始まりの話題『俺ね、死にたいと思いながらポジティブに生きる。がモットーなんだ!』

高校卒業、という節目を男子高校生2人が迎える前に彼らを繋げた桜咲く〝あの日〟のお話をお伝えしていこうかなと思います。
桜の木の下でシロがヨウに告げたこととは。
そしてヨウがシロに思ったこととは一体なんだったのでしょうか。

(他のお話より少し長めです。)


「…あれ?神木、か?」
(さぁて今日こそ父ちゃんに「ごめんね」って言わせるぞ)
なんて考えながら帰ってたら、蕾がつき始めた桜の木の下でスケッチブックと睨めっこしてるクラスメイトを見つけた。
見つけたのは教室の隅っこで絵を描いてる姿しか思い出せない神木真白。
教室の中でも絵描いてばっかで、学校出ても絵描いてるってことか?
どんだけ好きなんだよ。
「…」
(あんま喋ったことないけど驚かしてみる?)
俺は何となく一生懸命なその背中を振り向かせたいと思った。
「…っ、」
「え?」
でも近づいてくと神木が泣いてるのが分かった。
そんな相手を驚かす訳にも行かなくて、かといって仲良くもないから普通に声掛けるのも…なんか難しい。
(どうすんだよ俺。今走って逃げたら絶対気付かれるだろ!)
真後ろに焦る俺が居るのに、神木はちっとも気づかない。
「………っ、」
しかも泣いてるくせに神木の手は止まらずに桜の木を必死に描いてる。
ちらっと見えたとこだけでも、すっごい綺麗に描けてるって分かる。
なのになんでこいつ泣いてんだ?
「あー、えーっとさ」
「ぅえっ!?な、なに!!」
「うわっ…そんな驚くなよ、ご…ごめんって」
何とか声掛けた瞬間に神木は驚いて勢いよく振り返った。

