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【瑞木瑠衣SS-8】 未来の選択

「勿論、学歴も大事かもしれない。」
「けれども、私はそれが全てだとは思わない。
君の絵を一目見て思ったんだ。君は類稀な才を持っている人だと。」

「そういった人は得てして社会に馴染み辛さを感じるものだ。」
「現に、今の状況を聞いてより一層そう思った。
無理に学校に通う必要はないんだ。」

「良ければ、東京に来ないか?」
「君の才能を社会への適応の為に燻らせてしまうのは勿体ない。
一日でも早く、その才を磨いてみないか?」

​───────

お花見大会で我龍院先生に声を掛けられた後、悩みながらもオレは名刺に書かれた番号に電話を掛けた。
東京行きのバスに揺られながら、その時の事を反芻する。

「(東京、か)」

窓から見る景色は纏まらない感情を置いていくように過ぎていく。

すぐには答えを出せなくて、その時オレは「考えさせてください」としか言えなかった。
我龍院先生は急くこともない、と大きな決断になるだろうからゆっくり考えてくれと言ってくれた。
けれども、分からないからと、先延ばしにしてしまうのはきっと良くない事だろう。
多分、それは不誠実になってしまう。

けれども、そういう感情とは別にすぐに決められることでないというのもまた事実だ。

悪くない誘い、むしろ願ってもない誘いだろう。
絵を仕事にしたいと考える人で、世間から認められる人はそう多くない。
かの有名なゴッホだって、生きてるうちに認められることは無かったという。
なら何故すぐ答えを出せないのか。

それは、怖いから。

変化が怖い、やはり見当違いだったと見放されるのが怖い、普通でないことをするのが怖い。
オレは臆病だから、その一歩が踏み出せない。

ふと隣の織田を見る。
「着いたら起こして」とバスに乗って早々に寝た織田は宣言通り今も通路側の手すりにもたれかかって寝ている。
いや、寝てねぇな。なんかちらちらと別の席気にしてる。

修学旅行だから、織田も仲良い奴と近くの席になりたかったとかそういうのがあるんだろう。
そう考えたらオレが隣でなんか申し訳ねぇな。

オレはまた窓の景色に目をやる。
考えることは多いけど、織田や3年の皆にとっては高校生活最後の修学旅行。
変に考えすぎて水差しちまわねぇようにしねぇとな。

流れてく景色から視線を離し、オレはヘッドホンを付けて瞼を閉じ、外界から自分を切り離した。

​───────

黄昏学園の高等部の修学旅行の行先はオレの知る限り基本的に固定だ。
毎年行っている都合上、その度に旅行スケジュールを組み直す手間をかける必要もないという考えなのだろう。
手抜きと言うべきか合理的というべきか。

まぁ、オレは元々あまり修学旅行に興味が無かった人間なのでどちらでもいい、というのが本音である。
1年の時は周りに合わせて東京へ行ってみたりしたが、2年目以降はなんやかんや理由をつけてサボっていた。
毎年決して安くない旅費を母さんに払わせてしまうのは心苦しいし、オレには不必要だと思ってたから。

「(なのに、なんでオレはまた来たんだろうな)」

スカイツリーの展望台、ガラス張りの床にきゃあきゃあ言ってる黄昏の学生達を横目に見ながらふと思う。
まるで宙に浮いているような感覚。

「瑠衣くん?」

背後から掛けられる声に振り返る。

「ふふ、君は高い所が好きっていつか言ってたね
でも少し物憂れげだね?」
「白石」

いつもと違う場所でいつもと同じように笑う白石にオレは少し表情を緩めて言葉を返す。
オレが悩んでようとそうでなかろうと、白石の変わらぬ姿は少し安心感のようなものを覚える気がする。

「なんでもないよ」
「本当に?」

間髪入れず、白石はぐいとオレの顔を下から覗き込む。
まるで全てを見透かしたような紫を瞳がオレを突き刺す。
その視線にオレは少し言葉に言い淀んで目を逸らしそうになる。

“もっと話して、頼ってくれていいんだよ”

ふと、前に白石がくれた言葉を思い出した。

きっと白石は心配……なのかもしれない。ただの自惚れかもしれないけれど。
白石の言うことは本当か嘘か分からないことも多いけど、オレはあの言葉は、嘘じゃないんじゃないかと思ってる。

オレが自分の問題に巻き込むまいと何も言わないことも、きっと逆効果なのだろう。

「……話すよ、ちゃんと」
「ちゃんと決めて、ちゃんと話す」

「うん、分かったよ いつでも待ってるからね」

ふわりと柔らかく笑い、白石は演劇部の後輩を見つけると手を振りそちらへと駆けていく。

オレはそれを見送った後、東京の街並みをまた見下ろした。

​───────

悩んで立ち止まってる内心とは裏腹に、修学旅行のスケジュールは滞りなく遂行されていく。
なんかデカくなってる榎本も、いつの間にか視界にちらちら入り込んでる卜部も流石に慣れてくる。
浅草寺で参拝したり、和菓子作り体験で黙々と練り切りを作ったり。
そうこうしているうちに1日目の日程は終わり、バスで今日泊まるホテルまで向かう。

