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触れる

はじめて神経内科へ行った。
お医者さんは「偏頭痛だろうね」と診断結果を述べる。
次に座ってる私の足を挟むような姿勢で、私の頭や顔に触れながら神経の位置を教えてくれた。

お医者さんはいかにも大阪のおじさんという感じの人で、普段なら真っ先に警戒するタイプやった。だけど私は普通に診察を受け入れていて、そんな自分が意外に思えた。自分はもっと、触れられることにナイーブなタイプやと思ってたけど。案外、そんなことないのかもしれない。

触れられること自体にナイーブというよりは、どんな思いで、何のために触れているかの背景が、気になるのかもしれない。

私は人に触れた時の「感覚」が残りやすい。さすがに子どもの頃のことは忘れてしまったけど、思春期を過ぎた以降のことはよく覚えてる。

手を繋いだあと、エネルギーを吸われるような感じがした時の感覚とか。
もたれかかってきた友人から、温もりと優しさを感じた時の気持ちとか。
袖をつかまれて、きゅんとしたこととか。(ありがち)

人に触れると、頭で考えてもわからないようなことまでわかるから。その人の持つ感情とか、外見からは見えなかったその人らしさが。自分の気持ちも好き嫌いとかのレベルじゃなく、快/不快でわかってしまう。

だけどそこに根拠はなくて、自分でも信じていいのか困惑してる。情報量が多くて、圧倒されてるんかもしれない。

確かに、相手の感情はわかった気がしても所詮当てずっぽう。だけど少なくとも、自分が感じたことは自分のものだから信じていいんちゃう。

たまご

お医者さんなら誰でも触れられて平気ってわけじゃない。「この人の触れ方(診察の仕方)は痛い」とか、「なんか緊張してしまうな」と感じる医者だっている。

とりあえず今行ってるところは、次も行けそう。直感やけど、一旦任せてみよう。とりあえず。

生きる糧にします