「…!!!」

やっと振り返ってくれた神木の目を見た時、吸い込まれたような気分になった。
すごくすごく澄んだ透明な目。
最近知ったばかりの言葉を並べただけだけど、俺が見た神木の目はそんな綺麗な目をしてる。
泣いてたのに、辛そうなのに、なんか…すげぇ綺麗。
「………陽くん?」
「えっ?あ、あぁ…うん。陽、デス」
「な、なにか用?」
「…それダジャレか???」
「えっ?」
「あっ、ごめんごめん忘れて」
つい明るすぎる母ちゃんの癖が移ってつっこんでしまった。
いやわかってる。いきなりあんま仲良くないクラスメイトに話し掛けられてボケるようなやつじゃないって分かってる。
のに、何か頭がぜんっぜん回んなくて変なこと言っちゃった。
「ぷっ」
「え?」
「陽くん、面白いね」
「っ__」
ほんとに男の子か?って思わず聞きたくなるくらい可愛い顔で神木は笑った。
言葉詰まらせてる俺なんか見もせずに、笑い続ける神木。
それがムカつくのに可愛くて、可愛いと思った自分にもびっくりして俺はまた喋れなくなった。
なんだこいつ、こんなやつだって知らなかった。
「ふふっ、ほんとおかしいっ…」
「も、もういいだろ」
「…うん、ごめんね。こんな面白いの久しぶりだったから」
「久しぶり、って…こんくらい普通じゃね?」
「普通…じゃないよ。」
「え…」
今度は急に真顔になって、下を向く神木。
これは俺、やっちゃった…よな。
「あぁもう!なんかごめん!俺が悪かった!」
「へ?」
「神木の普通じゃないを普通って言っちゃったんだろ?俺にとって普通でもあんま簡単にそんなこと言っちゃダメ…って母ちゃん言ってたから…だからその、嫌な思いさせた?よな?…ごめん」
「…陽くん何も悪くないよ」
「いや。そんな顔させたんだから俺が悪い」
「違うよ。僕が傷つきやすいのがいけないんだ」
「あ!ほら!傷ついたんじゃねぇか!なら俺が悪い。どんな理由でも傷つけたやつが悪い。」
「っ、そんなことないっ…」
「えっ、ちょっ…今度は泣くのか!?まじで悪かったってば」
まともに会話したのなんて今日が初めてなのに、笑わして真顔にさせて泣かして…俺何やってんだよ。
母ちゃんが居たら怒られるやつじゃん。
「神木、ごめんって…頼むから泣かないで」
「っ…だって、だってぇ」
「うん。何?聞いてるから。ゆっくりでいいから。俺の悪かったとこ教えてくれ」
「違う!違うよ…陽くんは何も悪くない」
「…?でも神木泣いてるし、」
「これは、その…なんか胸がきゅって…分かんないのに嬉しくて」
「分かんないのに嬉しくて???」
俺の疑問に返事は無かった。
喋ってくれないならわかんないし…俺は神木が落ち着くまでとりあえず背中でも撫でとく、か。
「…ふぅ、あの、ありがとう」
「落ち着いた?」
「うん」
「なぁ、何が嬉しかったか分かったか?」
「うん…俺ね、ちょっとでも嫌なことがあると泣いちゃったり笑わなくなっちゃうの」
「うん」
「でもそれ、ダメだってお母さんに言われて」
「え…」
「『平常心でいなさい。あなたの創るものに影響を与えてはいけないから。』って最近はそればっかり言われるの」
「創るもの、ってなんだ?」
「…陽くん、知らないの?」
「えっ、ごめん知らない」
「そっか…俺ね?ちっちゃい頃から絵を描くのが得意で、それが、なんかネット上?で色んな人に見られてるみたい」
「そう、なんだ。すげぇじゃん」
「…うん、ありがとう」
「でもなんで、泣いたりしちゃダメなんだ?」
「わかんない。けど、ダメって言われる」
俺は母ちゃんに『泣きたい時に泣いとけ』と言われてきたから、神木の母ちゃんの言ってることがよく分からない。
でもそれをそのまま言っちゃたら、また泣かせてしまいそうで…なんて言ったらいいんだろ。
「…あのね、だから陽くんが「傷つけたやつが悪い」って言ってくれたの嬉しかったの」
「なんで?」
「お母さんには『傷つく方が悪い』って言われたから」
何にもわからない。
俺からしたら普通じゃない話ばっかり出てくる。
でもまた神木の普通を否定したくない。
…でもこのまま1人にしたくもない。
「大丈夫だよ神木」
「え?」
「俺は絶対神木が泣くの辞めろなんて言わない」
「…」
「そんで俺が嫌なこと言っちゃった時は、嫌だ!って言っていい。神木のこと傷つけたくないから」
「陽くん」
「だから、その…なんだ。俺の前では好きにしたらいいよ!な!!」
「っ、うん!ありがとう…陽くん」

この日から俺らは毎日桜の木の下で話をした。
絵を描くことが大好きなこと、そんな絵に合ったタイトルを考えるのも楽しいってこと。
本を読むのも好きらしい。あんな文字いっぱいなもの俺には無理だからすげぇと思った。

そして段々とお互いのことを知ってきた頃に俺らは〝シロ〟〝ヨウちゃん〟と呼び始めた。

けど下校中に待ち合わせをしていた俺らは、春休みに入ると同時に会わなくなった。
すっかりシロと話す時間が楽しみになっていた俺は、心にぽっかり穴が空いたような気分で過ごした。

