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『父 吉田茂』 麻生太郎の母による痛快すぎる日本近現代史の証言

痛快に面白かった。著者は麻生太郎の母、吉田茂の娘で、大久保利通の曽孫にあたる。

明治維新の立役者・大久保利通(薩摩藩出身)の息子が二・二六事件で襲撃された牧野伸顕、その娘が吉田茂を婿に迎え、生まれた著者・麻生和子の子どもが麻生太郎と寬仁親王妃信子なのだから、薩長の権力は今もなお日本の近代を支配しているのだなとつくづく思う。

華族のお嬢さんのおっとりしたエッセーかと思いきや、あらゆる意味で突き抜けすぎている。さすが麻生太郎の母。

終戦後、首相となる吉田茂は、戦前・戦時中は外交官として各国に赴任していた。娘時代の著者が回想する戦前の英国生活はただ美しい。

年頃になり、北九州の炭鉱王・麻生家に嫁ぐことが決まったのはいいが、結婚式では下戸の夫をよそに酒一升を飲み干し、使用人たちがざわつく。

愛馬を伴って九州に行き「イギリスからまっすぐ帰ってきてすぐに結婚したのですから、女の人が馬になど乗るものではないということも知らなければ、日本ではお嫁入りに馬を連れていく人なんてまずいないということも考えもしませんでした」というのも、豪快すぎる。

二・二六事件で著者は、襲撃された旅館に祖父である牧野伯爵とともに逗留していた。映画「226」では、逗留先で牧野伯爵が女性ものの羽織をかぶって逃げおおせた描写があるけれど、これは孫娘で同宿していた著者のものだそう。兵士たちの銃弾が髪をかすめる描写、その後、民家で退屈しのぎに角砂糖に数字を書き入れて朝までサイコロ遊びをしていたというのもすごい。

戦後は、早世した母に代わり、吉田茂の補佐役としてサンフランシスコ講和会議にも同行する様子などが綴られる。近現代史の証言としても一級品。

『父 吉田茂』
麻生和子
新潮文庫

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