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年金等を原資とする預金債権の滞納処分による差押え

東京高判令和4.10.26金判1665号12頁

1.裁判の概要

(1) Xは、令和2年6月12日当時、Y(市)の市県民税の本税・延滞金の合計8万3000円を滞納(以下、「本件滞納税」)していた。Yは、Xの財産調査をしたところ、Xが日本年金機構の年金を受給しており、A銀行のX名義普通預金口座に振込入金していることが判明した。
(2) Yは、本件滞納税の時効を中断するため督促状を発送したところ、宛所に尋ね当たらずの理由で返戻されたため、令和2年6月12日、本件滞納税の一部について時効消滅を阻止するため、A銀行のX名義普通預金に債権差押通知書を発送した。このとき、Yの担当者は、Xの年金を原資とする預金残高が差し押さえられる可能性を認識していた。
(3) 本件債権差押通知書は、令和2年6月15日にA銀行に到達し、X名義普通預金について差押処分の効果が発生した。X名義の普通預金口座には令和2年6月15日に日本年金機構からの年金と年金生活者支援給付金が振り込まれていた。しかし、本件差押処分の効果が発生する前に、同日、同口座から5000円が定期預金に振り替えられ、また、7万円がATMから出金されていた。そのため、本件差押処分の効力はこれらが控除された後の普通預金残高6万6986円について生じた。そこで、Yは、令和2年7月7日、差し押さえた預金債権の取立てをし、A銀行から、6万6326円 (前記6万6986円から振込手数料660円を控除したもの)の納付を受けた。
(4) XはYに対して、本件差押処分が違法であると主張して、主位的に本件差押処分の取消しを求めると共に、予備的に不当利得の返還として本件差押処分により取り立てられた6万6986円および遅延損害金の支払いを求めて訴えを提起した。
(5) 第一審の千葉地判令和3.7.27金判1665号19頁は、Xの主位的請求について、「徴収職員が差し押さえた債権の取立てを完了すると、債権差押処分はその目的を達成してその効力が消滅し、債権差押処分の取消しを求める訴えの利益も消滅する」として却下し、予備的請求も棄却した。そこで、Xは、原判決中予備的請求を棄却した部分を不服として控訴したところ、本判決は、次の理由により、Xの予備的請求には理由がないとして控訴を棄却した。

2.判決理由

(1) 年金が銀行の預金口座に振り込まれた場合には、年金に係る債権が消滅して受給権者の銀行に対する預金債権という別個の債権になること、年金が受給権者の預金口座に振り込まれると一般財産と混合し、識別特定ができなくなること、 法(国税徴収法。以下同じ)は、77条及び76条1項で年金について、同じく同条2項で年金に基づき支払を受けた金銭についてそれぞれその一部の差押えを禁止する一方、年金の振込みにより成立した預金債権については差押えを禁止しておらず、他に同預金債権の差押えを禁止する規定はなく、また、滞納者は、滞納処分による債権の取立てによりその生活の維持が困難になるおそれ等がある場合には、滞納処分の停止(法153条1項2号、国税徴収法基本通達153条関係3項)を受けることも可能であることなどを考慮すると、原則として、年金が金融機関の口座に振り込まれることによって発生する預金債権は差押禁止債権としての属性を承継するものではないというべきである。
(2) しかし、年金が受給権者の預金口座に振り込まれて預金債権になった場合であっても、法77条、76条1項及び2項が年金生活者の最低生活を維持するために必要な費用等に相当する一定の金額について差押えを禁止した趣旨に鑑みると、具体的事情の下で、当該預金債権に対する差押処分が、実質的に差押えを禁止された年金に係る債権を差し押さえたものと同視することができる場合には、上記差押禁止の趣旨に反するものとして法律上の原因を欠くと解するのが相当である。
(3) このような経緯からすると、Yが同日に発送したのは、本件口座に振り込まれた年金や年金生活者支援給付金を原資とする預金債権を差し押さえるためではなく、本件滞納税の時効消滅を阻止するためであったと考えられる。
 しかも、Yは、Xからの連絡を待つために、本件差押処分がされてから3週間後に取立てをし、実際にも、Xから生活保護を受給しているとの連絡を受けたことから、本件差押処分と同時にされたXの定期預金に対する差押処分を速やかに解険したのである。
 このような事情の下においては、本件差押えが、76条1項及び2項、77条の趣旨に反して、実質的に押えを禁止された年金に係る債権を差し押さえたもと同視することはできない。

3.本判決のチェックポイント

(1) 差押禁止債権とは

 給与、各種社会保障給付などの請求権は、社会政策的配慮に基づき、差押禁止とされており、民事執行法、国税徴収法などの法律で具体的な範囲等が定められている。
 租税の滞納処分による差押えについては、「給料、賃金、俸給、歳費、退職年金及びこれらの性質を有する給与に係る債権」を対象に、①所得税法の規定によりその給料等につき源泉徴収される所得税相当金額、②地方税法等の規定によりその給料等につき特別徴収される地方税相当金額、③給料等から控除される社会保険料相当金額、④生活保護法12条に規定する生活扶助の給付を行うこととした場合におけるその扶助の基準となる金額、⑤その給料等の金額から①~④の合計額を控除した金額の100分の20に相当する金額の合計額に達するまでの部分の金額の差押えが禁止されている(国税徴収法76条1項、同施行令34条)。賞与や退職手当なども同様である(同条3・4項)。また、社会保険制度に基づいて支給される年金や退職一時金についても、一定範囲の金額の差押えが禁止されている(同法77条)。

(2) 預金債権に転化した場合の取扱い

 以上の差押禁止債権が、金融機関の受給者口座への振込によって支払われ、受給者の当該金融機関に対する預金債権に転化したとき、もともとの債権の有する差押禁止の効力は承継されなないとする非承継説が判例・多数説である。
 本判決も、判決理由(1)で、この立場をとることを明言する。
 しかし、支払にあたって振込という方法が利用されたに過ぎないのに、それぞれの給付の趣旨と異なる結果となることを認めるのが適切か、疑問なしとしない。
 本判決は、この点について、判決理由(2)で、「具体的事情の下で、当該預金債権に対する差押処分が、実質的に差押えを禁止された年金に係る債権を差し押さえたものと同視することができる場合」には、差押えを禁止した趣旨に鑑みて差押えの効力が認めず、すでに取立てが完了しているときは、不当利得返還請求ができるとして、執行債務者の保護を図ろうとする。

(3) 預金債権に対する差押処分の具体的判断

 本判決は、判決理由(3)において、Yの債権差押通知書の発送は、Xの口座に振り込まれた年金や年金生活者支援給付金を原資とする預金債権を差し押さえるためではなく、本件滞納税の時効消滅を阻止するためであったとし、具体的事情の下で、当該預金債権に対する差押処分が、実質的に差押えを禁止された年金に係る債権を差し押さえたものと同視することができる場合には当たらないとする。
 これに対して、差押禁止債権を差し押さえたものと同視できる場合に当たるとした近時の事例に、給与として振り込まれ、キャッシュカードによる引出しなどがあった後の残額は10万0308円が本件差押処分当時における預金債権額であるが、このうち10万0307円が支給された給与を原資とするものであった場合(大阪高判令和1.9.26判タ1470号31頁)、差押禁止財産である年金等が入金された直後に、これによって発生したものをほぼすべてとする預金債権を差し押さえた場合(神戸地尼崎支判令和3.8.2判時2517号73頁)などがあり、注目される。
 本判決は、近時の肯定事例に対して、差押処分にあたっての意図・目的などの主観的事情を重視する判断をしたもので、同種問題に対する先例として参考になると思われる。