水車 第三章 第6話

 テイコクにいくつかある属国のひとつに元王国騎士団副団長は小領主として、封じられていた。
「王国がテイコク首都を焼き滅ぼしたそうです。勇者様」
 何処をどう掻い潜ってか、勇者は此処まで逃げのび、元副団長の庇護下にあった。
「どのような魔法を使ったのか、建物はひとつ残らず崩壊し、生き残りも避難が許されず一人もいないとか」
 語る小領主の顔は苦渋に満ちている。王国討つべし、すぐにその結論に達した。もとより小領主には王国に恨みが、勇者にはユグドラシルに迫るための橋頭堡の必要がある。
 即座に檄文を書いた。
一つ、悪辣非道なり王国、将に中原諸国を討ち滅ぼし冨奇港間を独り扼せんとす。
一つ、テイコクの民、依る辺を喪い人道を迷うこと甚だし。
一つ、悪逆無道なるを撃ち、人間(じんかん)衆生を安堵せしむる事、之諸公諸君の責務ならんや。
一つ、我、王道を奉じ狭義正道を糾合せんと欲す。
 王国を討ち大果を採られよ。
 勇者記す。
 要約すれば、王国打倒に参加すればテイコクは切り取り自由だ、是非参加してね、となる。なにしろ、政権はまるっと蒸散してしまっているのだ、勇者の署名にはテイコク最後の権威があると思われた。
 テイコク内の種々の軍閥も含め、近隣諸国、諸公が応じた。まだ春も浅く雪も消えたばかり、初夏には連合軍の津波が国境を超えた。

 テイコクから始まった水車革命は、瞬く間に周辺諸国に拡散浸透し、各国の経済を大いに変えた。良き事ばかりではなく、大量の失職者や広がる経済格差のため、賓農を生んだ。
 封建領主達の手に余る事態で元より中央集権国家であったテイコクと、貴族制度の解体に乗り出した王国以外の諸国は、一部を除いて青息吐息の死に体とも見えた。
 起死回生の一策と見えた王国討伐に諸国が無批判で乗り出した理由であるだろう。飛竜は多数の目撃があり、テイコク壊滅の因となす有力な情報もあったにも関わらずの早急な出兵の理由と言う事である。もし王国に非がない事が判明したとしても、勇者に責を押し付ければ良いのだ。

 後部に配していた事もあって、水軍の噴進型発動機への換装はスムースに進んだ。三連タンデム二機を並列に並べた重量バランスは後部気室の圧縮率を変えて対応している。
 速度は素晴らしく空軍のそれを大きく上回った。ただ主翼の脆弱性があって高速での急旋回は禁止されていた。まあ、本質が気球なのだから翼がもげたとしても落ちることはないが、戦闘中に制御を失するのは命の危険を伴う。
 連合軍が宣戦布告をしたのだ。換装に慣れたのか技士達のピッチが上がる。開戦には間に合いそうだ。

 平行進化と言うものがある。遠く離れた時間、場所であっても、必要とされる役割に相応しい進化と言うものがあり、良く似た姿形を持つことになる。
 例えば、魚竜とイルカ。技術で言えば、勇者のジェット機と王国の噴進型飛空艇。勇者が[現代人]の関与を疑う程によく似ていた。
 それを作れる技術があり、必要とされる物が同じなら、良く似た物が出来るのだろう。勇者はそれに思い至れなかった。帰郷の念が強すぎる余り、無意識がそれを排除してしまったのかもしれない。

 「2時飛竜!」スクワイアが叫ぶ。
 一般には騎士の従者として知られているが、スクワイアとは騎士見習いの事で、ユンカーの子弟か、特に優秀と認められた兵しかなれない。単なる従者は[フォロワー]と呼ばれる。階級で言えば、陸軍なら伍長水軍なら三等水曹にあたる。
「この忙しい時に!」
 騎士団は遅滞作戦中だ。連合軍の先陣に突撃を仕掛、反撃を受ける前に離脱する。その離脱の退路上に飛竜が飛んできた。
「構うな!直進!」
 この判断が騎士団の一分隊の命運を救った。
 接敵の報を受けた勇者は、援護の陸上機を発進させた。なぜか、旨く改造出来ない水車が日増しに増えてきて焦らないことも無かったのだが、その代わりに無改造でもそれなりの出力が出る事が分かり、今はそちらの方を主に使っている。
 陸上機の降着装置にバネ式の橇を使い草地なら離発着が出来るようになっていた。
「飛竜だ!」
 寝耳に水の通話であった。

 シャオが突然現れた。
「て、おい、何処から出てきた!」
「アカシックレコードの家?」小首を傾げるシャオ。
「てか、なんでシャオが二人?!」
 意味不明な応答は無視して判るかも知れない疑問は…。
「生き別れの妹」
 うそつくな!顔が木目だし、人間ですらないだろうが、神樹関係か?大きく眼を見開くシャオ「なぜ判った!」わからいでか。
「また飛竜が現れた」本題ですか、そうですか。
「で、どこだ?」
「前線」懐から魔石を取り出すシャオ。
「これを飛竜に食べさせると良い」なに?これ?てか、どうやって?
「それを考えるのは司令の仕事」
 前線には、新旗艦の五番艦が向かっている。既に通話距離は離れているし、騎士団見捨てるわけにも行かないから戻れとは言えない。仕方ない、出撃するか。
「ペラ回せー」ペラ着いてないけど。

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