映画専門学校の卒業制作で書いた2時間シナリオを発掘したのでお焚き上げする

※前書き

約6年前、自分がまだ未熟でもの知らずなころに書いたシナリオなので、我ながら突っ込みどころだらけの拙作です。




〇 5月6日

〇 水口家・翔子の部屋
  小ざっぱりと片付いた部屋の真ん中に、荷物が詰め込まれたスーツケースが置いてある。
  水口翔子(19)、ピンク色の古いゾウのぬいぐるみを持ってきて、スーツケースに詰める。
  部屋を見渡し、スーツケースを持って部屋を出る。

〇 同・リビング
  翔子、ソファに座って本を読んでいる、水口勝也(41)に向かって頭を下げる。
翔子「勝也さん、今までお世話になりました」
勝也「あぁ、うん」
  水口舞花(38)、キッチンからやってきて、翔子の肩を抱く。
舞花「翔子~。なによ、その言い方! 嫁に行くんじゃないんだから」
翔子「ママも、今までありがと」
舞花「やめてよ、もー。たまには帰ってくればいいじゃない」
  翔子と一緒に玄関へ。

〇 同・玄関
  玄関から2階に続く階段の脇から、翔子と舞花が出てくる。
舞花「忘れ物ないの? 後で送ってくれー、とか嫌だからね」
翔子「うん」
  舞花、2階に向かって、
舞花「日南! お姉ちゃん、行っちゃうよー」
  2階からの反応はない。
舞花「寝てんのかしらね」
翔子「いいよ。それじゃあね」
  スーツケースを持って、家を出る。
舞花「冷たいなー」

〇 同・門前
  家から出てきた翔子、門を抜ける前に2階の窓を見る。

〇 同・2階窓
  机に向かって勉強している、水口日南(11)が見える。
  日南、翔子に気付き、カーテンを閉める。

〇 同・門前
  翔子、門を抜ける。

〇 道
  翔子、スーツケースを引いて歩く。
  しばらく歩いて、スーツケースを自分の前に持ってきて、押して歩き、徐々にスピードをつける。

〇 なだらかな下り坂
  翔子、スーツケースに跨って乗り、下り坂を降りる。

タイトル 『ピンクのゾウ』

〇 マンション『カサーレ三鷹』入口

〇 同・エレベーター前
  翔子、エレベーターを待っている。
  ポケットから携帯電話を取り出し、メモを確認する。
  画面には、『広瀬昭雄 カサーレ三鷹 302号室』の文字。
  エレベーターの扉が開き、乗り込む。

〇 広瀬家(302号室)・玄関表
  翔子、『302号室 広瀬』の表札の下のチャイムを鳴らすが、反応がない。
翔子「ちょっと早かったかな」
  扉際にスーツケースを寄せ、その上に座って待つ。

〇 駐車場(夜)
  一台の車が入ってきて、バックで駐車する。
  車の中から、広瀬昭雄(58)が、スポーツ新聞と弁当の入ったコンビニ袋を持って出てくる。

〇 マンション3階・エレベーター前(夜)
  エレベーターが開き、昭雄が出てきて広瀬家に向かう。

〇 広瀬家・玄関表(夜)
  昭雄、鞄から鍵を取り出しながら玄関前にやってきて、翔子を見つけて驚く。
  スーツケースの上で、壁に寄りかかりながら眠っている翔子。
  昭雄、周りを見わたし、戸惑いつつ翔子の肩を揺さぶる。
昭雄「ちょっと!」
  翔子、起きる。
翔子「あ、ごめんなさい」
  スーツケースから降り、扉前からどく。
  昭雄、不審そうに翔子を見て、玄関の鍵を開けて中に入る。

〇 同・玄関(夜)
  昭雄が靴を脱いでいるところに、翔子が入ってくる。
翔子「お邪魔しまーす」
昭雄「!?」
翔子「土臭い、掃除しないとね」
昭雄「ちょっと、なにしてんの!?」
翔子「外、寒いんだもん」
  勝手に上がっていく。
昭雄「ちょっと!」
  翔子を追う。

〇 同・リビング(夜)
  無造作にソファやテーブルの上に、物が置かれているリビング。
  翔子、スーツケースを引いてやってきて、周りを見渡す。
翔子「うわぁ」
  昭雄、翔子を追ってやってくる。
昭雄「なに勝手に上がってるんだよ!」
  ソファの背もたれにかけられた服を手に取る。
翔子「洗濯も。こんなに溜まっちゃって」
  昭雄の横をすり抜け廊下に行き、洗面所を探す。
昭雄「おい、君!」
  翔子を追いかける。

〇 同・洗面所(夜)
  一人分の歯ブラシとコップが置かれている洗面台の隣に、洗濯機がある。
  翔子、洗濯器の脇に置いてある洗濯かごを取ってリビングへ向かおうとし、洗面所に入ろうとする昭雄とぶつかりそうになる。。
昭雄「何してるんだよ!」
翔子「洗濯」
昭雄「はぁ!?」
  翔子、昭雄を通り過ぎ、リビングへ。
昭雄「あっ!」

〇 同・リビング(夜)
  翔子がやってきて、ソファの上の服を洗濯かごへ入れていく。
  昭雄、慌てて翔子の腕を掴み、止める。
昭雄「勝手に触るなよ! 第一、君、誰!?」
翔子「翔子」
昭雄「え?」
翔子「だーかーらー。しょ・う・こ。覚えてないの?」
昭雄「なにが…」
  翔子、携帯電話を取り出して、舞花の画像を見せる。
翔子「ママとパパの間に生まれた、娘だよ」
  昭雄、画面を見つめ、驚く。
昭雄「あっ…」
翔子「これからよろしくね、パパ」

〇 水口家・ダイニング(夜)
  舞花、ダイニングテーブルの上を布巾で拭きながら、携帯電話で電話している。
  日南、空の食器をキッチンの流しへ運んでいく。
舞花「へぇー。そういうことだったのね」

〇 広瀬家・トイレ(夜)
  昭雄、便座に座って電話している。
昭雄「どういうことだよ!?」
舞花の声「いやさー。翔子があっきーの居場所、知らないかって言ってきてさ。教えてやったら、急に家を出るなんて言い始めたのよ。そういうつもりだったんだ」
昭雄「あの子の件は、もう済んだことじゃないか! 早く連れ帰りに来てくれ!」

〇 水口家・ダイニング(夜)
舞花「なによ、ケチくさいわね。実の娘なんだから、父親らしいことの一つでもしてあげたらいいじゃない」
昭雄「そんなこと、今さら言われても…! 養育費は、毎月振り込んでるだろ…」
舞花「(言葉を遮って)私、知ーらない。翔子だって子供じゃないんだから、本人に言ってよ。じゃーね、センセイ」
  電話を切る。
日南「ママ! お皿、お水につけたよ」
舞花「日南、えらい! ママ助かっちゃう~」

〇 広瀬家・トイレ前(夜)
  昭雄、トイレから出てきて、携帯電話をポケットにしまって廊下へ。

〇 同・廊下(夜)
  昭雄、リビングへ向かおうとするが、元妻の部屋の扉が開いているのに気が付く。
  慌てて部屋の中へ。

〇 同・元妻の部屋(夜)
  子供用の室内ジャングルや、絵本などが置かれている部屋。
  翔子、ローテーブルの上に置いてある、シルバニアファミリーの家を見ている。
  そこに昭雄がやってきて、翔子の腕を引いて部屋から連れ出す。
昭雄「勝手に入らないでくれよ!」
翔子「シルバニアファミリーだ」
昭雄「なんだって?」

〇 同・廊下(夜)
  部屋から出てきた二人、リビングへ向かう。
翔子「シルバニアファミリー。知らない?」
昭雄「そんな名前だったか。孫のおもちゃだよ」

〇 同・リビング(夜)
  翔子、ソファに座る。
翔子「パパ、孫いるの? 何歳?」
  昭雄、翔子から距離を置いて、ソファに座る。
昭雄「そんなことより! なんで、うちに来たりしたんだ?」
翔子「パパの家に娘が来たらいけないの?」
  昭雄、口ごもる。
昭雄「…あのね。確かに僕は、君の父親だよ。血縁上はね。でも、君の今の父親は別にいるだろう」
翔子「勝也さんは、ママの旦那さんだけど、翔子のパパじゃないよ」
昭雄「いや、でもね。僕の家庭は別にあって、子供だっているんだ。だから…」
翔子「でも離婚したんでしょ」
  昭雄、度肝を抜かれる。
翔子「離婚して、息子さんも結婚して家を出て。パパ、このうちに一人なんでしょ?」
昭雄「…それは、舞花から聞いたのか?」
翔子「うん。だから、翔子が来てもいいでしょ?」
昭雄「いや、それとこれとは話が別だろう」
翔子「なんで?」
昭雄「なんでって…」
  翔子、テーブルの上のコンビニ弁当を手に取る。
翔子「ご飯だって、こんなのじゃ身体壊しちゃうよ。学校の先生は、お仕事大変でしょ? 翔子が毎日、あったかいご飯作ってあげる」
昭雄「そうはいってもね…」
  翔子、昭雄に詰め寄ってく。
翔子「(言葉を遮って)お昼のお弁当だって作ってあげるし、洗濯も掃除もするし。パパのために、頑張るから」
  昭雄の膝に縋りつく。
翔子「ね、お願い」
  昭雄、たじろぎながらも翔子を引きはがす。
昭雄「とはいっても、こんないきなり…。こっちにもこっちの事情があるんだよ!」
翔子「それ、翔子より大事?」
昭雄「えっ…」
翔子「19年前に捨てた娘の、翔子より大事?」
昭雄「いや、その…」
  壁にかかっているからくり時計が7時を知らせる。
翔子「あっ、ごめんなさい! お腹空いたよね、ご飯作るね」
  キッチンへ向かう。
  昭雄、コンビニ弁当を手に取って、
昭雄「いや、これ…」
翔子「そんなんじゃ、身体壊すってば」

