【短歌感想文】萩原慎一郎『滑走路』恋のスパイスは辛口カレー?

萩原慎一郎『滑走路』(KADOKAWA、2017)

本書との出会いは、書店であった。

表題の『滑走路』の名から、表紙の夜明け前あるいは暮れていく青い空のもとに広がる、飛行場のコンクリートの滑走路がどこか清々しい印象を与える。青空の青よりも、淡いトーンの本帯に、俵万智氏からのコメントが寄せてあり、彼女の短歌集のファンである私は、彼女が推薦するならと手に取った。

読む前に著者をネットで調べると、彼が非正規雇用の労働者であったこと、さらに本書が彼の第一歌集であり、遺稿集であることを知り衝撃を受けた。萩原氏の短歌では、メディアで数多く取り上げられたのは非正規雇用の労働者の生活ぶりではある。だが、そうした社会的な側面よりも私個人としては彼の抽象的な概念・感情を情景的なイメージとして表現する能力に長けていると感じたので、まず、本書の短歌から心に残った一首をここで紹介したく思う。

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辛口のカレーに舌は燃えながら恋するこころこういうものか

  恋の苦悩や、味覚としての苦みを、チョコレートなどで表現するものは多々見られるが、カレーのスパイスに喩えるのは本作が初めてだった。スパイスのきいたカレーを食べるさまを思い浮かべると、口に入れた瞬間に顔がゆがむほどの辛さが想像される。この様からは、センチメンタルな感情よりも、恋のある種の醍醐味としてコミカルな漫画の一コマのような少しの楽しさを含んだ苦みが感じられる。また、「辛さ(からさ)」というスパイスを表す単語は、「辛さ(つらさ)」とも読めることが、敢えて「辛口の」とカレーを修飾することの意味でもあるだろう。

さらに、恋は燃え盛る炎のように熱いもので、他の何よりも熱中してしまうものとして恋の炎の渦中にある心を、舌の上に広がるカレーの辛さに喩えているのが面白い。

また、薄ピンク色の丸みを帯びたもの、中央に割れ目のある形は、ハートマークと似たイメージで重なる。この点が、感情をイメージ化させることに長けると評価した著者のテクニックが見られる点であると思う。

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読了後に、もっと彼の作品が読みたいというのが率直な感想であった。そして、本書が彼の第一歌集であると同時に、遺稿集であることが重く心に押しかかってきた。

普段はあとがきなどは軽く読み飛ばすのだが、本書は生前の著者のあとがきの後には、彼の死後に遺稿集を出版させた彼の母親の言葉があった。思わず、そのふたつの文章の間に横たわる著者の死を思わずにいられなかった。

いくら彼の新しい歌集を望んでもそれは叶わないので、とにかく本書を手にした出会いを誇り、少しずつ詩への解釈をnoteに書いていこうと思う。




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