
「ああ」
父さんが帰ってくると聞いたのは昨日のことだ。
俺が中学2年生の頃に急に家を出ていって……5年ぶりに姿を見ている。
その5年間、俺は日に日に暗くなっていく母さんをずっと見ていた。
それなのに今更、話したいことなんてあるわけが無いだろ。
「韓国と日本ってどんな所が違ったの?」
「考え方も習慣も、コンビニの中身でさえも違ったよ」
「コンビニも?お父さんはどっちの方が住みやすかった?」
「そうだなぁ……やっぱり食事が___」
笑い合う2人の間に入りたいとも思えない。
それどころか俺よりも父さんと話すのが楽しそうな母さんに嫌気がさす。
父さんが家を出ていく前の母さんと父さんの喧嘩が増えた頃も、空気を変えようと努力し続けたのは俺なのに。
「まぁ、そういう訳でそろそろ帰ろうかと思ったんだ」
「あら!もっと早くても良かったのに」
「……」
父さんはいつだって自分の意見以外を受け入れなかった。
ずっと明るかった母さんの話でさえも受け入れずに笑うことも無く……そんな無神経な人だった。
どうやら今も変わってないらしい。
努力しなくても自分は5年間放置し続けた息子に受け入れてもらえると思ってる。
「……ありえない」
「なんだ?」
「今更『帰ろうか』って?」
「あぁ。仕事も日本で出来るくらい安定してきたからな」
「仕事って……俺はその仕事のために5年も…」
「5年も?」

「っ……、5年も俺の時間を奪ったくせに」

頭の中がぐっちゃぐちゃで割れそうだ。
今口から出て行った言葉が本心なのかもよく分からない。
「陽、そんな言い方しなくても…」
「それが5年ぶりに会った父親に言いたいことか」
「…は?『会いたかった』とか言われると思ってたのかよ」
「いいや。さっきのが言いたいことなら好きなだけ言えばいいじゃないか」
「なんだよそれ!俺は、俺の気持ちは!どうでもいいってことかよ!!」
後一年もすれば二十歳になるのに、未だに声を荒げて目の前の人間を追い詰めようとしている自分が情けない。
それでもこの5年に積もったものは、こんなもんじゃ済まない。
「陽」
「…」
「お前はこの5年間、何をしていたんだ」
「………は?」
「〝俺に時間を奪われた〟お前は、どうやって過ごしていたんだ」
「っ…」
父親として、夫として、酷いことをしておきながらこの男はどうしてこんなに偉そうなんだ?
たった数分の会話でこんなにも腹が立つことはそうそうない。
同じ血が流れているとは到底思えない。
「なぁ」
「…なんだ?」
「この5年間、俺がどうやって過ごしていたか。少しは想像したことがあるのか?」

「そんなもの…」

「俺が知る訳ないだろう」

「…っ」
あまりにも単純で、心を切り裂くには十分な言葉だ。
その意思がないとしても、さっきの言葉は俺の5年間を全否定しているようなもんだ。
俺はそんな言葉を吐く男の息子で、これからは恐らく一緒に暮らしていかないといけない。
そんな現実に目眩すらしてくる。
「もう知らねぇよ…」
「あ!陽!!ちょっと待って、」
「ほっときなさい」
「ダメよ、あの子が_______」
扉を閉めた瞬間に母さんの声は聞こえなくなった。
2人が何かを話しているのは分かるけど、もう聞きたくはない。
「…」
家を出たところで何も変わらないのは分かっている。
でもここには居たくない。
そう思って家を飛び出した。
「雨、か」
こんな時、天候でさえも味方にはなってくれないらしい。
話している時も「頭が痛いな」なんて思っていた。
父さんの顔を見たせいかと思っていたが、ただの偏頭痛だったらしい。
体調も、良くない。
そんな状態で俺は走り出した。
目的地なんてもちろんない。
でも出来るだけ家から離れたかった。
あんなとこには居たくない、ただそれだけ。

「ヨウちゃん、どうしたの?」

「え…シロ…?」

「………ううん、光莉」
「光莉?なんで…」
「ここ2人ともの家からいっちばん近いコンビニだよ?割と居ても不自然じゃないと思う」
「ああ、そうか」
「…それより、どうしたの。そんなひどい顔して」
こういう時にやっぱり泣かないんだな俺って、とか思っていた。
それなのに、光莉に顔を覗き込まれて急に涙が溢れ出してきた。
「え?え、ちょ…陽!?わ、どうしよ、とりあえず…座ろ!ね?」
光莉に引っ張られてコンビニの駐車場の端まで来た。
車止めに2人で座る。
「陽…辛いね、そんな泣くって…もー、何があったのさ…とりあえず気が済むまで泣きなー?」
「っ、ごめん…光莉っ」
「いいっていいって。涙って辛い時に出てくるんだよ?辛いのは出し切らなきゃね!」
そう言って光莉はずっと背中をさすってくれる。
人前で泣くのも久しぶりだし、こうやって慰めてくれる人がいるのはもっと久しぶりだ。
なんか、すごく背中が暖かい。
「……っ、ありがと」
その暖かさが全身を包んだ頃に、涙は止まった。
ここまで大泣きしたのは初めてのことだ。
「ん。もう大丈夫なの?」
「うん…落ち着いた」
「そか。…ほんと、びっくりしたぁ」
「ごめん」
「違う違う!その、なんて言うの?でも…そんないっぱい泣くほど辛い時に、会えてよかったと伝えたい」
「…会えてよかった?光莉が?」
「うん。陽が辛い時に隣に居させてくれてありがとう!って思ってる」
「そうなの…?」
「そうだよ?大事な人の辛いに寄り添えるのって私は嬉しいことだと思うから」
「…」
こんなこと言う人に初めて出会ったはずなのに、少し言っていることが理解できた。
でも今はそれよりも、こうやって言ってくれる人が居ることがただただありがたい。
「もしもさ、もしもだよ?陽が辛いって話をしたくなったら…牧瀬光莉相談窓口いつでも開いてるからさ?言って欲しいな」
「その相談窓口年中無休なの?」
「もちろん!大事な人にだけは年中無休」
明るく笑う光莉の顔を見ながら俺はふと気づいた。
今すごく幸せで、光莉のこの笑顔に心が温かくなれるのは、あの5年の苦しみがあったからだ。
大泣きするほどの思いを抱えてなかったら、俺は今のこの温かさを感じることは無かった。
悔しいけど、過去があったから今の幸せがある。
…だからといって全てを許すことは絶対にしないけど。
「いつか訪ねると思う」
「牧瀬光莉相談窓口?いつでも大歓迎だよ!」
「…ありがとう、光莉」
きっとこれから俺は苦しい思いを、何度もすることになるんだろう。
やっぱり父さんを理解することも出来ないと思うし、そんな父さんを受け入れる母さんの姿は見ていたくない。
それでも毎日向き合うことになるんだ。
「お?晴れたじゃん!ねぇ陽、アイス食べようよ!」
そうなったとしても、どうやら毎日少しだけでも笑顔になれる時間はありそうだ。
「…俺も会えてよかったよ、光莉」
「えー?なんて?」
「ううん。アイス買いに行こう」
「うん!」
さっきまでの雨が嘘のようにピタッと止んで、太陽が駐車場を照らす。
その光が水たまりに反射して、キラキラと輝く。
今日のキラキラは、黒いけど…悪くはないな。
そんなことを思いながら、コンビニに入って行った光莉の後を追った。

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