〇 同・キッチン(夜)
  少し散らかった流し台、コンロには味噌汁の入った鍋があり、火は止まっている。

〇 同・ダイニング(夜)
  翔子と昭雄、ダイニングテーブルで向かい合って、夕飯を食べはじめる。
翔子「美味しい?」
昭雄「あぁ…」
翔子「お味噌汁、お代わりあるからね」
  昭雄、溜息を吐きつつ、味噌汁を啜る。

〇 同・元子供部屋(夜)
  ほとんど物のない、ベッド、勉強机、洋服箪笥だけの部屋。
  翔子、スーツケースの中から服を取り出し、洋服箪笥にしまっている。
  昭雄、その様子を見ている。
昭雄「本当に、うちに住み着く気なの?」
翔子「駄目なの?」
昭雄「駄目っていうか…。普通、僕のこと、恨んでるんじゃないの?」
翔子「まあ、そういう気持ちが無い訳でもないけど・・・」
  翔子、服をしまい終わり、スーツケースからゾウのぬいぐるみを取り出し、昭雄に見せる。
翔子「でも、血の繋がった、本当のパパだから」
  ぬいぐるみをベッドの枕元に置き、鼻の部分を撫でる。
  
〇 マンション外観(朝)

〇 広瀬家・昭雄の部屋(朝)
  昭雄、仕事着に着替える為、寝間着を脱いでいる。
  扉が開いて、翔子が部屋に入ってくる。
翔子「おはよう、パパ!」
  下着姿の昭雄。
昭雄「(慌てて)なんだ!?」
翔子「ごめんなさい」
  扉を閉める。
翔子の声「起きてたんだね。ごはんできたよ」
昭雄「ノックぐらいしてくれよ!」
  慌ててズボンを履く。

〇 同・ダイニング
  昭雄が朝食を食べており、隣の椅子の背もたれにスーツの背広、椅子の上に鞄が置かれている。
  翔子、弁当箱の包みを持ってくる。
翔子「はい、お弁当」
昭雄「えっ? …いや、昼は給食だから…」
翔子「嘘つき、私立はお弁当なんでしょ」
昭雄「…なにが目当てなんだ? やっぱり金か?」
  食べるのをやめて、リビングへ。

〇 同・リビング
  昭雄、ソファ周りで探し物をする。
昭雄「言っておくけど、僕は金なんか全然持ってないし、来年には定年退職して収入ゼロになるんだから。第一、君の養育費はちゃんと毎月払ってる」
  翔子、リビングに来る。
昭雄「ネクタイをどこにやったんだよ! (ソファの背もたれを指して)ここにかけてあったの!」
  翔子、棚の引き出しの取っ手に引っ掛かっているネクタイを手に取り、昭雄に渡す。
翔子「ここ」
昭雄「ああもう、勝手にいじくらないでくれよ…」
  ネクタイを締める。
翔子「パパ、翔子の為に養育費、払ってくれてたんだ」
昭雄「…まあ、そりゃあね。舞花から聞い てないのか」
翔子「全然。…翔子、お金のことなんてどうでもいいよ」
昭雄「…そうは言うけど」
翔子「高校の時のバイト代、全部貯金してるし。そういうのは、パパには迷惑かけないから」
  からくり時計が7時を知らせる。

〇 同・ダイニング
  昭雄、椅子の背もたれにかかっているスーツの背広を手に取り、羽織る。
昭雄「…もう行くよ」
  椅子の上にのっている鞄を手に取り、リビングへ。

〇 同・リビング
  昭雄、棚の引き出しから合鍵を取り出し、翔子に渡す。
昭雄「家を出るんなら、戸締りしてってくれよ」
  翔子が合鍵を受け取ってすぐ、玄関へ。
翔子「あっ…いってらっしゃい!」
  玄関から、扉が開き、閉まる音。

〇 駐車場
  昭雄、自分の車のもとにやってきて、車の鍵を取り出そうと鞄の中を覗く。
  鞄の中に、翔子が差し出してきた弁当箱が入っている。
昭雄「あっ!」
  マンションの自分の部屋のあたりを見上げる。

〇 広瀬家・リビング
  翔子、合鍵を見つめ、握りしめる。
翔子「…」
  合鍵を頬に寄せ、笑う。

〇 同・ベランダ
  翔子、洗濯物を干している。

〇 同・リビング
  翔子、掃除機をかけている。

〇 同・玄関表
  翔子、扉の鍵を閉め、エレベーターへ。

〇 スーパーマーケット・店内
  ちらほらと主婦たちが買い物をしている。
  翔子、野菜売り場で野菜を手に取り、買い物かごに入れる。

    ×    ×    ×

  店員がウインナーの実演販売をしている前を、翔子が通りがかる。
店員「ご試食いかがですか?」
  翔子、立ち止まり、店員が差し出したウインナーを食べる。

    ×    ×    ×

  買い物かごの中に、野菜や調味料、ウインナーなどが入っている。
  翔子、かごを手にレジに並ぶ列の中に混じっている。

〇 公園沿いの道
  翔子、買い物袋を手に歩いている。
  ふと、公園から子供の声が聞こえ、公園の方を見る。

〇 公園
  ブランコで遊ぶ子供たち。
  ベンチには、子供たちを見守りながら談笑してる母親たち。

〇 公園沿いの道
  翔子、子供たちの様子を見ている。

〇 翔子の回想・公園
  一つのブランコに二人で乗っている、パパ(唐沢洋介(25))と、ゾウのぬいぐるみを抱く翔子(4)。
翔子「パパ、もっと!」
  パパ、翔子の身体を片手で押さえ、ブランコを大きく漕ぎ出す。
翔子「きゃーっ!」
パパ「はははは」
男の子の声「(泣きながら)ママーっ!」

〇 公園沿いの道(現実)
  翔子、ハッとする。

〇 公園
  ブランコから落ちて地面に倒れている子供に、母親が慌てて駆け寄って抱き起す。
母親「危ないでしょ! 手、離したりしたら!」
男の子「いたい~」
母親「はいはい、おうち帰って手当てしよう」

〇 公園沿いの道
  翔子、その様子に微笑んで、公園前から去る。

〇 広瀬家・玄関(夜)
  昭雄が帰ってくる。
  エプロン姿の翔子、玄関に出迎えにやってくる。
翔子「お帰りなさい!」
昭雄「あぁ…うん」
翔子「ごはん、もうすぐできるからね」

〇 同・キッチン(夜)
  水切りラックの中に、食器が置かれている。
  翔子、空の弁当箱を洗っている。
翔子「美味しかった?」

〇 同・ダイニング(夜)
  昭雄、食後のお茶を飲んでいる。
昭雄「まぁ、美味しかったよ」
翔子の声「今日のお弁当は有り合わせだったから。明日は、もうちょっとちゃんとしたの作るね」
昭雄「…レシートくれれば、食材費くらいは払うから」

〇 同・キッチン(夜)
  翔子、洗い終わった弁当箱を水切りラックへ。
翔子「それくらい大丈夫だよ。翔子も食べてるんだし」
  ダイニングへ。

〇 同・ダイニング(夜)
  翔子、昭雄の両肩に手を置き、顔を覗きこんできて、昭雄がのけぞる。
翔子「お風呂、先に入るね」
昭雄「(うろたえ)あぁっ! ごゆっくり…」
  翔子、風呂場へ。
  昭雄、落ち着かない様子で茶を飲み干 し、急須の茶を注ぐ。

〇 同・洗面所(夜)
  すりガラスの扉の向こうから、シャワーの音。

〇 同・ダイニング(夜)
  昭雄、茶を飲み干し、急須の茶を注ごうとするが、少量だけ出るのみ。
  その分も飲み干し、しばらくその場でじっとしているが、やがて風呂場へ向かう。

〇 同・洗面所(夜)
  昭雄、忍び足で洗面所に入る。
  蓋の開いた洗濯機と、その脇にある洗濯かごの中に水玉模様の洗濯ネットがある。
  昭雄、洗濯機の中を覗く。
  翔子の服が無造作に入れられてる。
  昭雄、洗濯機から服を一枚ずつ取り出し、匂いを嗅いでいく。
  が、下着が一切出てこないまま、洗濯機が空になる。
昭雄「あれ?」
  服を裏返したり、洗濯機の中を見返したりして探すが、下着は出てこない。
  洗濯機と洗面台の間を覗き込もうとして、足が洗濯かごに当たって洗濯機にぶつかり、大きな音が出る。
昭雄「!」
翔子の声「パパ?」
昭雄「(慌てて)何!?」
翔子の声「なんか用?」
昭雄「いや、用っていうか…」
翔子の声「あっ、お風呂? ごめんね、もうすぐ出るからね」
昭雄「あっ、いや、うん! 急がなくてもいいから!」
  服を洗濯機に放り込み、慌てて洗面所から出る。