ホテルに着いて飯を食べたら時間差で風呂に入り消灯時間になれば寝て、後は翌日を待つだけだ。
でもこれは修学旅行。そんな簡単なものでもない。
周囲はお楽しみとばかりに他の部屋からも人を集めて枕投げに勤しんでいる。4人部屋なのに?狭いだろ。
けれどもこういう場では混ざるのが普通か、と思って面白みもあまり分からないなりに混ざってみる。
案の定それなりにうるさかったのか先生が秒で来て消灯時間だからさっさと寝ろ、と注意しに来た。
しばらくは先生の忠告も聞かず起きてた周囲の奴らも流石にある程度時間が経てば今日の疲労も溜まっていたのかひとり、またひとりと寝落ちていく。
最後に起きていたのはオレひとりだった。

「(やっぱり、寝れねぇな)」

住み慣れた家でもあまり寝れていないのだから、こういう場で寝れないのも当然と言えば当然のこと。
しばらくベッドで虚空を見つめ、寝れないと分かってオレはなるべく音を立てねぇように部屋を出る。

こそこそしてる織田達を横目で見ながらオレは特に目的もなくふらりと廊下を歩く。
角を曲がった時、夜の東京によく映える長いターコイズグリーンの髪が視界に入る。

彼女はゆっくりとこちらを振り返ると、こちらへ微笑みを向ける。

「やぁ、こんばんは。眠れないのかい?」
「白石こそ、こんな夜更けにどうしたんだ?」
「ふふ、どうも眠れなくてね」

白石はそう言い窓の外を見上げる。
少しの沈黙が流れる。

「あの、さ」
「何だい?」

「白石はさ、例えば自分にとって良い選択肢だって分かってるけどそれが自分を大きく変えちまうようなデカい選択肢だった時、その道を選べるか?」
「不安になっちまったりとか、しねぇか?」

ぽろぽろと口をついて言葉が溢れ出す。
白石はふむ、と言い顎に手を当て思案する様子を見せる。

「あ、いや急に訳わかんねぇよな」

気にしなくていい、と言うと白石は小さく首を振って「大事なことなんだろう?」と言う。
そう言われオレはそのまま口をつぐみ、白石の次の言葉を待つ。

「そうだね、大きな選択というのは得てしてリスクを伴うものだ」
「きっと、僕も不安になるだろうね」

「白石も不安になるのか?」

「ふふ、僕にだって不安もあるさ。演者たるものとしてそう見せるものじゃないけどね?」

「それで、不安になるのは当たり前だ」
「けれども、僕ならそんなチャンスが舞い込んで来たなら逃したくない、と思うかな」

「例えば、劇場でしている演劇だって同じ演目でも全く同じ回は存在しないんだ」
「演じ方に役者のコンディション、アドリブを入れる時だってあるしトラブルもある時だってある
ふふ、この違いはきっと瑠衣くんの方がよく分かるかもしれないね?」

くるりと周り、長い髪を靡かせ白石は軽やかに言葉を紡ぐ。

「演劇は一期一会だ、今起こったことと同じことが未来に起こる保証は何処にもない」

「だから僕は、手にしたチャンスは一度きりのものだと思うから手放したくないな」

「どうかな、答えになっているといいのだけれど」

白石は軽く首を傾げ、オレを見る。

「同じことが未来に起こる保証は何処にもない、か……」

オレは白石の言葉のひとつひとつを自分の中で咀嚼する。

不安はまだある。
やっぱり進むのは怖い。
だって、これは普通ではない道であると思うから。

けれども、白石は何も知らないなりにオレの背中を押してくれている。
何より、やっぱりオレは絵が好きだ。

すぅ、と軽く息を吸って吐く。

「オレさ、決めたよ」

白石は真っ直ぐオレのことを見てくれている。

「オレ、学校やめて東京に行こうと思うんだ」

オレは白石の目を真っ直ぐ見て告げる。
揺らぐことのないように、逃げてしまわぬように。

白石は驚いたように目を丸くする。
しかしそれも一瞬で、すぐになんてことの無いような表情に戻る。

「もしかして、東京に大きなチャンスがあるのかい?」

「あぁ、前にお花見大会で声掛けてくれた人が来ないかって」
「それって、卒業してからじゃ駄目なのかい?」
「出来るだけ早い方がいいって、そういう風に言ってたんだ」

「そっ……か……」

白石は軽く目を伏せ、すぐにこちらを見て微笑みを向ける。

「いなくなってしまうのは寂しいけれども……
僕は君を応援してるよ」

「……ありがとうな、白石が居てくれて良かった」

お互いに軽く笑いかける。
真夜中の夜空を2人で見上げる。

静かな時が流れていく。
2人はしばらくその場で同じ時を過ごした。

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