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編集という言葉が参入障壁

Facebook に流れてきた友人の投稿が目に留まりました。僕が今、編集という言葉に敏感だからだと考えています。

タイトルからして気になりませんか?
理由は大きく2つあります。

理由❶:編集力の鍛え方は誰も教えてくれない

一つ目は、タイトル通りです。

おもしろいことに、出版社に勤めた僕ですら「編集力の鍛え方」なんて教わっていないからです。本やコンテンツ作りに欠かせない「編集力」を教えてくれないっておかしくないですか?(今となって込み上げてくる怒り🔥)

でも、「編集力」というものは言語化しにくく、体系化しにくいため、伝承しづらいという側面は大いにあると考えています。そもそも、出版社勤務の時代には「編集力とは?」なんて疑問に思うことがなかった自分が恥ずかしいです……。

(でも、自己流の編集者は多いと思う。)

理由❷:編集という言葉の狭さ

二つ目に挙げられるのは、編集と聞くと「本」や「雑誌」作りにしか関係ないと思われるのではないでしょうか?

僕自身、編集とは「素材を集めて自分で編むこと」と定義をするようになってから、本業のTOEIC対策や英語学習にも応用できます。

例えば、漫画「3月のライオン」から学ぶ英語学習のマインド的なnoteを書いたことがあります。一見、関係のなさそうなところを紐づけるのは、素材を集めて、的確に編むことだと言えます。

一億総編集者時代、突入

もう、みんな、立派な編集者ですよ。

だって、身の回りにある素材(=コンテンツや出来事)を自分なりに並べ直して、発信する人は山ほどいるじゃないですか。

誰かに何かを伝える時って、身の回りの事柄を取捨選択して、自分なりに伝えているんです。LINEですらね。

発信する人は皆、「編集力」を鍛えていくべき、だと思っています。これが自然にできる人と、意識的にやらないとできない人がいらっしゃるので、そこら辺は難しいところではありますが……。

編集と聞くと「自分とは関係ないか」と思われる方が大半でしょう。そこを取っ払うと、

ってことで、今日まで1ミリも知らなかったまむしさんと

「編集の定義を広げる」
「編集を大衆化する」


対談ができたらおもしろそうだなと「気づいたら片想い」になっておりました。


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