〇 同・廊下(夜)
  昭雄、下半身を強く押さえこみながら自分の部屋に逃げ込む。

〇 同・洗面所(夜)
  翔子、手洗いした下着を手に風呂から出てくる。
  バスタオルで体を拭きながら、洗濯かごの中の洗濯ネットに下着を入れ、洗濯機に入れる。

〇 同・昭雄の部屋(夜)
  昭雄、ベッドに腰掛け、スポーツ新聞のアダルト記事を読んでいる。
  ノックの音がして、慌てて新聞を閉じる。
翔子の声「パパ、お風呂空いたよ」
昭雄「もう少ししたら入るから!」
翔子の声「そう? じゃあ、翔子寝るね。おやすみなさーい」
昭雄「ああ、おやすみ!」
  再び新聞を広げる。

〇 水口家・リビング
  舞花、ソファに寝そべって煎餅を食べており、そのソファの足元に翔子が座っている。
舞花「あんた、なかなかの大物よね」
翔子「なんで?」
舞花「だって、自分を捨てた父親のところに押しかけて、世話焼いてんだから」
  テレビの電源を入れ、ドラマの再放送を見始める。
翔子「でも、パパ優しいよ」
舞花「あの人、気が弱いのよ。だから、はっきり嫌って言えないで、ごまかそうとすんの。あんたができた時もそうだったしね」
翔子「…翔子ができた時?」
舞花「そーよ。あんたができたって言ったら、離婚してあたしと一緒になる訳でもなく、堕ろせというでもなく、ただ逃げ回ってたのよ。腹立ったから、奥さんにチクってやったわ」
翔子「…」
舞花「そしたら追い詰められてパニクっちゃって、酒に逃げちゃってさ。マジ笑える」
  舞花、起き上がって、翔子の頭を無造作に撫でる。
舞花「ま、あんたがいいんなら、あたしはいいけど」
  翔子、ポケットから広瀬家の合鍵を取り出し、握りしめる。
舞花「翔子、(ローテーブルの上の煎餅を指して)そこのおせんべい取って」
  翔子、煎餅を取って舞花に渡す。
舞花「あんがと」
  玄関から扉の音。
  しばらくして、リビングに日南がやってくる。
日南「ただいま!」
  翔子に気付き、険しい顔になる。
  翔子、小さく手を振る。
舞花「おかえりなさーい」
翔子「おかえり。あと、ただいま…」
日南「(言葉を遮って)もう帰ってこないんじゃなかったの」
  舞花、起き上がって日南を見る。
舞花「日南~、お姉ちゃんに意地悪を言うんじゃないのっ」
日南「この人は、お姉ちゃんじゃないもん」
  速足で2階へ上がっていく。
舞花「反抗期だ、めんどくせー」
翔子「…」

〇 広瀬家・玄関(夕)
  翔子が帰ってくる。
翔子「ただいま」
  靴を脱いでいると、元妻の部屋から広瀬ほのか(3)が出てきて、翔子に気付く。
  翔子とほのか、しばらく見つめ合う。

〇 同・リビング(夕)
  翔子、ほのかを連れてリビングへ。
翔子「パパ?」
  ソファに昭雄と、広瀬遥希(28)が座っている。
  昭雄、翔子を見て慌てる。
昭雄「あっ…!」
遥希「どちらさま?」
昭雄「この子は、その、親戚の子で数日だけ泊まってるんだ」
翔子「…あっ、パパの息子さん?」
遥希「パパ?」
  翔子、遥希に向かって頭を下げる。
翔子「はじめまして。水口翔子です。パパと、水口舞花の娘です」
  遥希、昭雄に詰め寄る。
遥希「どういうことだよ、親父」
昭雄「…」
遥希「あの子、誰なんだよ?」
翔子「あなたの腹違いの妹だよ、お兄ちゃん」
遥希「はぁ!?」
  昭雄、頭を抱える。

〇 同・元妻の部屋(夜)
  翔子とほのか、床に座って、シルバニアファミリーのウサギの人形で遊んでいる。
遥希の声「…離婚の経緯は、母さんから聞いてたけど」

〇 同・リビング(夜)
  昭雄と遥希、ソファに座り、向き合っている。
遥希「子供までいたなんて、聞いてねえよ」
昭雄「それは、あの時、お前は小さかったから…」
遥希「この歳になって、そんなことを知らさせる身にもなってくれよ。なんで会ったばっかりの女に、『お兄ちゃん』なんて言われなきゃならねえんだよ」
昭雄「…すまん」
遥希「…どうするんだよ、あの子」
昭雄「どうするったって…」
遥希「親父の責任だろ。ほんと、恥ずかしいよ…」
昭雄「…」

〇 同・元妻の部屋(夜)
  シルバニアファミリーの家の中で、人形らが人数分のティーカップの乗ったテーブルを囲んでいる。
  ほのか、玩具の小さなティーポットで、翔子が持つおもちゃのティーカップにお茶を注ぐ素振りをする。
ほのか「どうぞ」
翔子「ありがとう、ほのかちゃん。いただきます」
  お茶を飲む素振りをする。
翔子「おいしい! もう一杯、くださいな」
ほのか「たんとおあがりー」
  再度、お茶を注ぐ素振りをする。
翔子「お姉ちゃんもね、小さい時に、このウサギさん達と遊んでたんだよ」
ほのか「ウサギさん?」
翔子「そう。あと、リスさんもいたなぁ」
ほのか「リスさん、いいなぁ」
翔子「誕生日の日に、起きたら部屋に置いてあったの。嬉しくて、毎日遊んでた」

〇 翔子の回想・マンションの一室
  翔子(4)、シルバニアファミリーのウサギの人形と、リスの人形をキスさせて遊んでいる。
  パパ、2つの人形の間に、赤ちゃんウサギの人形を挟ませる。
翔子「パパ!」
  パパ、翔子に向かって笑う。
翔子(19)の声「プレゼントしてくれたのは…」

〇 広瀬家・元妻の部屋(夜・現実)
ほのか「おかわり、いかが?」
  ティーポットを翔子に向ける。
翔子「それじゃ、いただきます」

〇 同・リビング(夜)
  遥希、立ち上がって昭雄を見下ろす。
遥希「とにかく! 俺も、ほのかも、もう来ないから」
昭雄「え…なんでだ!」
遥希「加奈が、孫の顔くらい見せてやれって言うから、仕方なく来てたんだよ。言っておくけど、俺は親父と同居する気なんかないからな、勘違いするなよ」
  昭雄、立ち上がって遥希に掴みかかる。
昭雄「お前、今まで育ててもらっておいて、その言い方は何だ!」
遥希「他所に子供作って、その子供を見て見ぬ振りしてた奴に、恩義なんか感じられねえよ!」
  昭雄の手を振り払い、リビングを出て廊下へ。
昭雄「遥希!」

〇 同・元妻の部屋(夜)
  扉が開き、遥希が入ってきて、ほのかを抱き上げる。
  翔子、遥希を見上げる。
遥希「ほのか、帰るぞ」
ほのか「やだ、もっとあそぶ!」
遥希「だめだ、もうすぐ寝る時間だぞ」
  昭雄が部屋に入ってくる。
昭雄「ほのかが嫌がってるじゃないか! 泊まっていけよ、辺りも暗いんだし…」
遥希「(翔子を指して)その子、どうするんだよ」
昭雄「それは…一旦、別の場所に泊まってもらえば…」
翔子「…」
  翔子、立ち上がって部屋を出ようとし、それを遥希が制する。
遥希「いいんですよ。俺は帰る。親父と一緒にいたくない」
昭雄「何だと!?」
遥希「ここだって、もともとは母さんの部屋じゃねえか! あんた、おかしいんだよ。母さんも、浮気がわかった時に、さっさと離婚すればよかったんだ」
昭雄「そんなに言うんだったら出てけ! 二度と来るな!」
  足早に自分の部屋に戻る。
翔子「パパ…」
遥希「…翔子さん、でしたよね。さっさと出てった方がいいですよ」
  遥希、ほのかを抱き直して、玄関へ。
  翔子、遥希を追う。

〇 同・廊下(夜)
  玄関に向かう遥希の後ろから、翔子がやってくる。
翔子「どうして、あんなことを言ったんですか?」
  遥希、振り返る。
翔子「だって、ちゃんとした、父親なのに」
遥希「だから嫌なんですよ。あんなのが父親なんだから。子は親を選べないから、仕方ないですけど」
  翔子に背を向け、玄関へ。
  遥希に抱かれているほのかが、翔子に向かって小さく手を振っている。
  翔子、手を小さく振り返す。

