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【『小鳥、来る』聖地巡礼03】おもちゃ屋

 「優しいおばちゃん」
 と母は言っていたがうそだ、母はだまされていた、父や母がいるとおもちゃ屋のばばあは気持ち悪いぐらい笑いながら近づいて来たから母はだまされていた、ばばあはおれが一人でいると、おれでなくても、一人でなくても子どもだけだと、ちょっとおもちゃに触っただけで「触らんといて」とすごい不機嫌な顔で言ったりした、たけしなんか、
「叩かれた」
 と言っていた、じじいもばばあも子どもを警戒していた、そうなる理由をおれは知っていた、
(山下澄人『小鳥、来る』P56)

『小鳥、来る』には具体的な名前は記されていない2つの商店街が登場する。このくだりは間違いなく水道筋商店街だ。なぜなら僕も水道筋商店街のおもちゃ屋(名前は伏せます)で「触らんといて」と言われたから。「買わへんのやったら出て行って」というのもあった。急にはたきで僕の近くをはたきだしたりされた。叩かれる前に店を出た。

当時の子どもはみんなきたなかった。全身、川でドロドロになり、泥団子をつくった手でおもちゃをさわられたら、ばばあも不機嫌になる。わからないでもない。今でこそ水道筋は子どもに優しい商店街だけど、当時のじじいばばあ達は厳しかった。万引きも多かっただろうし優しかったらなめられる。

もちろん子どもに優しい店もあって、畑原市場のO玩具店は、ルービックキューブを延々を触ったりローラースルーに乗ってもおこられないし、はたきで追い出されたりしない。店の奥にいたおばちゃんはいつもにこにこしていた。「触らんといて」のおもちゃ屋では別売りだった電池やモーターもサービスでつけてくれた。

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プラモデルは西灘劇場の隣のN模型店で買った。店内に入ると床がぎしぎしと鳴った。猫の小便の匂いがする。たぶん猫を飼っていたのだろうが見たことはない。ショーケースには精巧に作られたコンバットや戦車、戦艦の完成品が並んでいた。フランケンシュタインも、あと骸骨の手が伸びて小銭を箱にかき落とす貯金箱もあって、眺めているだけでも飽きなかった。「買わへんのやったら出て行って」とは言われない。でもN模型店のおばちゃんは特段にこにこしているわけではなく、どちらかというと不機嫌、いやちょっと哀しそうな表情だった。「このおばちゃん、なんかかくしてる」ような気がした。N模型店は駄菓子屋も兼ねていて、あたりつきのガムや駄菓子を売っていた。小学校高学年になると行かなくなった。中学のとき店の外にあったゲームをしたのが最後だ。

どの店も今はないが、N模型店の猫の小便の匂いは今でも鼻の中にこびりついている。10年ほど前、東灘の自転車用品店で、自転車のグローブをつけたまま商品を触ってしまったことがあった。その時店主に「触らないで」と結構きつめに(そう感じた)言われた。脳裏におもちゃ屋のばばあの顔が40年ぶりに思い浮かんだ。またこのパターンか、もう二度と行くまいと思ったけど、その店も数年前になくなった。

<もうない風景、もういない子ども、だけどそれは常にそばにある>

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写真:Yasuwan Photos


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