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「晴れの日も雨の日も」 #103 40年ぶりの大文字

山好きの知人がいる。極小数しかいない本当に心通じ合う友人の一人で、私の人生に欠かせない存在と言える。拙noteも時折目を通して頂いているようで、#82京都トレイルの登り口がわからなかったという記事から、山専用の地図アプリを紹介頂いた。その初だめしということで、早速、宿願だった懐かしの京都大文字山に行ってきた。

大文字は8月16日の五山の送り火で知られる。#80火の周辺でも書いたが、「大文字焼き」ではない。
送り火といえば、何年か前に、夜中に懐中電灯を持って大文字に上り、「エセ送り火」のいたずらがあったというニュースがあった。けしからんやつもいたもんである。しかし、大変不謹慎ながら、オモロイことするやないか、という気持ちも私の中にほんの少しある。
私も大学生の頃は、酒を飲んでは友達とつるんで、違法行為ズレスレのいたずらを夜な夜なやっていた。スレスレを超えていたこともあったかもしれない。


その大文字山、我々水泳部の冬季陸トレのランニングコースの一つだった。「大」」の字の火床までの往復が通常のコースだ。火床から眼下に広がる京都の街並。絶景で実に爽快だ。

ある秋晴れの日、私を含む3人が、大文字山に向かった。その日は本当に雲ひとつ無い青空だった。

ふと「もうちょっと登っててっぺんに立ったら、反対側の琵琶湖がめっちゃきれいに見えるんとちゃうか」と誰かが言い出した。「えーそんなんホンマに行けるんか?」という声もたぶんあったのだが、すぐに「オモロイやん。やってみよう」ということになった。

途中、道なき道を行く箇所もあり、木が生い茂って薄暗い中を3人は探検気分満載で登っていった。頂上はまだか?今どのへんやろ?などとキャッキャ言いながら。
3人共疲れはあるが、なんかめちゃめちゃ興奮状態だった。
ルートなんかもちろんさっぱりわからない。とにかく前進あるのみだ。

その内、下りになってきた。どうやら山越えを果たしたらしい。見えるのは木木木で、琵琶湖どころか眺望なんかまったくない。それでも私達は一つの山を自分の足で超えたことに大満足大興奮していた。
さらに進むと、道の両側で京都府、滋賀県と看板表示が分かれている。その道の真ん中に立って、オレはいま京都府民兼滋賀県人や、なんてしょうもないことを言って喜んでいた。

そろそろ夕方になってきた。帰りを考えなければならない。もう一度山越えをするのは無理だ。電車かバスに乗りたい。ところが、3人共いつもの大文字コースのつもりで部室を出てきたから、ジャージ姿で一文無しだ。

「交番に行って借りるか」

誰かのこの一声で、我々3人は雁首揃えて交番に行き、事情を話した。

そんなん貸してくれるんか?

いや、貸してくれたのである。たまたまいいお巡りさんに出会ったのかもしれない。翌日、我々はお金を返しにその交番を再訪した。


という忘れられない鮮烈な思い出があって、大文字はいつかまた登ってみたいとかねがね思っていた。京都トレイルなんて思いついたのも、大文字が何より念頭にある。まさに40年ぶりに果たすことができた。

今回は大学時代と同じく銀閣寺の脇から登ることにした。そこから蹴上、円山公園を目指す。ガイドブックの記載と逆ルートだ。登り口も自信がない。細君を案内することに不安を覚え、私一人の単独行とした。

途中少し迷いかけたのだが、アプリのおかげですぐに本道に戻り事なきを得た。アプリと冒頭の友人のおかげだ。景色は素晴らしいし、大学の頃のことや、本記事の構想、件の友人のことなど、いろいろ思いを馳せながら山を歩くのはとっても楽しかった。この友人恩人とはいつか一献傾けてお礼方々山の話などしてみたい。

左・中:大文字山頂上と三角点  右:「大」の字の交点の火床。ここに点火される。

その登り口だが、幸い簡単にわかった。しかし、銀閣寺道のバス停を下りてから登り口、火床まで、全く景色様子に覚えがない。オレの記憶ってそんなもんなのか?そういえば、最近家人からも「お父さん、その話昨日したやん。覚えてないの?」と言われることが多い。
私の脳内メモリーが少しアヤシクなってきているのかもしれない。多少愕然とするが、忘れることは前進のために必要だ、という誰かの言葉にすがることとする。

今日も最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました♬ 長井 克之  
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<予告>
#104 オマエ一体ナニモノやねん
#105 可能性を信じ切る
#106 放下著
#107 人生が二度あれば

(続く)


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