〇 同・リビング(夜)
  時計が深夜11時を指している。

〇 同・廊下(夜)
  翔子、昭雄の部屋の扉をノックする。
翔子「パパ。ごはん、食べないの?」
  返答はない。
翔子「…入るよ」
  部屋に入る。

〇 同・昭雄の部屋(夜)
  開きっぱなしの小さな冷蔵庫の前に座り、小瓶のビールを飲んでいる昭雄。
  辺りに、空いた瓶が何本か転がっている。
昭雄「(独り言のように呟いて)なんであんなこと言われなきゃならないんだ。父親をなんだと思って…」
  翔子、空き瓶を拾って、一か所にまとめて置く。
翔子「明日、お仕事あるんでしょ。こんなに飲んで大丈夫なの?」
昭雄「あいつの育て方が悪いからだ、結婚なんてするんじゃなかった」
翔子「パパ、大丈夫?」
  昭雄の肩を揺する。
  昭雄、翔子の腕を掴み、振り返る。
昭雄「…」
翔子「…なあに」
  昭雄、翔子の言葉を遮って、翔子を抱き寄せる。
翔子「パパ?」
  昭雄、そのまま翔子を押し倒し、服を脱がせようとする。
  翔子、昭雄の意図に気付き、暴れる。
翔子「ちょっと、やめてよ! 飲みすぎだって、パパ!」
  昭雄、翔子の上着をたくし上げて、乱暴にブラジャーごと胸を揉む。
翔子「パパ、やめて! 翔子だよ、やめてよ!」
  昭雄の頭や肩のあたりを力任せに叩く。
  昭雄、翔子の腕を押さえて、胸に顔をうずめて舐めまわす。
昭雄「パパ、パパってうるせえな。俺はお前の父親なんかじゃねえぞ」
翔子「くれたじゃん! ぬいぐるみ!」
昭雄「はぁ?」
翔子「ぞうさん!」
昭雄「知らねえよ、そんなの!」
ズボンとパンツを脱いで、性器を翔子の足に押し付ける。
翔子「なんでよ! 翔子にくれたじゃん! パパがくれたんじゃん!」

〇 同・元子供部屋(夜)
  昭雄の喘ぎ声と、身体が打ち付けられる音が漏れ聞こえてくる。
  枕元にある、ゾウのぬいぐるみ。

〇 同・昭雄の部屋(朝)
  手に翔子のショーツを握りしめたまま、床で眠っている昭雄。
  やがて目を覚まして、起き上がる。
昭雄「いたたた…」
  軋む身体を摩ろうとして、手に持っていたショーツに気付く。
昭雄「えっ!? (頭を押さえて)いてててて…」
  周りを見渡すと、物や服が散らばっており、ビール瓶が倒れている。
昭雄「…」

〇 同・元子供部屋(朝)
  翔子、洋服箪笥の中の服を、全てスーツケースにしまう。
  服を全てしまい終わると、枕元のゾウのぬいぐるみをスーツケースにしまう。
  スーツケースを閉め、翔子が来る前の状態に戻った部屋を出る。

〇 同・廊下(朝)
  翔子が部屋を出ると、廊下に立ち尽くしている昭雄と鉢合わせる。
昭雄「おはよう、あの…。ごめん、昨日飲みすぎて…、何があったかよく覚えてないんだ」
  翔子、昭雄を無視して玄関へ。
昭雄「もし、そういうことをしたならすまなかったけど…。でも、君にも非があるんだよ。女の子が、こんな一人暮らしの男のところに上がり込んできたら、そりゃあ…」
  翔子、足を止める。
昭雄「だから、その…」
  翔子、元妻の部屋に入る。

〇 同・元妻の部屋(朝)
  翔子が入ってきてすぐ、昭雄が入ってくる。
  翔子、シルバニアファミリーの家を持ち上げ、床に叩きつける。
  大きな音がして家が壊れ、中にいた人形が散乱していく。
  翔子、呆気にとられている昭雄の脇を抜けて、広瀬家を出る。

〇 水口家・門前
  翔子、水口家を前に、その場に立ち尽くしている。
  閉じられた門。
翔子「・・・」
  突然、背後から誰かに小突かれる。
  振り返ると、買い物袋を手にした舞花が立っている。
舞花「おかえり~」
翔子「ママ・・・」
舞花「なにしてんの?」

〇 水口家・リビング
  舞花、ソファに座っている翔子に、飲み物を差し出す。
舞花「なに、結局出てきたの?」
翔子「・・・」
  舞花、翔子の隣に座る。
舞花「わかった。セクハラでもされたんでしょ。あっきー、酒入ると、もー節操なしだったからね」
翔子「…」
舞花「・・・ま、うちにいればいいじゃない。あたしらは正真正銘、あんたの家族なんだから」
翔子「家族…」
舞花「そう。あんたが出てってから、家の中が寒々しくて仕方ないのよー」
  翔子の肩を組み、抱き寄せる。
舞花「今日はあんたの好きな、肉豆腐でも作ったげる」
翔子「…ありがとう、ママ」

〇 同・ダイニング(夜)
  各々、皿に取り分けられた肉豆腐や副菜が、テーブルに並んでいる。
  夕飯を囲む、翔子、舞花、勝也、日南。
舞花「ま、色々あったみたいでさ。お姉ちゃんが戻ってきました。拍手ー」
  舞花だけ拍手する。
勝也「まあ、いいんじゃないか」
  日南、翔子を睨んでいる。
舞花「日南、仲良くやんなさいよ」
日南「…知らない」
勝也「日南、豆腐も食べなさい」
日南「豆腐、嫌い」
舞花「好き嫌いしてると、おっぱい大きくならないわよ~」
日南「ママ!」
  翔子、黙々と肉豆腐を食べている。

〇 同・翔子の部屋(夜)
  小ざっぱりと片付いた部屋の中。
  翔子、スーツケースの中から、ゾウのぬいぐるみを取り出し、見つめる。
翔子「…」

〇 同・リビング(夜)
  舞花と勝也、缶チューハイを飲みながらテレビを見ている。
  翔子、リビングにやってくる。
舞花「あれ、どうしたの?」
翔子「飲み物、ないかなって」
舞花「(缶チューハイを掲げて)これ、飲む?」
勝也「まだ未成年だろう」
舞花「うちの中なんだし、いいじゃない」
勝也「やめなさい」
舞花「はーい。かっちゃんの『か』の字はカタブツの『か』~」
  翔子、キッチンへ。

〇 同・キッチン(夜)
  翔子、冷蔵庫を開けてペットボトルのお茶を取り出し、水きりラックの中にあったコップに注いでいく。
翔子「明日から、前のバイト先でまた働くね」

〇 同・リビング(夜)
舞花「あのコンビニ? いいんじゃない、また溜め込みなさいよ」
  勝也、テレビに目を向けたまま、翔子を見ない。
勝也「受験勉強した方がいいんじゃないのか。一浪しただけでも後れを取っているのに、二浪したら目も当てられない」
  翔子、コップに入れた茶を持って、リビングへ。
翔子「でも、まだそういうの、考えられなくて」
舞花「好きにさせときゃいいのよ、本人の人生なんだから」
勝也「もし金のことで気を使っているなら、気にしなくていい。それぐらいしか、俺はできないんだから。それに、いつまでもアルバイトだけの生活では困る」
  舞花、空き缶で勝也の頭を叩く。
舞花「堅苦しい会話はやめてよ、お酒がまずくなるじゃない」
  勝也、舞花を見る。
勝也「あのなぁ。俺は真面目に、あの子のことを考えているんだぞ」
舞花「本人の好きにさせてやんなさいよ。ねぇ、翔子?」
翔子「…勝也さんには、迷惑かけないですから」
  茶を飲み終え、コップを置いてリビングを出る。

〇 同・玄関
  日南、階段を降りてリビングへ向かおうとし、リビングから出てきた翔子と鉢合わせる。
翔子「おやすみ」
  日南の隣を通り抜け、2階へ向かう。
日南「…なんで帰ってきたの」
  翔子、足を止める。
日南「せっかく、本当の家族だけになれたのに」
  リビングへ。
日南の声「ママ、喉乾いた~」
舞花の声「あら、これ飲む?」
勝也の声「舞花!」
舞花の声「冗談よ、怒んないでよ」
  翔子、階段を上っていく。

〇 コンビニ・店内
  翔子、レジで男性客の会計をしている。
翔子「お会計が、1457円になります」
  かごの中の商品を袋に詰めていく。
  男性客のもとに、女の子がお菓子を持ってやってくる。
女の子「パパ、これも!」
男性「だめ。別のやつ、買ったろ?」
女の子「おねがいー!」
男性「パパがママに怒られるからだめー」
女の子「買って買って買ってー!」
  翔子、手が止まる。
男性「あ、気にしないでください」
翔子「…はい」
男性「聞き分けない子は置いてくぞ!」
女の子「やだー!」

〇 住宅街
  翔子、主婦とすれ違いざまに頭を下げて挨拶する。
主婦「こんにちは」
翔子「こんにちは」

〇 水口家・玄関
  翔子が帰ってくる。
翔子「ただいま」
  2階へ向かうところに、リビングから舞花が顔を出す。
舞花「あ、翔子! ちょっと手伝って!」
翔子「はーい」
  翔子、リビングへ。

