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人間拡張テクノロジー、トランス・ヒューマニズム

テクノロジーがSFを現実に叶えるエクストリームな領域、人間の物理的身体の能力を拡張するトランス・ヒューマニズムについて。
生物学的なベクトルを越えることは、人間を幸福にするのか、不老不死や万能感に支配された人間の自意識を肥大するものなのか期待と不安が入り混じる。

トランス・ヒューマニズムと親和性の高い最先端研究を行うMITは、現代のサド公爵のようなバケモノであり、歪んだトランス・ヒューマニズム思想を持ったジェフリー・エプスタインからの支援を受けていたことが世間を騒がせた。彼は自分の優秀だと思っているDNAを多く残すために、出産農場を作ることや、死後の冷凍保存で蘇る不老不死を望んでいた。(彼の醜聞の詳細は各自でどうぞ…)

知覚の拡張をするためLSDを何度となく試したティモシー・リアリーは、ガンで亡くなる前の遺作「Timothy Leary's Dead」というモキュメンタリー的映画で「LSDで知覚拡張を繰り返した自分の脳は将来研究価値がある」と言い、頭部を冷凍するための手術のフェイクシーンを見せて、私にトラウマをあたえた。大迷惑。
ちなみにニューエイジ時代、脳の冷凍保存カルトが流行り、著名人も死後に冷凍保存団体に預けていたが、職員がボール遊びの的にしたり、杜撰な管理が告発され問題になったが、未だにその団体は継続している。

人間拡張の手段

現在、なじみのあるVRも身体拡張のひとつ。

このバーチャル・リアリティという概念は、テクノロジーが盛んになった近年ではなく、1930年代に活躍したフランスの詩人であり演劇人でもあったアントナン・アルトーによって作られたもので、昔から待ち望まれていた人間の進化の在り方と言っても過言ではない。今やVRから多様化し、XRと言われる領域に発展している。
このnoteをもしスマホで見ているなら、ほんの数十年前、誰もが俯き、小さな四角い板を凝視して指でこする奇妙な操作を想像していただろうか?
私たちはもうすでに道具、インターフェースによって拡張されている。

ヘッドマウントをかぶり仮想現実に没入するVR(Virtual Reality)AR(Augmented Reality)はポケモンGOでおなじみの通りスマホをかざした空間にデジタルを重ねるもの、MR(Mixed Reality)は複合現実と言われ、ヘッドマウント内で現実空間とデジタルを重ねるもの。SR(Substitutional Reality)は代替現実と言われ、見えている空間を疑似現実にさしかえるもので聴覚と視覚以外の五感を拡張する研究も進んでいます。XRとはこれらを総称したものです。

拡張されるもの

物理的身体として能力を越える手段に科学技術を用いて、以下のものが拡張され、産学連携で実装が進んでいる。

・知覚
・身体感覚
・身体能力
・分身、憑依、変身、合体感覚

知覚の拡張

知覚拡張はさまざまな手段がある。イーロン・マスクのBCI(脳コントロールインターフェイス)のNeuralinkは大きな話題に。

・薬物
・視覚の拡張
・空間認識の拡張
・触覚の拡張

薬物
Virtual Realityの概念を生んだフランスの詩人・演劇人アントナン・アルトーは、髄膜炎の後遺症からアヘンを一生使っていた。

そして、「知覚の拡張」として60年代のサイケデリックムーブメント(サマーオブラブ)に大きな影響を与えたオルダス・ハクスリーは、自分から精神科医に申し出て、幻覚作用のあるメスカリン実験の被験者となり「知覚の扉」という本を残した。

「猫音楽だ──深遠なる猫音楽」

というような妄言まみれで読むのがきつい。しかし彼の知覚拡張体験記はさまざまな文化に継承され、冒頭にもあげた、LSDの伝道師であり、テクノロジーを用いたサイバーパンク黎明期の重要人物ティモシー・リアリーに影響を及ぼし、スティーブ・ジョブズも自伝にリアリーの言葉を引用。

おなじみの幻覚剤による視覚、知覚の変容を絵に書いたもの。

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当然ながら、違法薬物に手を出しても人生が終わるだけなので、他の方法で拡張したほうがいい。
とはいえ、このヒッピー文化の系譜は、現代のアメリカでの医療大麻解禁の源流にあるかもしれない。


視覚の拡張
知覚と視覚の拡張はヘッドマウント型VR、スマホによるAR、グラス型AR、没入型空間などさまざまな方法がある。

VRはエンタメから社会(福祉)でも活用されるようになってきた。
老人ホームで、ただ座って同じ光景、テレビを眺めるだけより楽しいはず。


MRデバイスのMagic Leapは米海軍の軍事訓練で使われている。


空間認識の拡張
HMDのVRによる拡張は、産業や福祉に生かされ出しているが、実際の空間を使った没入型体験(大型ディスプレイやプロジェクションを用いたもの)は、まだエンターテイメントやメディアアートで使われることが多い。

このような自然を模した飲食を楽しむイベント空間でも使われている。
没入空間事例は日々増え続けているので、単発イベントだけでなくビジネス利用も増えていくことが期待される。

