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走るために生まれてきた/必見!『カセットテープ・ダイアリーズ』

 イギリス映画『カセットテープ・ダイアリーズ』。昨年のサンダンス映画祭など各方面で称賛の嵐を巻き起こした作品です。当初日本では4月から一般公開される予定でしたが、新型コロナ感染拡大防止のため延期されていました。その話題作が、いよいよ満を持しての登場です。まさに〝いま見るべき一本!〟と言えましょう。
【公式サイト】http://cassette-diary.jp

 物語の舞台は1987年、英国ルートンの田舎町。主人公は、父の代にパキスタンから移民して来たイスラム教徒の少年ジャベド・カーン。人種差別や経済問題、父との確執など様々なことに行き詰まりを感じていた時、高校のクラスメートでインド系移民のスィク教徒ループスの勧めで ブルース・スプリングスティーン の音楽と出逢います。
「You can't start a fire. You can't start a fire without a spark」《Dancing in the dark》
ジャベドの魂が〝スパーク〟しました。そして、恋人イライザの屈託ない笑顔に支えられ、少年は走り出します───。

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 監督は『ベッカムに恋して』(2002)のグリンダ・チャーダ、脚本は原作『Greetings from Bury Park:Race, Religion and Rock 'N' Roll』の著者サルフラズ・マンズールがみずから手掛け、オリジナル曲はA・R・ラフマーンが提供しています。
具体的内容については実際に観ていただくとして、本作は1987年のイギリスを描いていながら、経済格差、雇用問題、移民排斥、人種差別、マイノリティ抑圧、ヘイトクライム‥‥など、そのまま2020年の現代に通じる問題提起をしています。
ごく平凡な人間が、鬱積した憤懣に飲み込まれて考えることを止め、集団の力を借りて自分より立場の弱い者を叩き始める‥‥英雄の幻影は人道を無視した行動の果てにあり、ただ狂騒と陶酔だけが、居心地の良い場所となっていく‥‥。
 映画本編で紹介される古いインタビュー映像の中で、ブルース・スプリングスティーンは以下のような意味のことを語っています。
「愛する者のため、家族のため、地道に働いてる人こそが本当のヒーローなんだよ」
また、本編の重要な箇所で流れる不滅の名曲『Born to run』。日本発売のアルバムタイトルにもなった邦題「明日なき暴走」は一見すると孤高のイメージですが、サビの歌詞を読めば、
「Baby, we were born to run」(ベイビー、俺達は走るために生まれてきたんだぜ)
と、大切な人への呼び掛けになっているのです。

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 80年代の高校生ジャベドは、アメリカ合衆国を〝自由の国〟と認識しています。
しかし、2001年に世界は大きく変わりました。同年9月11日を境に在米イスラム教徒の暮らしが激変するありさまを描いたインド映画には、
『My name is KHAN』(2010年)

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などがあります。また、それ以前からのイギリス在住インド・パキスタン系移民を描いた作品には『Namastey LONDON』(2007年)がありました。

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 最後に、私とパキスタン人との関わりについて。
1992年に初めてインドを訪れ、お約束の「カルチャーショック」を受けた私は、帰国後、あらゆる手段を用いて情報収集に努めました。〝インド〟と名の付くものを片っ端から漁る日々の中で、いつも頭に在ったのは、現地の青年に云われた言葉でした。
「フィルム(映画)を見なきゃインドは分からない」
しかし、YouTubeもDVDも存在しなかった時代です。ようやく在日パキスタン人が経営するボリウッド映画のコピーVHS店を探し出し、店主の勧めるままに何本か見てみました。とはいえアンダーグラウンド品であり、そのうえ三倍速録画の最低な画質でした。ところが、あたかも全身に火花が走るような衝撃を受けたのです。
「こ、これが、お釈迦様の国の、娯楽なのかあっ?!」
徹頭徹尾ご都合主義のストーリー展開、くどい演出、庶民階層とは似ても似つかぬ色白な美男美女、唐突に始まる歌と踊り、冗長な台詞、血塗れの暴力シーン、そして無理やり丸くおさめるエンディング‥‥。ただただ呆気に取られるばかりでした。
 以上がインド映画と関わることになった端緒です。つまり、一部のパキスタン人の〝大胆なビジネス〟が今の私を形成した、とも言えるわけですね。

「Can't start a fire without a spark」
ボリウッドの〝火花 (spark)〟をくれたのは、パキスタン人でした。

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