【世界史を大きく動かした植物】書評

【世界史を大きく動かした植物】稲垣栄洋 PHP

いきなりですが、皆さん世界史は勉強しましたか?世界史としてでなくとも、大まかな人類の歴史は勉強した経験があるのではないでしょうか。
チグリス・ユーフラテス、インダス、ナイル、黄河の4大文明から始まり、現代へと続く長い長い歴史を学んだと思います。ただ、それはあくまで人類を中心にした表の歴史。また違った裏の歴史というべきものが隠されていたとしたらどうでしょう。そう、植物が主人公となり、人類が脇役を演じる歴史です。

この本で取り上げられているのは、「コムギ」「イネ」「コショウ」「トウガラシ」「ジャガイモ」「トマト」「ワタ」「チャ」「サトウキビ」「ダイズ」「タマネギ」「チューリップ」「トウモロコシ」、そして「サクラ」の14種類の植物です。植物と言ってもそのほとんどが、いずれも現在では毎日食卓に上がるような生活に深く根付いた食べ物です。
そんな、私たちの毎日の生活に欠かせない植物たちと人類が創ってきたドラマを教えてくれるのが、この本です。

では、そのドラマの一端をご紹介します。
第1章は「コムギ」から始まります。人類の歴史で最も偉大な発見はなんでしょう?それはひとつぶコムギの発見です。突然変異を起こしたひとつぶコムギとの出会いにより、私たちはそれまでの狩猟生活を捨て、農耕を選択しました。農耕は重労働ですが、そのかわり得られる物は大きく、食べる量以上に食料が確保でき、そこには余剰が生まれました。それはつまり貧富の格差の始まりでした。コムギによって人類は豊かになり、皮肉にもそのせいで、持つ者と持たざる者に分かれて果てしなく争うようになります。

第3章で紹介されるのはコショウです。コショウはかつてのヨーロッパでは金と同じ価値を持っていたそうです。なぜなら、食べさせる牧草の育たない冬に、家畜の肉を保存食とするヨーロッパ人にとって、肉を美味しく保存することができるコショウは欠かせないものだったからです。しかしながら、コショウに代表される香辛料はヨーロッパでは栽培出来ず、主にインドを始めとするアジアで取れました。
ただ当時はアジアとヨーロッパの間には大きな壁がありました。それは異教徒であるイスラムです。そのためヨーロッパの人々がコショウを手に入れるためにはイスラム教徒の国であるオスマントルコ帝国の支配する中東を避け、アフリカを回ってインドに到達するか、または西に向かっ未知のルートにチャレンジするしかなかったのです。そしてポルトガルはアフリカを回ってインドへ。スペインは大西洋を渡ってインドを目指しました。これが大航海時代の始まりです。

この大航海時代は、この本で紹介されている他の植物が広く知られるきっかけにもなりました。第4章で紹介されている「トウガラシ」、第5章の「ジャガイモ」、第6章の「トマト」などは、いずれも大航海時代で発見されたアメリカ新大陸が原産です。

第6章の「トマト」にも面白いエピソードが書かれていました。さて、トマトは果物でしょうか、それとも野菜でしょうか。どちらでもいいじゃないかって?そういう訳にはいきません、なにせ税金が絡んできますから。19世紀のアメリカではこの答えを巡って裁判があったそうです。野菜には関税が掛けられ、果物は無税だったので、税金を取る役人は野菜だと言い、輸入業者は果物だと主張しました。さてその判決はどうなったでしょう。ちなみに現在でもトマトは野菜に分類するか果物に分類するかは国によって異なります。日本でのトマトは、イチゴ、メロンとともに野菜に分類されるそうです。その判断基準もこの本には書かれています。

以上のように、この本で紹介されている植物が人類の発展に大きく貢献してきた事が分かります。では植物は人類のためにあったのでしょうか?いや、むしろ自らの足を持たない植物は、その種子を広げるために人間を利用したのではないでしょうか。もしかしたら我々人間は、支配者たる植物の世話をさせられている、哀れな奴隷なのかもしれません。そんな壮大なロマンも感じる一冊です。ぜひご一読ください。

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