〇 同・リビング
  翔子、棚の引き出しの奥から、ほこりまみれの写真の入った袋を取り出す。
  舞花、一枚ずつ写真を見ていって、ゴミ箱に捨てていく。
舞花「思い立って掃除してたら、昔の写真見つかっちゃったのよ。マズい写真が出てきたら捨てといて」
  翔子、袋から写真を取り出す。
  若い舞花と、見知らぬ男がツーショットで映ってる。
翔子「誰?」
  舞花、写真を覗き込む。
舞花「あー、大学の時の彼氏。捨てといて」
翔子「捨てていいの?」
舞花「いいのいいの。あるのも忘れてたんだもの」
  翔子、写真をゴミ箱へ。
翔子「写真、いっぱい撮ったんだね」
舞花「昔、ハマってたのよ。(写真を見て)うわ、あっきーじゃん。処分処分」
  翔子、袋から写真を取り出す。
  パパこと、唐沢洋介(25)と、ゾウのぬいぐるみを持った幼い翔子が写ってる写真。
翔子「…ママ、この人」
  舞花に写真を見せる。
舞花「洋ちゃんじゃん。懐かしー!」
翔子「洋ちゃん?」
舞花「あんた、覚えてない? あんたがちっちゃい頃、よく遊んでもらったのよ。そのぬいぐるみも買ってもらったじゃん」
  翔子から写真を受け取り、見つめる。
舞花「良い人だったわ、優しくてさ。たまに的外れなこと言うんだけど、そこがまた可愛くて」
  翔子、袋から写真を全部出す。
  中から何枚か、洋介が映っている写真を手に取る。
舞花「あんたのこと、めちゃくちゃ可愛がっててさ。あんたも懐いてて、『パパ』なんて呼んでたじゃない」

回想
翔子に微笑む、洋介。

水口家・リビング
翔子「…この人、今はどこにいるの?」
舞花「さぁ、結構手ひどく捨てちゃったからね。千葉の実家に帰ったらしい、って聞いてるけど」
翔子「千葉?」
舞花「何だっけ、梨農家だとか言ってた気がする。あとは知らないや」
  翔子に写真を返す。
舞花「それ、あんたにあげるわ」
翔子「いいの?」
舞花「いいわよ。その代わり、かっちゃんには見せないでね。うるさいんだから、あの人」
  写真の整理を再開する。
  翔子、じっと写真を見つめる。

〇 同・翔子の部屋(夜)
  翔子、ベッドの上で、携帯電話の画面を見ている。
  インターネットの検索ページで『千葉県 梨 産地』の検索結果を見ている。
  ふと、枕元のゾウのぬいぐるみを見つめる。

〇 翔子の回想・マンションの一室
  洋介、翔子(4)にゾウのぬいぐるみを渡す。
翔子「ゾウさん!」
  舞花(23)、翔子の目線に合わせてしゃがむ。
舞花「こら、翔子~。ありがとう、は?」
  ぬいぐるみを抱きしめ、洋介に抱き付く。
翔子「ありがとう!」
洋介「喜んでくれたか?」
翔子「うん!」

〇 水口家・翔子の部屋(現実)
翔子「…」
  翔子、携帯電話の検索欄に『人探し』と入力する。
  しばらく画面を見つめた後、電話し始める。
翔子「もしもし。あの、ホームページを見て電話したんですけど…」

〇 同・キッチン(夜)
  夕飯の支度をしている舞花と、その手伝いをしている日南。
  そこに翔子が携帯電話を片手にやってくる。
翔子「ママ、さっきの写真の人、名前はなんていうの?」
舞花「え? 洋ちゃん? 名前はね、えっと…唐沢洋介!」
翔子「ありがとう!」
  2階の部屋に戻っていく。
翔子の声「名前は唐沢洋介です。実家が、千葉県の梨農家で、今そこにいるって聞いてます…」
  日南、不審そうに翔子を見る。
日南「なにあれ」
舞花「さぁ? 会いたくなっちゃったんじゃない?」
日南「誰に? あの人、また出てくの?」
舞花「なに嬉しそうな顔して言ってんの、冷たい妹めっ」
  日南の頭を小突く。

〇 コンビニ・店内
  翔子、ATMで30万円を引き出し、封筒に入れる。
翔子「(レジの店員に向かって)お疲れ様でーす」
店員「お疲れ様です」
  翔子、店を出る。

〇 水口家・風呂場(夜)
  翔子、湯船に浸かっている。
  脱衣所の方から携帯電話の鳴る音が聞こえ、すぐさま風呂から出て電話に出る。
翔子の声「もしもし! はい、依頼した水口です…」

〇 同・ダイニング(夜)
  夕飯を囲んでいる、翔子、舞花、勝也、日南の4人。
日南「塾の先生、辞めちゃうんだって。あの先生の授業、わかりやすかったのに」
勝也「そうなのか。まあ、だからといって勉強が疎かになることがないように」
日南「うん」
舞花「あー、やだやだ。勉強勉強って、もうちょっと遊べばいいじゃない」
勝也「今からしておいて、損はしないよ」
日南「大丈夫だよ。(翔子を見て)パパの子供なんだから、勉強ぐらいへっちゃらだよ」
  翔子、夕飯を食べ終え、食器をまとめる。
翔子「ごちそうさま」
  食器を流しに運び、リビングを通って部屋から出る。
勝也「なんだか最近、変じゃないか」
日南「ずっと変だよ、あの人」
舞花「大丈夫よ、子供じゃないんだから」
勝也「…正直、この家から出た方が、あの子の為だと思うよ」
舞花「まあ、そうねえ。家を出てしばらくは、翔子も活き活きしてたし」

〇 同・玄関(夜)
  翔子、リビングの扉の前で、立ち尽くしている。
勝也の声「もともと、俺達家族の中で、あの子だけ違うんだから。俺達がいない所で好きに生きてた方が、あの子にとっても気分が良いだろう」
日南の声「さっさと出てけばいいんだよ」
舞花の声「こら、日南! 聞こえるでしょー」
翔子「翔子もそう思う」
  2階へ向かう。

〇 喫茶店・店内
  人がまばらな喫茶店。
  翔子の向かいの席に座っている調査員が、書類の入った封筒を渡してくる。
調査員「こちらが、調査結果です」
  翔子、封筒を開けて中の書類を取り出す。
  住所と現在の様子などが書かれている書類と一緒に、現在の洋介(40)の写真が入っている。
翔子「…老けてる」
調査員「詳しいことは、報告書の方に記載されていますので」
翔子「ありがとうございます」
  鞄から報酬の入った封筒を取り出し、調査員に渡す。
調査員「金額を確認させていただきますね」
  封筒の中の金を数えはじめる。
  翔子、写真をじっと見つめる。

〇 水口家・キッチン
  舞花が食器洗いをしている隣で、翔子が洗った食器を拭いている。
翔子「翔子、また家出るから」
舞花「あらそう。住むところはどうすんの?」
翔子「パパのところにいく」
舞花「…洋ちゃんのとこ?」
翔子「うん」
  舞花、食器洗いを終え、手を拭く。
舞花「また痛い目を見ても、知らないわよ」
翔子「パパだったら、そんなことしないもん」
舞花「ま、好きになさい。あんたも子供じゃないしね」
翔子「…子供だよ、まだ」
舞花「18にもなったら、もう大人でしょ」
翔子「翔子、19歳だよ」
舞花「あら、もう誕生日来てたっけ? だったら尚更、もう大人じゃない」
翔子「20歳になるまでは子供だよ」
  舞花、面倒くさそうに溜息を吐き、キッチンを出る。
舞花「あーはいはい、お子ちゃま翔子はどこへなりと行きなさい。ママは何も言いません」
  翔子、舞花を見つめる。
翔子「うん、そうする」

〇 電車内
  翔子、スーツケースを足の間に挟み、座席に座っている。
  膝の上の鞄の中に、ゾウのぬいぐるみが入っている。
アナウンス「次は、勝田台ー」

〇 勝田台駅・ホーム
  電車が止まり、中から翔子がスーツケースを持って降りてくる。
  改札を通って駅の外へ。

〇 田舎道
  翔子、携帯電話の画面の地図を見ながら、人のほとんどいない田舎道を歩いている。
  前から車がやってきて、スーツケースを自分の方に寄せる。

〇 唐沢家・外観
  『唐沢』の表札のかかった、古臭い一軒家。

〇 同・門前
  翔子、報告書の家の写真と見比べる。

〇 同・玄関表
  あまり手入れされてない庭を通り、玄関扉の脇のチャイムを押す。
  反応はない。
  翔子、引き戸に手をかけると、扉が開く。
翔子「すみませーん」
  返答はなく、音を立てないように引き戸を開いて中に入る。

〇 同・玄関
翔子「お邪魔しまーす…」
  音を立てないように扉を閉め、脱いだ靴を物陰に置く。
  玄関を開けてすぐ左のリビングへ入っていく。

〇 同・リビング
  汚くはないが、片付いている訳でもない、ごちゃごちゃとしたリビング。
  翔子、入ってきて、辺りを見回す。

〇 同・ダイニングキッチン
  ダイニングテーブルの上が食材や調理器具置き場になっているが、水回りは片付いている。
  翔子、冷蔵庫を開けて中身を見る。
  作り置きされた惣菜などが入っている。