触覚の拡張
触覚の拡張は、触れることに呼応するウェアラブルデバイスや、触ると気持ち良い「やわらかい機械」が多数出ている。

ロボットといえば硬質な素材でできたものを想像するが、コミュニケーションロボットはやわらかさがあると愛着を持たれる。
子どもたちが抱きしめたくなる、某キャラクターに似たやわらかなロボットもある。

超音波振動を伝えるデバイス。

絶妙なキモさのある人間の肌のようなシリコンセンサー。


身体拡張

拡張とは、内部なのか外部からもたらされるのか水槽の脳という荘子の「胡蝶の夢」のような思考実験があったが、フランスではブタの脳を死後に再生させる実験が実現している。

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冒頭で書いた通り、冷凍保存を請け負う会社やカルトは存在するが、知る限りでは、本当に人間で再生可能かは実証されていない。

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発話に障害のある人や、発話が難しい環境で無発声音声を検出するシステムで、何をしゃべったかがわかる研究が日本で行われている。https://lab.rekimoto.org/projects/sottovoce/

2012年のロンドンパラリンピックのアスリートを、スーパーヒューマンとするパワフルなPRは、これまでの障害者像を覆した。
実際に、車椅子レースの最高速度は70km近くで、オリンピック選手でも平均35km、超人ウサインボルトでも約45kmと考えると、車輪を得た人間の速さはすごい。
義足や義手などの性能が発達すれば、不便をおぎない、身体の障害はその人の個性として、能力として拡張され超越するかもしれない。

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自在に動かせる義手も開発されている。


第6の指があったほうが生活は便利になるとして、プロダクトデザイナーDani Clodeが、指を模したウェアラブル デバイスと、それを操作する靴に仕込むデバイスで実現化。体重の比重で指の動きを変えられる。

指のみならず、阿修羅像のような第2の腕も開発されている。

バイオハック
Mary Maggicは、トランスジェンダーの研究者がキッチンでホルモンを作るDIYバイオ。
身体と性別にある政治性をキッチンで痛快に破壊してみせるスペキュラティブなプロジェクト。

分身、憑依、変身、合体感覚

分身、憑依、変身と言えばアバター。
今、象徴的なのはVRcahatかもしれない。
これを楽しむにはハイスペックPCが必要で、大半が男性ユーザーらしいが、何故皆が美少女キャラに分身、憑依、変身(バ美肉)するかはまだ調査段階。

ロボットと「文楽」や「ロボットアニメ」のように合体できるものもある。

ウェアラブル デバイスと手を合体して、音楽を奏でることもできる。


トランス・ヒューマニズムとポスト・ヒューマニズム

最近聞かれるポスト・ヒューマニズムは、これまでの「人間中心主義」を「脱・人間中心主義」とすることで、トランス・ヒューマニズムの人間拡張とは異なる。

トランス・ヒューマニズムと、脱・人間中心主義のポスト・ヒューマニズムはヒューマニズムの対極にある。

ポスト・ヒューマニズムは西洋的な、スタンドアローンな自己から、東洋的な自然と一体化して人間以外の生きとし生けるもの、生かされる存在として気候変動、生態系維持を考えるもの。

対極ではあるものの、人工的で運命的な既存の統一から逸脱するという点が似ている。

トランス・ヒューマニズムは社会で機能するのか

冒頭で書いた「万能感に支配された人間」のものになるのか、さらに能力を拡張するものになるのか、社会的弱者をたすけるものになるのか。
機械に管理や介護をされることへの「社会受容」も未知数だ。
人間と機械だけの問題ではなく、センシングする場合、環境情報の取得も重要な要素になる。
結局、まだ正解もなく不確実性のなかで、未来の萌芽が見えてきたところだと思う。
もしかすると、人間をわざわざ「トランス」させず機械に自動化させたほうがいいのかもしれない。

私たちは物理的身体に囚われている。それを受け入れた上で精神で越えていく信仰というテクノロジーを用いない方法もある。
ただ、事例であげた通り、社会、福祉という人間らしい使い方も多く出てきている。

最近できた人間拡張研究センターの多くの研究は、日本の高齢化先進国として、高齢者をたすけ、介護で活かせる研究が進んでいる。
課題を突破するアイデアと、心理学と、技術(XR、5G、センシング、ライフログの獲得、データの定量化など)と、未知のインターフェースが社会に実装され、機能すれば後進国になる未来も新しい希望が持てるかもしれない。

当然、発展した技術を使うのは所詮人間なので、ダークウェブや、セキュリティ侵害もなくならず良いものと一緒で進化していくだろう。倫理観を気にしない国家、個人はゲノム編集を行い、見たこともない何かが生まれるかもしれない。

表裏一体であっても、拡張により、世界から切り離された自己ではなく、あらゆる人を包括するための課題意識を持つことも人たちもいる。

生物として生を受けた物理的身体にとって、すべては遺伝子に囚われ、それに駆動されているとしても、そもそも身体とは社会に書き込まれるもので、性別は社会が決めている場合もあるし、障害を個性と自負し誇りを持って生きている人もいる。
差異は大小さまざまあるなかで、それを受け入れ、脱ぎ捨て、拡張した身体を再度獲得できるなら、今生を人間からの解脱してハックできることを楽しみにして、受け入れてみたい。

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