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オンライン料理教室に参加して、資本主義について考えた話

フランス・ニースで活躍される松嶋啓介シェフのオンライン教室に参加した。東京・香川・鎌倉からZoomでつないで、食材はあらかじめ各自で準備して、ニースにいる松嶋シェフのディレクションのもと、みんなでワイワイお料理する。

この日教えていただいたのは、鶏レバーのガトー仕立て塩なしトマトソース。(レシピ動画はリンク先からご覧いただけます)

松嶋シェフは最近『最強「塩なし」料理理論』という書籍を出版された。タイトルだけ見ると、生活習慣病の人向けの減塩・無塩レシピのよう。でも、ちょっと違った。

この日、鶏レバーは丁寧に血抜きして、卵、刻んだハーブと一緒にミキサーにかけた。別に生クリーム、牛乳、ニンニクをミキサーにかけて合わせ、180度に熱したオーブンで1時間湯煎焼きする。それだけ。

トマトソースは、みじん切りしたニンニクを炒めて、玉ねぎを入れて、裏ごししたトマト缶(フレッシュトマトでもいい)を入れ、ゆっくり火を通す。これも塩は使わず、それだけ。Zoomの画面越しに、鍋の中の様子を見てもらって「もうちょっと火を入れて」なんていうアドバイスを9900km離れた場所からもらったり。

松嶋シェフは「ゆっくり火を入れる」「熱を伝える感じ」とよくいう。そうすることで、食材の持っている旨味や甘味、苦味を引き出すことができるのだと。

火を入れる前のトマトソースと、火を入れた後のものを味見して、みんなで比べてみる。味がぜんぜん違う。ゆっくり、ゆっくり火を入れただけのトマトは、甘く、じわじわと旨い。わー、わー、と体が喜んでいる感じ。

「単に塩を入れなければ、物足りない味になっちゃいますけど、ニンニクを炒めて苦味を少し出して、トマトの甘みや旨みをゆっくり引き出してやって、そうしたら、塩なんかいらないんです」

「中火で(トマトソースを)ぼこぼこ煮詰めたら、時間をかけずにできますけど、旨みが足りない。それを補うために、塩を入れたり、砂糖を入れるんです」

そういえば、これまで自分でトマトソースをつくる時には、トマト缶をバーミックスでガーッと潰し、中火でさっと火を入れて、でも味見すると何か物足りないなあと感じて、塩分で調節したり、いや隠し味で醤油はどうだ? と入れてみたり。味を足していくうちに、だんだんトマトの味じゃなく、調味料の味になっていく。

というか、料理というのは、そういうものだと思っていた。なにかの素材をとりあえず加熱する。炒めるとか煮込むとか茹でるとか。味は、砂糖・塩・醤油・ソース・スパイスなどを組み合わせてつけるもの。

そうではない、ということが、松嶋シェフの話を聞きながら料理しているとわかる。

料理というのは、食材の持つ味を最大限に引き出すプロセスなのだと。そして、味を最大限に引き出すために一番大事なのは「時間」。

別の機会に伺ったお話で、コンビニエンスストアで売られているお惣菜の多くは、塩や油を過剰に加えている。それは、味のためというよりも、腐りにくくしたり、流通で運びやすくするためであることが多いという。

外出自粛が続く中、家で過ごす時間がいやおうなく増えている。これまで省略してきた時間。トマトソースを煮込む時間を省略して、塩や砂糖で本来の味を塗りつぶす。機能性食品で栄養を代替する。

何が大切かは、人それぞれだから、合理性を追求することも、決して間違っていないと思う。けれども、これまで合理性を追求して、料理にかける時間を最小化して、自分たちは何を手に入れてきたのかな、とも思う。

家でゆっくり料理すること。安い食材でも、時間をかけて旨みを引き出して、日々それを糧にするということ。

そういえば先日、ミヒャエル・エンデの『モモ』を読み直したのだった。その世界には、人々から時間を盗む時間どろぼうがいる。どうやって盗むのか。時間を節約して、貯蓄することを勧めて回る。「ひとりのお客に半時間もかけないで、15分ですます。むだなおしゃべりはやめる。年よりのお母さんとすごす時間は半分にする」。そうすれば、貯金した時間に利息がついて戻ってきますよといって。

無駄な時間を排除する。合理性を追求する。ゴールにたどり着くまでの時間は短いほどよく、そこに至るプロセスはまっすぐ無駄のないことが良いことだとされてきたように思う。それは、人類の歴史を通じてというよりも、産業革命以降に生まれた価値観なのだろう。投下する時間や原価はなるべく少なく、そこから得られる利潤を最大化しようとするのが、資本主義の考え方だから。(それが人類に富をもたらしてきたことも事実だ)

けれども、その価値観が少しずつ変わりつつあることを多くの人が感じているように思う。一見無駄と思えるような時間をかけること、そこから生まれた豊かさを味わうこと、それが家の中にこそあることに、料理教室でトマトソースの鍋をゆっくりかき混ぜながら、気づかされる。


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