〇 同・仏間
  翔子、仏間に入る。
  部屋の奥に仏壇があり、長押に遺影がいくつか飾られている。
  真正面を向いている、遺影。
  翔子、目を逸らして、和室から出ていく。

〇 同・廊下
  翔子、廊下を見渡し、トイレの扉を開けて中を覗く。
  すると、玄関から扉の開く音が聞こえる。
  翔子、慌てて逃げ場を探し、スーツケースごとトイレの中に隠れる。
洋介「ただいまー」

〇 同・玄関
  缶ビールの入った買い物袋を持って家に入ってくる洋介と、中山カンナ(32)。
カンナ「鍵くらい、してきなさいよ!」
洋介「すぐそこだったし、いいじゃんか」
カンナ「いくら田舎だからって、不用心でしょ」

〇 同・トイレ
  翔子、聞き耳を立てている。

〇 同・リビング
  洋介、ローテーブルの上に買い物袋を置き、座布団の上に座る。
  カンナ、来ていた上着をソファの上にかける。
カンナ「ソファ買ってあげたんだから、そっちに座ればいいのに」
洋介「地べたの方が落ち着くんだよなぁ」
カンナ「また腰悪くしても知らないわよ」
洋介「ソファが背もたれになるから、楽だわ」
  カンナ、洋介の隣に座る。

〇 同・廊下
  翔子、スーツケースと鞄を置いて、音を立てないようにトイレから出る。
  忍び足で歩いて、ダイニングキッチンに繋がる扉からリビングを覗く。

〇 同・リビング
  カンナ、洋介の方に頭を乗せている。
カンナ「ソファがあると便利よ。疲れて酒飲んだっきり動きたくなーい! って時は、ここで寝れるし」
洋介「なるほどな。テレビも見れるしな」 
  洋介、ソファに寝っ転がる。
洋介「おお。案外、寝心地いい」
  カンナ、洋介の上にのしかかる。
カンナ「私に感謝しなさいよ、コラぁー」
洋介「うわ、重い! 重い、カンナ」
カンナ「この野郎、言ったな!」
  ソファの上でじゃれあう二人。
  洋介とカンナの位置が逆転して、洋介がカンナにのしかかる形になる。
  洋介、カンナにキスする。

〇 同・廊下
  翔子、その様子を、立ち尽くして見ている。

〇 同・リビング
  ディープキスをしながら、カンナの服を脱がせていく洋介。
洋介「こういうこともできるしな」
カンナ「あんた、馬鹿」
  洋介、カンナの胸に顔をうずめる。
  カンナ、洋介の髪の毛を掻きまわす。

〇 同・廊下
  洋介とカンナの荒い息遣いだけが聞こえる。
  翔子、後ずさり、静かに玄関へ。

〇 同・玄関
  リビングの扉が、少しだけ開いており、キスしあっている2人の姿が見える。
  翔子、目も向けず、音を立てないようにして家を出る。

〇 同・庭
  翔子、引き戸を閉めないまま、去って行く。

〇 橋(夕)
  辺りが薄暗くなってきている。
  翔子、川にかかってるこじんまりとした橋の上を、歩いている。
翔子「…」
  涙が出てきて、泣き出す。
翔子「(泣き声をあげる)」
  暗くなっていく道を歩き続ける。

〇 唐沢家・トイレ(夕)
  カンナ、トイレに入ろうとして、スーツケースと鞄に気付く。
カンナ「?」
  鞄を手に取り、中身を見る。

〇 同・リビング(夕)
  煙草を吸っている洋介のもとに、鞄を手にしたカンナがやってくる。
カンナ「洋介、なんかトイレに、こんなのがあったんだけど」
  洋介、カンナから鞄を受け取る。
洋介「なんだ、これ?」
カンナ「知らないわよ。っていうか、なんでトイレにこんなものが?」
  洋介、鞄を開いて中を覗く。
  財布や携帯電話、手帳と、ゾウのぬいぐるみが入っている。
  洋介、ぬいぐるみを手に取り、見つめる。
洋介「これ…」
カンナ「…まさかだけど。あんた、女連れ込んだ?」
洋介「そんなことしねえよ! それより、このぬいぐるみ…」
  鞄の中の携帯電話が鳴る。
  カンナ、携帯電話を手に取り、発信者を見る。
カンナ「『お母さん』から電話かかってきた」
洋介「どうすればいいんだ?」
カンナ「とりあえず、出る?」
  洋介に携帯電話を渡し、洋介が渋々出る。
舞花の声「もしもし、翔子? あのさ、あたしのネックレス見なかった? 昨日、洗濯する時に、ポケットに入れたまま洗濯しちゃったっぽくて…」
洋介「…お前、舞花か?」
舞花の声「は? …誰?」

〇 田舎道・街灯の下(夜)
  古びた街灯の下で、寝転がってうずく まっている翔子。
  ふと、くしゃみをして、鼻水をすする。
翔子「…あ、鞄…」
  立ち上がって、唐沢家に向かう。

〇 唐沢家・外観(夜)
  電気がついている家。

〇 同・庭(夜)
  翔子、侵入口を探している。
  ガラス戸を開けようとするが、鍵が閉まっていて開かない。
  別のガラス戸に手をかけると、玄関の引き戸が開く音がする。
  翔子、慌ててガラス戸から手を離す。
  玄関から洋介が顔を出し、辺りを見回し、翔子に気付く。
洋介「あ…」
翔子「…」
  しばらく見つめ合う二人。
  洋介が翔子に近付いてきて、翔子は後ずさる。
洋介「翔子か?」
翔子「(頷く)」
洋介「そっか…。でかくなったな」
  玄関に戻り、翔子の鞄とスーツケースを持ってくる。
洋介「これ、お前のだよな」
翔子「…ごめんなさい」
  鞄とスーツケースを受け取り、庭から出ていこうとするが、洋介に遮られる。
洋介「舞花から聞いた。俺に会いに来たんだってな」
翔子「…」
洋介「まあ、久しぶりだし、なんというか…。一緒に、飯でも食わかないか?」
翔子「…(小さく頷く)」

〇 ファミレス・店内(夜)
  親子連れや学生グループばかりの店内。
  翔子の向かいの席に、洋介とカンナが座っている。
洋介「俺の今の恋人で、カンナっていうんだ」
カンナ「はじめまして、中山カンナです」
翔子「…水口翔子です」
洋介「そうか、今は水口っていうのか。昔は、阪口翔子だった」
翔子「ママが、勝也さんと結婚したから」
洋介「(眉をひそめて)あぁ…。幸せみたいだな、あいつ」
  店員が水を運んでくる。
店員「お決まりになりましたら、呼び出しボタンにてお呼びください」
カンナ「どうも」
  翔子、立ち上がる。
翔子「ごめんなさい、お手洗い行ってきます」
  トイレへ向かう。
  残された洋介とカンナ。
カンナ「…ちょっと、どうするのよ、あの子」
洋介「どうするって言ってもな…」
カンナ「…こういう言い方はなんだけど、赤の他人なんでしょ。洋介やあたしが、余計な口出ししていい訳?」
洋介「それは、そうなんだけどさ…。でも、あんなに真っ赤な眼して、放っておけないだろ」

〇 同・トイレ(夜)
  翔子、洗面所で、手にすくった水を目に当てて、冷やしている。
  袖で顔を拭き、鏡に移った赤い眼の自分を見る。
  もう一度、手の中に水を入れ、目に当てる。

〇 同・店内(夜)
  テーブル席を囲む翔子、洋介、カンナ。
洋介「翔子は、今なにしてるんだ?」
翔子「高校卒業して、今はバイトとかしてる」
洋介「そうなのか。俺はな、家建ててるんだ。日雇い作業員ってやつだけど、今度また住宅街できるからって、仕事にはありつけてる」
カンナ「どこかの建築会社に就職すればいいのに」
洋介「今ぐらいの方が楽でいいよ」
カンナ「毎回こうなのよ、この人」
洋介「お前も毎回、飽きもせずにグチグチ言ってくるよな」
カンナ「心配して言ってあげてるんでしょーが」
  洋介とカンナ、笑い合う。
  翔子、その様子をじっと見てる。
洋介「(気まずそうに)…あのゾウ、まだ持っててくれたんだな」
翔子「…」
洋介「女の子だから、ウサギかなんか買ってやろうと思ったのに、ゾウがいいってお前が言ってさ。結構高くて、あの後しばらく、もやし生活してた」
翔子「…」
洋介「…なんで、俺のところに来たんだ? それも、今更になって」
カンナ「ちょっと、洋介…」
洋介「部屋に帰ったら、お前も舞花もいなくて。変な事件に巻き込まれたんだと、本気で思ってたよ」
翔子「…ごめんなさい」
  洋介に向かって深く頭を下げる。
洋介「(慌てて)いや、ごめん! 責めるつもりじゃなかったんだ」
カンナ「責めてんじゃないの」
洋介「ごめん、悪かった。もう気にしてないよ、今は幸せだからな」
  カンナの肩に手を回す。
洋介「でもな、お前。不法侵入は駄目だろう。鞄を見つけた時は驚いたぞ」
カンナ「あんたが鍵閉めなかったのが悪いんでしょ」
洋介「そうでした、すまん」
  翔子に笑みがこぼれる。
洋介「やっと笑った!」
翔子「え?」
洋介「小さいころは、よく笑う子だったのに。全然笑わないから」
翔子「…そう?」
洋介「そうだよ。もっと笑え、せっかく美人に育ったんだから」
  カンナ、洋介の頭を引っぱたく。
洋介「なんだよ、嫉妬か!?」
カンナ「そうよ、悪い?」
洋介「それは…悪くない」
  翔子とカンナ、笑う。