それに、父ちゃんは相変わらず母ちゃんに謝らないし。
母ちゃんも段々暗くなっていって…。

そんな家から離れたくてあの木の下に向かった。
シロが居たらいいな…なんで少しスキップしながら向かった。

「っ、」

「…シロ」

満開の桜の木の下で、真っ黒な服を着て俯くシロが居た。
すぐに分かった、泣いてるってことが。
「シロ、」
「ヨウ…ちゃん?ヨウちゃんっ…」
ここに居るのは俺なのに、必死に涙を拭おうとするシロの手を止めた。
「いいって、泣きたいんだろ?泣けよ」
「…」
「なぁシロ?大丈夫だから」
すぐ拗ねたり、笑ったり、真顔になったり、泣き虫だったり、短い時間でも色んな表情を見せてくれた。
なのに、なんで急に泣いてんの隠そうとしたりするんだろう。
「いいの…俺が、泣くから…ダメだったんだ」
「どういうこと?春休みの間に何かあった?」
「…お母さんが、死んだ」
「は?」
「『白くなれない子は要らない』って。『もう疲れたからさようなら』だって…っ」
「意味、わかんね…なにそれ」
シロは確かに白ではなく、透明な目で絵を描く。
でもそんな透明な目で描く絵がすっごい綺麗なのに。
白くなれない子は要らない?なんだよそれ。
「ねぇヨウちゃん」
「…ん」
「真白の白って、なんにも考えない真っ白って意味だったのかな?」
「は、ちがう」
「…ううん。そうじゃなきゃいけなかったんだよきっと」
「シロ…」
「あ、そうだ…そうか。そうしたらいいのか」
「なにが?」
泣いてたはずなのに、シロの目は真っ赤でも…いつもの透明でもなく、どことなく白く濁って見える。
そしてユラユラと揺れてる。
このままだとシロがどこかに行ってしまいそうだと思った。

「ねぇ、ヨウちゃん」

「ん?」

『俺ね、死にたいと思いながらポジティブに生きる。がモットーなんだ!』

「っ…!?」
一番最初に見せてくれた笑顔と全く同じ顔で、とんでもなく冷たいことを言うシロ。
今は可愛いなんて思ってない。
思ってないのに言葉に詰まる。
なんで?なんでこんなことを、まだ中学生にもなってないこいつが…言わないといけない?
「どうかな?…これなら、白くなれるかな」
「ならなくても!……」
〝ならなくてもいい〟と言い切ることが出来ない。
今のシロのモットーとやらを否定したら、シロは完全に無くなってしまう気がする。
「…シロ」
「うん?っ、うわ」
少しだけ強い風が吹いて、桜の花びらが舞った。
その花びらがシロを連れて行ってしまいそうで、俺は思わず手を取った。
「…ごめん、少しだけ我慢して」
なんにも言えなくても、少しでも俺がシロを大切に思う気持ちを伝えたくて…抱きしめた。
最初に泣き始めたシロの背中を撫でた時より、随分細くなった気がする。
これ以上、世界からシロの存在が無くなっちゃいけない。
俺が腕の中で、引き止めないと…いけない。

「ヨウちゃん、…ごめんね」
「なんで謝んだよ」
「だって…ヨウちゃん泣いてるから」
シロに言われて気づいた。
なぜが俺が泣いてる。
「…ごめん、シロの涙取っちゃった」
「涙は取れないよ」
「…でももう泣いてくんないんだろ?」
コロコロと表情の変わるシロを見てるのが好きだった。
そんなシロと話してるのが楽しかった。
絵を描いてるあの透明な目が好きだった。

けどもしかしたら、今日から無くなるのかもしれない。
だからなんだ。
俺がそばにいて、取り戻してやったらいいだけの話だ。

今は抱きしめることしか出来なくても、いつかシロがまた素直に泣いてくれるその日まで…俺が隣に居たらいいんだ。

この日から、俺の生きる理由がそれになった。
だから他のことなんて、どうでも良くなった。

後から知った。
シロは俺と話し始めた頃から、絵の雰囲気が変わってたらしい。
そしてその絵は〝真っ白な切ない世界を描く真白〟に求められていたものではなかった。
段々とネット上で人気が無くなり始め、シロの絵の売上を頼りにしていた母親は生活が苦しくなりあんなことをシロに言った。
しかも恋人にも金が無いなら別れると言われ、失望しそのまま…自分で。

それを聞いた時に、俺は思った。
「俺のせいだ、って」

生きる理由に、罪悪感とシロの手を離してはいけないという責任感が増えた。

これが俺らの始まりの日だった。

~続く~

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