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私とよく似たあなたへ:塩見恵介句集『隣の駅が見える駅』

読後、何とも朗らかな気持ちになれる一冊。
「自分の毎日もそんなに悪くないじゃん」と
肯定したくなる親近感のある世界が
17音の中に広がっている。

私は季語を独自の方法で生かすことが
俳句作品の重要な一つの要素と考えているのだが、
塩見氏は「ユーモア」という上質な持ち味により
私たちが知っている季語の表情に新たな魅力を付与している。
さらに、俳句を知らない人も共感できる、
わかりやすい言葉による表現も作品に明快さと説得力をもたらし、
日常生活のワンシーンや感情、人間関係などを詠った
作品内容に活気と温かい詩情を生み出している。

「もう、これ最高だわ!」個人的にベストワンだったのが
  守護霊がおられるのですビールに泡

もう笑ってしまった。
ビールの句でこんなに面白く、ドラマが感じられる作品は初めて。
「ビールに泡」の「泡」が異界を呼ぶような、
でもどこかまやかしのような儚さで
夏のうだるような暑さを吹っ飛ばすような爽快感!
もう一杯頼むしかないね、こりゃ(嗚呼、早く飲みに行きたいぜ!)。

かといえば、
 中年は急にトマトになるのかも
 スポーツはちょっと苦手というメロン

本句集はカタカナが効果的に使われた作品が多いと同時に、
様々な食べ物が作品の中に登場する。
なかには、人を暗示するような上記の句のような食べ物も。
氏と同世代の私は、トマトの句に笑いつつ
どこかヒヤリとしてみたり。
メロンの呟きのような言葉に、十代の頃の人と自分を
比較してばかりで自信のなかった日々を
にわかに鮮明に思い出してみたり。

 蟬しぐれ友だち百人出来て邪魔
 また手紙くれよと手紙書いて月

「ああ、こんな時期(こと)、あったあった」
思わず膝を打つ場面の切り取り方。
人を世界をよく見ておられる方なのだなあと思う。
それは教師という職業柄もあるのだろう。
そして、その目は自分自身をも冷静に見つめている。
でなければ、「作品」としてここまでユーモアを生かしきれないし、
客観化もできはしない。
(ちなみに「友達百人」は私もまったく同意見。
 よくぞ言ってくださった!)

 案外と傷つく林檎も男も

思わず謝ってしまいましたよ、夫に言った言葉を思い出して。
俳句を読んでてそんなことしたのも初めてでした。

教師以外にも、さまざまな世代に俳句を教えておられる
講師でもあり、新聞で楽しい俳句の記事を執筆するなど、
八面六臂の活躍の塩見氏。
そんな日々や経験を通じて紡がれる俳句からは
「今・ここで生きている」人の息遣いが感じられる。
そして、読者はユーモアにまぶされたそのリアリティに
はっとしたり遠い目をしたり、反省したり、
そして自分を肯定したり。
軽快だけどペーソスがある。明るいけどたまにひとり。
この句集には「私によく似たあなた」がいるのだ。

 詫び合うて笑うて忘れわらびもち
 約束を守れなかった緋の金魚
 世の中をちょっと明るくする水着
 クーラーのひとり黙っている時間
 遠花火・手花火・線香花火・叔父
 秋空のラの音高きさようなら
 虚子以後を小さなくしゃみして歩く
 抱く子にも一粒持たせ鬼は外

タイトル句
 燕来る隣の駅が見える駅

燕の飛び交う様子は、まさに春。
新しい始まりや出会いの季節。
私とあなたは一人ひとり。みんな、違う一人。
でも、「みんなと一緒にいたいな」
できれば、「あなたのそばにいたいな、一緒に生きていきたいな」

そんな含羞を含んだ朗らかな呟きのような気持ち。
それが「隣の駅が見える駅」なのかもしれないな、と思った。

最後に個人的なことを少々。
氏は俳句はもとより、将棋もかなりの腕前とお聞きした。
私は将棋のルールは全くわからないのだが、
対局を見るのは好きで、将棋の句を詠んだりしている
(拙句集『柔き棘』にも入っています)。
そんな私の将棋の句を氏は褒めてくださった。
将棋の句について言及してくださった俳句作家は
氏のみだったので、とても嬉しかった。
つい先日、氏と交流のある久保利明九段が
NHK杯に出場された。
録画したままで、まだ対局を見てはいないのだが、
上記の件から久保九段を見ると、お会いしたことのない
塩見さんをおのずと思い、画面の前で久保九段を応援する
この頃である。


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