〇 唐沢家・仏間(夜)
  翔子、布団を敷いている。
  洋介とカンナ、入口で向かい合って口論している。
カンナ「女の子に仏間はないでしょうが!」
洋介「そんなこと言ったって、ここしか空いてないんだから仕方ないだろ」
  カンナ、遺影を指す。
カンナ「こんな、気味悪いジジババどもに見下ろされて寝る身にもなってみなさいよ!」
洋介「俺の親と、爺さん婆さんに失礼だろ…」
翔子「全然、大丈夫だから。気にしないでください」
  洋介、仏間を出てダイニングへ。
カンナ「やっぱり、私の家に来たら? 一人ぐらいだったら、泊まれるスペースあるわよ」
翔子「いいんです。翔子、ここがいいから」
カンナ「そう?」
  洋介が椅子を持って戻ってくる。
カンナ「なにそれ」
  洋介、遺影の下に椅子を置き、椅子に上がって遺影を外していく。
  カンナ、その様子を見て、大爆笑する。

    ×    ×    ×

  電気が消され、真っ暗な仏間で、翔子が眠っている。

〇 同・リビング(夜)
  洋介とカンナ、座布団に隣り合って座り、缶ビールを飲んでいる。
洋介「俺も歳をとるはずだよ」
カンナ「なによ、オッサンみたいに」
洋介「いや、だってよ…。(自分の頭の下くらいに手を上げる)こんなちっさかったんだぞ、翔子」
カンナ「…そんなに可愛がってたの?」
  洋介、残っていたビールを飲み干し、新しい缶を開ける。
洋介「あいつの父親になろうって、真面目に考えてたよ。舞花も、いつまでも未婚の母じゃいけない、って思ってさ」
カンナ「…けど、捨てられちゃったと」
洋介「まあ、仕方ないかもな。新しい旦那、公務員なんだってよ。そりゃ、そっちを取るよな」
  カンナ、洋介を抱きしめる。
カンナ「私は、こっちを取るけどね」
洋介「好んで外れくじ引くんだから、お前って変だよな」
カンナ「自分でもそう思うわ」
  ソファの上に寝転がる。
洋介「今日は泊まるのか?」
カンナ「オッサンと女の子を、一つ屋根の下に置いておけるか」
洋介「はいはい、オッサンはこれ飲んだら寝るよ。仕事あるしな」
カンナ「残念、私は休日~」
洋介「ひけらかすな!」

〇 同・仏間(朝)
  布団で寝ていた翔子、目を覚ます。
  起き上がって周りを見渡す。
  窓から陽が入り、明るくなった仏間。

〇 同・玄関(朝)
  翔子、仏間から出てくる。
  靴を履いている作業服姿の洋介、翔子に気付いて振り返る。
洋介「おはよう。よく寝れたか?」
翔子「うん」
洋介「これから仕事なんだ。カンナが飯作ってくれたから、食いな」
翔子「うん」
洋介「(ダイニングキッチンにいるカンナに向かって)カンナ、行ってくるな!」
カンナの声「はーい」
洋介「それじゃ、行ってくるから。遠慮しないで、ゆっくりしてけよ」
翔子「あ…」
  洋介、家を出る。
翔子「…いってらっしゃい」

〇 同・ダイニングキッチン(朝)
  カンナがフライパンを洗っているところに、翔子がやってくる。
カンナ「おはよう。ゆっくり休めた?」
翔子「はい」
カンナ「(リビングを指して)ご飯、そっちにあるから。私もこれが終わったら、一緒に食べるね」
翔子「ありがとうございます」

〇 同・リビング(朝)
  翔子とカンナ、ローテーブルを挟んで向かい合い、朝食を食べる。
  翔子、気まずそうにカンナを見る。
翔子「あの…」
カンナ「?」
翔子「すいませんでした、勝手に押しかけて…」
カンナ「ああ、私も押しかけてる身だからさ。洋介も悪い気はしないみたいだし、気が済むまでいればいいんじゃない?」
翔子「…」
  黙々と朝食を食べていく。
カンナ「洋介って、翔子ちゃんにとっては、どんな人だった?」
翔子「どんなって…」
カンナ「一時期、父親代わりだったんでしょ? 洋介も、翔子ちゃんのこと相当可愛がってたそうね」
翔子「…理想のパパでした。優しくて、翔子のことを、家族だって言ってくれて」
  箸を置いて、カンナをじっと見る。
翔子「翔子の嫌がることは絶対にしなかったし、翔子が欲しかったものを全部くれた」
カンナ「…」
翔子「翔子のことを愛してくれる、大好きなパパでした」
  食事を再開する。
  カンナ、翔子を見つめる。
カンナ「…翔子ちゃん」
翔子「はい」
カンナ「これ食べ終わったら、散歩でも行かない?」

〇 田舎道
  二人で並んで散歩している翔子とカンナ。
  犬の散歩をしている老婆とすれ違う。
老婆「おはよう」
カンナ「おはようございます」
  翔子、老婆に会釈する。

〇 梨畑沿いの道
  梨が実っている梨畑がネットに囲まれている。
  翔子とカンナ、ネット沿いの道を歩い ている。
翔子「そういえば、梨農家だって…」
カンナ「ああ、洋介ん家? 洋介の親の代まではそうだったけど、今は親戚にやってもらってるんだって」
翔子「どうして、農家を継がなかったんですか?」
カンナ「梨、嫌いなのよ、あいつ。アレルギーなんだってさ」
翔子「へえ…」

〇 介護老人福祉施設前
  翔子とカンナ、施設前を通りがかる。
カンナ「ここ、私の職場なの」
翔子「あ、そうなんだ…」
カンナ「ここに、洋介が認知症のお母さん連れてきてね。もう死んじゃったんだけど、それが出逢いのきっかけ」
翔子「カンナさんは、ここの人なんですか」
カンナ「いや、隣の市の生まれなんだけどね。今はこっちの方で一人暮らし」

〇 一軒家の前
  カンナと翔子、並んで一軒家を見ている。
カンナ「ここ、洋介が建てた家」
翔子「え」

〇 一軒家・外観

〇 一軒家の前
カンナ「あいつが建てたっていうか、建てる時に作業員だったって、それだけなんだけど」
翔子「でも、すごいです」
カンナ「でも、あの犬小屋は洋介が作ったのよ」

〇 一軒家・庭
  不揃いな木材で出来た犬小屋の中で、犬が昼寝をしている。
カンナの声「いつ見ても不格好だわ~」

〇 一軒家の前
カンナ「子供の頃からの付き合いのお爺さんの家なんだってさ。あの犬も、もうヨボヨボのおじいちゃん。洋介の子供の頃に、お爺さんが飼ってた犬の子供なんだって」
翔子「…カンナさん」
カンナ「なに?」
翔子「どうして、翔子にそんなこと、話してくれるんですか?」
  カンナ、歩きはじめる。
  翔子、カンナを追う。

〇 道
  歩くカンナを、少し後ろから翔子が追う。
カンナ「洋介がどんな人で、どういうことをしてきたのか、どういう風に生きてきたのか、知ってほしいなって思ったの」
翔子「…知ってます、翔子だって」
カンナ「でも、翔子ちゃんが知ってる洋介は、『理想のパパ』でしかないでしょ?」
  翔子、言葉に詰まる。
カンナ「洋介ってね、ちょっと馬鹿なのよ。後先考えずに突っ走って、その時その時を一生懸命に生きてれば、どうにかなると思ってんの」
翔子「…」
カンナ「実際、それで上手くいってるところもあるんだけど…。今回も後先考えずに、突っ走っちゃって」
翔子「…やっぱり、翔子は邪魔ですか」
カンナ「違うよ。ただ、翔子ちゃんに言いたいのはね、洋介がどんなに良いパパだったとしても、もうあなたのパパにはなれないってこと」
翔子「…」
カンナ「翔子ちゃん、19歳なんでしょ? もう大人なんだから、父親に縋りついたりするのは…」
  翔子、足を止める。
翔子「まだ子供です! …20歳になるまでは、子供です」
  カンナ、足を止めて振り返る。
翔子「…戻ります、疲れちゃった」
  カンナの前から去って行く。
  カンナ、去って行く翔子の背中を見つめる。

〇 唐沢家・玄関(夜)
  家を出ようとしているカンナと、見送りにやってきた洋介。
カンナ「変な気は起こさないでよ」
洋介「きつい冗談はやめてくれよ」
カンナ「…洋介」
  洋介を手招きして呼ぶ。
  洋介、カンナのそばへ。
カンナ「あんまり、甘やかしちゃ駄目よ」
洋介「なんだ、そりゃ」
カンナ「別にー? じゃあ、あたし行くから。作り置きしといたカレー、ちゃんと一日一回は火にかけなさいよ」
洋介「大丈夫だよ、おかんか」
  カンナにキスする。
洋介「仕事、頑張れよ」

