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農民から家臣になった"渋沢栄一"の人生をクローズアップ!|ゆっくり解説動画

どうもこんにちは。なで姫です。

皆様は"渋沢栄一"をご存知でしょうか?
新一万円札に使われる人でご存知な人もいるはずです

でも、もっとスゴイこともしているんです!
…知りたくなってきたでしょ?

この記事では、栄一はどんなことをしたのか、簡単に説明していきます!
ぜひ「栄一ってこんな人なんだ…(感嘆)」と思ってください

▶農民として生まれた栄一

1840年3月16日、血洗島(現在の埼玉県深谷市)に生まれた栄一。
家は「藍玉」という染料のもとになるものを作って商売をしていたんだ。
商売は繁盛しており、農民の家としてはかなりのお金持ちだったんだ!
売上は年間1万両で、現在でいう4~6億になるぐらい儲けていたんだ!
よ、4億ってえげつないですからね!!??高級住宅街にあるマンションでも、ものによっては買えますから!!

市郎(栄一の父)は頑固だったが、子供のことを思いやる気持ちも持つ荘厳な人だったんだよ!
ゑい(栄一の母)は優しさあふれる温厚な人で、慈悲深い人なんだ!

他にも、栄一が役所に文句を言いにいったり、代官はカスだと言ったり、城を焼き討ちにしようと計画を立てたりする!
「え、栄一くん…?」意外な一面をもつギャップがありすぎる栄一に、迫りゆく…っ!

▶幕府から疑われ、逃げる…!?

「城を焼き討ちにしようぜ!」と調子に乗って計画をした栄一。
計画を一緒に実行しようとした人が幕府によって捕らえられてしまった!
「これはまずいぜ!」そう思った栄一は京都に転がり込んでいったのだ!

知らん間に仕えていた平岡円四郎に、「農民じゃなくてさ、武家になろうぜ?」と言われた栄一!
ーこれはいい機会だ!丁度いいから、あやかっちゃお!ー

ということで武家入りを果たすのだ!
武家に入った栄一だったが「なんだこのシステムいらんだろ」と思うことがあったり、お金が少なくてジリ貧になったり、円四郎が急に暗殺されたりしちゃったんだ!

武家社会も甘くない!上下関係を重んじろ風潮は今も昔も変わらないんだ!
頑張れ栄一くん!

▶この記事のまとめ

時代は違えど、色々悩み、思い、生きていく渋沢栄一にスポットをあてていく動画を作成したので見てやってください!(号泣)

※2021/8/10時点ではまだ2つしか動画が出ておりません!
3つ目も出す予定です!温かく見守ってやってください!

上から順に1本目、2本目の動画です!

ここまで見て下さって、ありがとうございました!



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