水車 第二章 第10話

 一旦停止し、航空隊の戦果を確認し次第、再度進発する手筈になっていた。
 「前方機影、友軍機複数、未識別機、その後方」対空戦用意の号令が消えもしない内に空戦中であるらしき集団は、仮陣地の上に殺到してきた。発見が遅れたのも道理、かなりの低空を全速で飛ばしている。
 味方機が一機、翼を破壊されて陣地の中程に墜ちた。数両の車両が巻き込まれた。パン、パパン。援護の積もりか対空砲が命令を待たず鳴り出す。
 「止め!撃ち方止め!味方に当たるぞ」余り意味のない命令ではあった。すでに機影は通りすぎていたからだ。

 「いまの敵の陣地じゃないすか?」列機の機長である准尉が訊いてきた。兵曹達の薫陶宜しく敬語が適当になりつつある。
 「高度あげるよー、反転して偵察しながらきとー」ある程度高度ないと全体見えんしね。

 勇者は憮然としていた。バラバラに間を開けて帰ってきた攻撃隊は四機だけで、その内一機は目の前で墜落した。帰還と言えるのは三機なのかもしれない。
 三機の内の一機は外翼がちぎれ、同じ側の片方の橇も脱落していた。機軸を傾け空力的なバランスを巧みに取りながら、追撃を交わしここまで帰ってきたのだ。着雪もみごとだった。残った方の翼を雪面に触れんばかりに傾け、片方の橇だけで無事降りたってみせた。
 しかし、この技量はこのパイロットひとりのものではない。そして、同程度の技量を持っていた二十余名が永久に帰って来ない。

 「爆弾があればなー」上空から敵陣を視た感想だ。さすがに昨日の今日では用意出来ない。陸軍から砲弾を譲り受けて改造するにしても、最初の一発が出来るのは数日後だろう。
 「油でも撒きますか」操舵手がただのぼやきに応える。
 「季節がなあ」空軍№2の司令官殿は兵曹の不躾な発言にも頓着せず会話を返す。(ウチの司令、最高だぜ)こうして空軍は勇猛な死兵集団へと育っていくのだが、どちらもそれに気付いていない。

 「前線の鉄槌部隊に戦闘停止を伝えて下さい。空爆の恐れがあるので引き返すようにとも」伝令を出すと傍らの将校に詰問された。
 「勇者様、どうされるお積もりですか」
 「降伏ですかね?航空隊がなければ、王都は陥とせませんし」後方に置き去りにした敵の主戦力が必死に追い縋っているだろう。攻略にもた着けば挟み撃ち、弾薬にも限りがある。
 「裏切り者め!初めからその積もりだったな!」細剣を抜き放つと同時に勇者の胸に突き立てる。恐ろしい程の手練れだ。
 「凄いですね、まるで剣尖が見えなかった」のんびりと語る勇者。
 「でも僕の勇者ギフトはカウンター系の[倍返し]なんです」将校は剣から手を離し崩れ落ちた。即死。
 負け戦と言えば、航空隊のそれだけで、ほぼ無傷で勝ち進んできた陸上部隊、突然の降伏宣言に勇者軍の混乱が最小で済んだのには、実質的な不死である勇者への恐れともう一つ因がある。
 敵陣に切り込んで敵を残滅する事を期待された勇者に付けられた兵はその用法に相応しく、件の将校のような監視役を除けば、殆どが棄兵とも言うべき者達だった。
 その遺棄されるべき兵達が出来るだけ死なぬように心を砕く勇者に、兵達は恐れながらも心酔していた。
 「部下達の生命の保証を…」唯一の条件として勇者は降伏した。

 「へっ?ウチで預かる?」勇者の処遇に意見を求められたので、あれはヤバイから処刑すべし!と応えたら、次の日、長官に呼び出された。
 「うむ、調べたら勇者軍、最近併合された国の出身で構成されてるのだ」これは使えると取り込む事にしたんで勇者を殺すわけには行かなくなったらしい。でもなんでウチに?言ってみれば反勇者派筆頭ですが?
 「曲者だね、彼は」扱えるのは君しかいないと煽てられてついその気になってしまった。

 「それは止めた方が良いですね」高性能水車発動機の極めて重大な危険性について隣国に指摘するべきという意見に、勇者が異を唱えた。
 「テイコクなら寧ろ利用しようとするでしょう」例えば「臨界ぎりぎりの発動機の水戦を王都上空に飛ばす」とか…。つまり、臨界問題は知られても駄目なのか。
 てか、水車弄って防御式削った人は気付いてないのかな?凄腕ぽいけど。
 「不明、ただ魔術のスキルと魔法理論の理解はしばしば無縁」
 「あ、それ僕です。この辺が怪しいと適当に削ったんで…」なんと勇者謹製だったのか。
 性能上げるのに色々な溶液を試したらしい。希硫酸でヒット、爆発的な出力が得られた。しかし…
 「硫化水素でも出たかい」頷く勇者「で水車徹底的に解析して」シャオは首を振っている。
 「どうした、シャオ」
 「殆どわからなかった筈、基本構造が空間魔法」
 「ええ、なんとかわかった部分にあれが有ったんです」紛れ当たりに近い?
 「偉大な発見は膨大な解析とたった一つの紛れから出来ている」今は軍事機密として秘匿されてはいるが魔導師達の興味を惹けば臨界問題が見付かるのは時間の問題だろう。
 「待て、整理するぞ」高性能水車の生産は勇者が一手に引き受けていた。
 「一人でやってましたよ」製法の拡散は取り合えずない。
 「残ってるのは湖水軍に三個中隊分ですかね」シャオが手を挙げた。
 「それ全部潰した後、安全でもっと高性能な水車を提供する」へ?敵に塩を贈るの?

 再び首を振るシャオ。
 「神樹様にお願いする」はい?

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