凪を乱す
凪を乱す
どこかの誰かが言った。
「あの子はいつも一人なんだ」と。
そう言われていることを知りながら、日々を過ごしていた。特別何かがある訳でもないなんてことのない日々だ。
涙の跡を風が撫でる。少し色褪せた髪は風に吹かれて視界を遮った。小さな手で髪をかき分け、ふぅと息をつく。
「あの子……ほら、あの家の」
不意に耳に飛び込んできた言葉は、いつも聞くものだった。俯き、灰色のアスファルトを見つめて一歩を踏み出す。これ以上言葉を聴きたくない。
いつだったか、誰かにこう言ったことがある。
「なにもきこえなくなれば楽なのかな」
それを聞いた相手は言った。
「僕の声もきこえなくなるのは嫌だな」
誰だったか、思い出せない。思い出そうとすれば頭がズキズキと痛む。だから思い出すことをやめた。別にそんなことは重要じゃない。
気がつけば駅についていた。
改札を通り、いつものように電車を待つ。
「もしかして、凪?」
知らない声ではあったが、聞こえたのは確かに私の名前だった。
声が聞こえた方を見、そこにいた人物をじっと見る。誰か分からない、というのが正直な感想だ。
「久しぶり。僕のこと、覚えてる?」
小さく首を振り「だれ?」と訊ねる。するとその人は悲しそうに眉を下げ、笑った。
「覚えてないか……じゃあ思い出すまで一緒に居ていい?」
同じ制服を身にまとい、手を差し出したその人は小首を傾げていた。
「名前、教えて」
「秘密。思い出してよ」
譲らない、といった顔をしていた。
少し迷ってからその手を取る。私よりも大きな手だった。それに、冷たい。
女の子は言った。
「僕はこれからずっと、凪といるからね」
優しい、少し低い声。
思い出せそうな気がした。でも頭が痛くて、口を開こうとしたら世界がぐにゃりと歪んで暗くなった。
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