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本物のテクニック

歌手として本物のテクニックが備わっているか、私なりに見分ける(聴き分ける)コツがあります。それはppの声をどれだけ美しく出せているかです。「良い声ですね」「立派な声ですね」という方もppを出してもらうと、とたんに硬くなり(そういう方はmfもfも硬いことが多いのですが)声が引っ込んだだけになってしまう場合は、あるいは風に吹かれて飛んでってしまうようなか細い声になるなら、mfやfならよく声が出るとしても、その「立派な印象だった」声はうまく機能していないと言えると思います。

私の師匠A先生は、初期のレッスンの頃、もっと小さく、もっと小さく、そんなに声を出さなくていい!と連発されました。初めは、そんな小さい声で使えるのだろうかと半信半疑でした。2年くらい通って、ようやく分かってきました。先生は、喉だけで歌う成分、そば鳴りの声を極力排除したかったのです。ただ小さい声でとおっしゃるのではなく、横隔膜から多裂筋、骨盤底筋を最大限使う指導をしながら、無駄に口を動かしたり顎を動かしたりせずなるべく小さい声を出させることによって、完全に体を使った声のみを出させる方法だったのです。極力小さな声で、体を最大限に使って歌うことは最高のppを出す極意です。これさえつかめば、いかに喉で歌わないかをマスターできたことになると思うので、その要領でfを出せば良いのです。

別の師匠B先生も「響くppが出せない歌手は本物ではない」とおっしゃっています。B先生の声は大きなホールでも、ppはあたかも耳元で囁かれたような印象、mfやfはその印象がそのまま空間全体に移ってホール全体がB先生の温かな声に包まれます。共演者の女性歌手が、B先生が舞台で歌っているときにたまたまホールの1番遠くで聞いて、驚いてB先生にレッスンを申し込んできたそうです。B先生は「共演者はお互いのそばで歌っているから、私の声は相当小さいと思っていたのではないかしら。ホールのすみで聞いて、私の声が一番届いてきたと驚いていたわ」とおっしゃっていました。

もちろん、そのテクニックを伴わなくても活躍されている方は大勢いますし、思いの伝わる歌を歌える方もいらっしゃいますから無ければアウトとは言いません。

ただ、私はこの本物のテクニックを身につけた表現者でありたい。私が一流と思える歌手の共通点はそこであり、圧倒的に表現力の幅が広がり、出来ることが無限に増えていくと思うからです。

私の生徒さんでこんな話をしてくれた方がいます。その方の許可を得てLINEでいただいた文章を転記します。

「どこでだったのか忘れましたが、驚異のppを聴いた覚えがあります。ppなのにはっきりと聴こえてきて驚愕しました。それは確かにppなのです。でも弱々しくはなく、微風に乗って意思を持った歌が流れてきたと感じました。それはとても刺激的で不思議な体験でした。凄いな!生きてるな!ffじゃなくてppに圧倒されました。ギリシャの円形劇場で小さい声なのに明瞭に言葉が聞こえたのもとても不思議でした。」

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