黒い蝶と伊勢丹の紙袋 | ひび

日記です。

病院の待合でスマホ眺めてたら、突然「しっし、しっし」という声が聞こえた。受付の女性が何枚か重ねたティッシュを持って、小さくて黒い蝶を追い回していた。壁に止まったところをティッシュでくるんでギュッと握りしめる。命が握り殺された…!と思わず固まってしまう。ここ、産婦人科ですよ?

他の待合にいた人も女性の声と動きで、蝶の存在に気づいたみたいだったが、そこからティッシュの中で死んでしまうまでが早すぎて、どこかとまどったような顔をしていた。
その間に女性は、入り口のドアから外に出て蝶をポイしたようだった。

広い待合室で対角線上の一番向こうにいた3〜4歳ぐらいの女の子が戻ってきた女性に「ちょうちょさん、かわいかったのに!」と言った。

「そうね、ちょうちょさんはかわいいけど、お部屋の中じゃなくてお外にいないといけないのよ」
「じゃあ、そこ(入り口のドア)しめとかないと」
「そうよね、でも今はねちょうちょさんよりずっと小さな怖いばい菌がいるから開けてるのよ」
「バイキンマン?バイキンマンはかわいいよ!」
「バイキンマンならいいんだけどね。バイキンマンみたいに目に見えたらいいんだけど、それよりずっと小さくてこわいのよ」

意外に会話のラリーが続くなと思って、片耳だけ挿していたイヤホンを抜いて、背筋を伸ばして対角線のこっち側から二人を見つめる。

その後、バイキンマンはかわいいよ!と何度か主張する女の子に受付の女性が同調する。女の子のお母さんのおなかに赤ちゃんがいるらしく「良いお姉ちゃんになるわ!」と女の子に大きな声で言って、女性は受付に戻っていった。

女の子の背筋はしゃんと伸びていて、はきはきとよく通る声で、相手の目をしっかり見て話す。こんな子に「かわいいよ!」と言われたら、バイキンマンも参ってしまうだろうな。私は『アンパンマン』を通ってきていないからよくわからないけれど。

なんて思っていたら、名前を呼ばれたので診察室に入る。今日は、常用している低用量ピルの処方と一月前の血液検査の結果の受け取り、ついでに生まれてこの方一度も調べてない血液型の検査の受け取り。

「はい、あなたAB型ね。Rh+です。それと、コレステロールが少し高いから繊維が多いもの食べて、動物性脂肪は控えてください」
初老の先生は、いつも淡々と落ち着いた声で話す。こっちの相談はきちんと聞いてくれるが、入り込みすぎないところが好きだ。

薬を受け取って病院を出る。スーパーに寄って、惣菜とパンを買う。

病院の帰りにスーパーに寄るのはお決まりになりつつあるけど、いつも家を出るときは病院のことしか頭にないからエコバッグを持っていくのを忘れる。
袋のサイズの問題でたまごドーナツ5個詰めたビニールだけ手で直接持つことになった。

タイミングが合ったので、近くに住んでいる友だちの家に貸していた本を取りに行く。初めて行ったが迷わず到着。友だちは黒のノースリーブを着ていて涼しそう。部屋もきちんと整えられていて、私もちゃんとしなきゃと思う。貸していた本は今日マチ子さんの『mina-mo-no-gram』とカシワイさんの『107号室通信』。

玄関口で、劇団マームとジプシーの『cocoon』上演が中止になった話、血液型調べたらAB型だった話などする。

今度はゆっくりご飯食べようねと言って手を振ってさよならした。

友だちは本を伊勢丹の紙袋に入れて渡してくれた。こういうところに大人を感じる。さっきまでの小さいビニール袋に、パンパンに惣菜とパンを詰めて、ドーナツの袋は直に手で持っていたことを考えるとだいぶ格好がついてる。大人だ。ドーナツが入ってる袋も紙袋に入れた。本がドーナツの香りになるかもね、なんて思う。

今日は長袖のワンピースを着てしまって、日傘も忘れたからとにかく暑い。空は薄い水色で雲も春らしいけど、どうしようもなく夏だ。吸収した熱全部溜まってる…と思いながらアスファルトを歩く。バスが来る気配がなかったからもう少し歩いて2つ先のバス停からバスに乗って帰った。

2020.6.9



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