〇 同・リビング(夜)
  翔子、玄関での洋介とカンナの様子を、リビングの扉の間から見ている。
カンナの声「うん。じゃあね」
  引き戸が開き、閉まる音。

〇 同・寝室(夜)
  窓際に敷かれた布団の中で眠っている洋介。
  静かに扉が開き、翔子が入ってくる。
  翔子、洋介の布団の中に潜り込もうとする。
洋介「(唸って)なんだ?」
翔子「起こしちゃった?」
  洋介、翔子に気付く。
洋介「なにしてんだ、翔子」
翔子「なんか、寂しくて、寝れなくて」
  洋介、起き上がって電気をつける。
洋介「寝れないのか」
翔子「うん。一緒に寝ていい?」
洋介「寝れないんだろ」
翔子「パパと一緒なら、寝れる気がする」
  洋介、部屋の隅の冷蔵庫の中を探る。
翔子「…パパ?」
  洋介、棚の中からビール瓶を取り出す。
洋介「寝れない時は、これだ!」

    ×    ×    ×

  布団の上で向かい合って、酒を飲んでいる翔子と洋介。
洋介「あの時は、結構傷ついたんだぞ、俺は」
翔子「翔子と離れ離れで寂しかったぁ?
洋介「寂しいの何の、そのせいで嫌いな実家に戻っちまったよ」
  翔子、洋介の足に抱き付く。
翔子「ねぇ、パパぁ。翔子のこと、好き? 好き? この世で一番好き?」
  洋介、酒を置いて、背筋を伸ばす。
洋介「この世で一番、なぁ…」
翔子「?」
  翔子、洋介から離れ、じっと見つめ合う。
洋介「俺さぁ、舞花にプロポーズしようと思ったんだよ。なんて言うかとか、すげー考えたんだよ。それと同じことを今、考えてるけど、昔と同じような言葉ばっかりなんだよ。だめだろ、それじゃ」
翔子「…」
洋介「『俺の家族になってください』って言おうと思ってたんだよ。でも、それじゃねえよなあ。なんて言おうか、ほんと悩んでんだよ。なあ、翔子は何て言われたら嬉しい?」
翔子「…翔子は、そのママに言おうと思ってたのが、一番うれしい」
洋介「何つーかよ…。家族じゃなくてもいいんだ、俺が生きてくための何かになってほしいんだ」
  翔子、洋介をじっと見つめる。
洋介「だめだな、ほろ酔いぐらいのつもりだったのに、ちょっと飲みすぎた」
翔子「パパ」
洋介「お?」
翔子「カンナさんのこと、好き?」
  洋介、何度も頷く。
洋介「好きだよ、この世で一番好き」
翔子「どこが? どこがそんなに好きなの?」
  洋介、立ち上がって、空き瓶を片付ける。
洋介「料理が上手いところ。笑い声がでかいところ。文句言いながら、なんだかんだ面倒見てくれるところ。俺がぽろっと話したことを、ちゃんと覚えててくれてるところ」
翔子「…」
洋介「酒が強いところ、爺さん婆さんに好かれるところ、あとはな…」
翔子「いいよ、もう」
  空き瓶で、洋介の足を軽く小突く。
翔子「惚気、聞き飽きた」
洋介「そっちが聞いてきたんじゃねーか!」
翔子「あはははは」
  どこか寂しそうな笑顔。

    ×    ×    ×

  電気が消され、真っ暗な部屋。
  洋介の布団の隣に、翔子の布団が敷かれてる。
洋介「久しぶりにお前を見た時、舞花にそっくりだと思ったんだよ」
翔子「ママに?」
洋介「正直、ちょっとムカついた」
翔子「…ママ、ムカつくよね」
洋介「ほんとだよ。あのクソアマめ」
翔子「男にだらしないし」
洋介「あんの悪女!」
翔子「はぐらかし屋!」
洋介「いつか痛い目、見るぞ!」
翔子「地獄に落ちるよ!」
洋介「そうだそうだ、あの最低女め!」
翔子「ママなんか、大っ嫌い!」
  布団を被って、少しだけ涙を流す。

〇 翌年 5月6日

〇 唐沢家・リビング(夜)
  洋介、翔子にケースに入った指輪を見せる。
洋介「どうだ、これ?」
翔子「いいじゃん。カンナさん、喜ぶよ」
  洋介、指輪を鞄の中にしまう。
洋介「なんか、テンプレ通りすぎる気がするんだけど、大丈夫かな」
翔子「大丈夫だよ。女の人は、王道なくらいが好きだよ」
洋介「そうか?
翔子「明日のデート、頑張ってね」
  ダイニングキッチンへ向かう。
洋介「おう」

〇 同・ダイニングキッチン(夜)
  翔子、冷蔵庫からワインを取り出す。
翔子「それじゃ、前祝といきましょうか」

〇 同・リビング(夜)
  翔子、ワインとワイングラスを持ってくる。
洋介「あ、そうそう。翔子にもあるんだよ」
翔子「え?」
  洋介、鞄の中からブランドの袋を取り出し、翔子に差し出す。
洋介「今日、誕生日だったろ」
翔子「…覚えてたの?」
洋介「そりゃあな」
  翔子、袋を受け取り、中身を取り出す。
  シルバーのチェーンに、ネックレス。
洋介「年頃なのに、アクセサリーのひとつもつけてないだろ。オッサンのセンスだから、気に入らないかもしれないけど」
  翔子、ネックレスを見つめる。
翔子「つけていい?」
洋介「当たり前だろ。つけてやろうか?」
  翔子からネックレスを受け取り、翔子 につける。
  翔子の首元で、飾りがゆらゆらと揺れている。
洋介「うーん、最近の若い子からしたらどうなんだろうな? 気に入らなかったら、突っ返してもいいぞ…」
  翔子、洋介が言いきらないうちに、抱き付く。
翔子「ありがとう…。一生、大切にする」
洋介「なんだよ、大げさな。気に入ってくれたんなら、よかった」
  翔子、ワインをワイングラスに注ぎ、洋介に渡して自分も持つ。
翔子「かんぱーい!」
洋介「乾杯!」

〇 田舎道(朝)
  老婆が犬の散歩をしている。

〇 梨畑
  木に小さな実が実ってきている。

〇 唐沢家・玄関
  小奇麗な格好の洋介、鞄の中をチェックしている。
洋介「それじゃあ、行ってくるな」
  翔子、見送りに来る。
翔子「噛んじゃ駄目だよ!」
洋介「不吉なこと言うな!」
  洋介と翔子、家を出て庭へ。

〇 同・庭
  翔子、出かける洋介を見送る。
翔子「頑張ってね、いってらっしゃい!」
  洋介に向かって手を振る。

〇 道
  洋介、翔子に手を振り返しながら、歩いていく。

〇 唐沢家・庭
  翔子、手を降ろし、洋介の姿をじっと見ている。

〇 同・仏間
  翔子、遺影を元の場所に戻していく。
  遺影の老人と眼が合い、笑いかける。

〇 同・ダイニングキッチン
  拭き終わった食器を食器棚に戻していく。

〇 同・玄関表
  スーツケースと鞄を持った翔子、玄関の鍵を閉める。

〇 同・郵便受けの前
  翔子、鍵を封筒の中に入れ、郵便受けに突っ込む。

〇 同・門前
  翔子、門をくぐって唐沢家から出る。
  最後に家を見つめ、スーツケースを引いて去っていく。

〇 橋
  翔子、スーツケースを引いてやってきて、下の川を覗く。

〇 川
  緩やかに川が流れている。

〇 橋
  翔子、鞄の中からゾウのぬいぐるみを取り出し、見つめる。
  汚れのついた、くたくたのぬいぐるみ。
  翔子、ぬいぐるみを川に投げ込む。

〇 川
  ぬいぐるみが落ち、緩やかに流れていく。

〇 橋
  翔子、その様子を見ながら、ネックレスに触れる。
  携帯電話が鳴り出し、電話に出る。
翔子「もしもし」
舞花の声「あ、翔子? ママだよ~。元気してた?」
翔子「うん、なに?」
舞花の声「いや、最近ぜんぜん連絡無いから、かけてみただけ」
翔子「そうなんだ。元気だよ」
舞花の声「ま、そのうち顔見せに来なさいよ。洋ちゃんとはどう? ちゃんと、パパに可愛がってもらってんの?」
翔子「ママ」
舞花の声「ん?」
翔子「私、もう大人だよ」
  電話を切り、歩き出す。

〇 道
  翔子、スーツケースを引いて歩く。
  しばらく歩いて、スーツケースを自分の前に持ってきて、押して歩き、徐々にスピードをつける。

〇 なだらかな下り坂
  翔子、スーツケースに跨って乗り、下り坂を降りる。
  ネックレスが、揺れている。

END



後書き

書いてた頃は大真面目に「私の人生哲学をこのシナリオに詰め込むんじゃい!」みたいなことを思って書いてたんですけど、今読み返してみるとなんかピンク映画みたいなシナリオだなって思いました(小並感)

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