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「気にしすぎ」の美学

どうも、あさまんがです!最近は疲れからか睡眠の質がガタ落ちしてしまっているのが悩みですが、こんな時期に体調を崩すと怖いのでなんとか耐えています。

さて、よく僕は周りの人から「そんなことでそこまで悩まないでいいのに~」と言われることがあります。

高校生の頃は、大学進学の際に借りた奨学金の返還への不安が募りすぎて、将来に絶望しか抱けなくなったこともあります。僕はそれくらい心配性なようです。

でも、世の中には僕と同じくらい心配性な人もいるはず。そう思ってこの記事を書こうと決めました。

気にしないでいいならここまで心配しないよ

僕が悩んでいるとよく言われるのが、

「そんなに気にしないでもいいよ」

という言葉。確かに悩みが大きくなりすぎると辛いですから、それを手放すのは理にかなっていますね。こういってくれる人もそんな感じの意図があるはずです。

ですが逆に言うと、それができるなら最初から心配なんてしないんですよ。

心配に関連する感情として、「恐怖」があると僕は考えています。これは私たちが生まれたころから抱く、いわゆる本能です。それに基づいて心配しているのに、いきなり「じゃぁ考えないでおく!」というのも簡単ではありません。

心配事は十人十色。それぞれが違う基準で考えるから、時にアドバイスは意味を持つことが難しくなってしまうことすらあるわけです。

だから、もし周りに何かを心配している人がいたら、あくまで「聞き役」に特化してあげるというのも、1つの方法かもしれませんね。

沼にハマっていく人

まぁ、僕のことなんですけどね。笑

何か心配事があると、そこから数日~1週間は引きずります。これってかなり精神的に苦しくて、それを分かっているからなおさら沼にハマっていってしまうのです。

僕の母は良くも悪くも1つの物事を気にしないタイプなので、僕が何かを心配していると、

「そんなことでクヨクヨするな!」

と鼓舞(小言?)をくれますが、それがもっと僕を苦しくさせてしまうのです。

周りはこんな事でクヨクヨしないんだろうな、と思わされてしまいます。気持ちが強いことが正義とされがちなこの世の中で、自分の弱者っぷりを突き付けられているような気分にさえなります。

心配することの利点はどこへ

個人的に、心配性な人の強みは「徹底したリスク管理」ができることだと思います。失敗が怖いから、準備を怠らないのです。

逆に、楽観的過ぎる人は(相対的には)時間をリスク管理以外にも多く割くため、心配性な人のそれよりも脆弱性が高くなる可能性だってあります(楽観主義の方がいたらごめんなさい)。

ただ、そうした強みでさえ、環境が潰してしまいます。

「そんな事まで気にしてるの、君くらいだよ」

このひとことで全てが水泡に帰してしまいます。気にしすぎることがなぜいけないのか、その明確な根拠がなくてもなんだかそういう人の方が正しく見えてしまうのが現状です。

なので、自分は心配し過ぎる性格だな、という人は「自分に合った環境を探す」ということを人一倍丁寧にしてあげることがオススメです。

20年というまだ短い生涯の中で僕が学んだことです。笑

誰も評価してくれなくても

あなたが心配してくれるおかげで、瓦解しない何かがあるかもしれない。

あなたが心配してくれるおかげで、順調な何かがあるかもしれない。

心配性である僕から同じような性格のあなたに言えることは、そういうことです。人間、上手くいっていることをさも当たり前のことのように捉えがちですが、そこにはあなたの心配が一役買っていて、それが見逃されているだけかもしれませんよ。

僕も心配性であることが、誰かの、何かの支えになればいいな~と思いつつ、今回の記事はこのあたりで終わります。

あとがき

冒頭にも書きましたが、この記事を書いているときのあさまんがはとっても身体も心も絶不調です。笑

睡眠の大事さを身をもって体感しています。ボーっとしてしまうことが格段に増えたので、事故にあわないように気を付けます。

でも、疲れたり精神が病みそうなときに、なぜか思考が冴えたり文章がスラスラ書けたりするんですよね。不思議です。笑

とはいえこのままだと苦しいので、上手く休みながら調子を元に戻していきたいです!少しずつでも!

今回も読んでいただきありがとうございました!では、次回もお楽しみに!

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