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死後硬直と生前拘縮と凍結と

 お湯かけて死後硬直が解けるわけないでしょうが、フリーズドライじゃあるまいし。

 ご遺体の死後変化やそもそも死後硬直と生前拘縮の違いがよく分かってない葬儀社の受注担当者が、湯灌・納棺のオプションを付けたい時によく使うまあまあ鉄板のセールストークがあるのですが。

「お風呂に入ればお口閉じますよ!」
「お風呂に入れたら曲がった脚伸びますよ!」

 閉じないよ、悪いけど。
 伸びるわけないじゃない、故人は乾物じゃねえぞ。

 お湯かけたら閉じるのではなく、「物理的に」結構な力技で「閉じる」んですよ、お湯かけたら伸びるわけじゃなくて、「物理的に」結構な力技で緩めるんですよ…死後硬直を。
 人が亡くなった時、死亡時や時間経過と共にそのご遺族がまあまあショックを受ける故人様の状態変化はいろいろあるのだけど、圧倒的に多いのが「閉じてた口(と目)が開いてきた・口(と目)を開けたまま亡くなってしまった」と「身体があらぬ方向にひん曲がっている」という事例なのですが、どちらも一応死後硬直→弛緩の過程で発生した事象であればだいたいの納棺師は対応できます(出来ない・やらない納棺師もいらっしゃるが)
 ショックを受けるので、もちろん元に戻して(ましな状態にして)というご遺族の要望が強く出る事象なこともありそれきっかけで納棺師が入る現場はかなり多いです、うん、すごく多い。
 開いている口を閉じる方法や条件、死亡直後の対応などについては、それだけで余裕で別枠取れるボリュームなので、また後日詳しくしようと思いますが……今日のところはまず大前提として「死後硬直ってどうなるの?」というところを。

 湯灌・納棺の現場でご遺族が故人様の頬っぺたなどに触れた際たまにあるのが「あれ?硬くならないんですか?」という質問。
 はい、硬くならないですよ、皮膚とかほっぺのお肉とかは。
 俗に言う「死後硬直」という事象は、関節周囲の筋肉が極度の緊張により発生する筋収縮のことです。
 どの故人様も平均的にだいたい死後2時間ぐらいから硬直し始め、8時間~12時間程度で硬直のピークがきます、その後、死後24時間~48時間ぐらいで一旦弛緩をして、その後はゆるく硬直と弛緩を繰り返して最終的に完全に弛緩し腐敗します(生前の故人様の健康状態によるけど再硬直弛緩と腐敗は同時進行することが多い)
 筋収縮なので、筋肉量の多い若い方や健康だったり鍛えてる方はより強く硬直する傾向があり、逆に高齢で寝たきりだとほぼ硬直しなかったりします。緊張する筋肉がないからゆるゆるなの。
 筋収縮のメカニズムは体内の作用する物質の急激な変化(乳酸とかケラチンとかの物質や血中酸素濃度の変化とかいろいろ)が基本ですが、自死や事故、殺害などの極度な外的ストレスが作用する場合もあります。細かい数値とかは個人差がありますし、複合的要因が絡み合ってたりするので詳しくは割愛します。まあ…興味があるなら整形外科のお医者さんにでも聞いてみてください。私はそのあたりは専門ではないので……
 状況としては過労とかで両脚がいきなりつるとか酷い全身筋肉痛やまったく腕の上がらない五十肩とかイメージしてもらうといいかも?
 ちなみにお若くても、肝疾患の方とか抗がん剤治療中とかでまったく硬直の入らない方もいたりします。
 私の働くエリアの場合、死後24時間~48時間で火葬まで至る現場が多いので硬直のピーク時に施行に入る場合が多いです。例えば東京都みたいに1週間とか待ちが出る場合は、施行のタイミングによっては弛緩しまくってる場合もあるんじゃないかと。そのあたりも地域差はあります。
 正直、自死や事故体で外的ストレスを受けており且つ比較的若く体格の良い男性の場合すごく大変です、というかまったくどうにも無理な方とか…いますよ。だいたいはいけるけど、さすがに自身の倍ぐらい大きい方とかは厳しい……
 ちなみに硬直のゆるめ(外し)方は、納棺師の使う魔法の部分なのでここでは内緒(そのうちマニュアルの方に)です。
 どこの会社も研修のかなり最初に教わるはずなので、四肢の硬直外せん納棺師はまず居らんと思います。どの程度かとかクオリティは本人のスキル次第ですね。新人とか下手な人は要らんとこまでゆるめて後で苦労したりね。
 ただ、死後硬直要因の矯正や体位補正はまともな納棺師ならだいたい出来ますよと言いましたが、「身体があらぬ方向にひん曲がってる故人様」で私たちが正直手も足も出ない場合があるんですよね……

 それがタイトルにある生前拘縮と凍結の場合。
 生前拘縮は亡くなる前からパーキンソンやアルツハイマー、ALSなどで関節を取り巻く筋肉自体が萎縮してしまっていたり、関節の軟骨が癒着してしまって変形してる場合です。この場合皮膚や中の筋肉の幅に動く余地があればある程度動きますが、可動域がほぼ無いに等しいので難しいです。最悪折るしかない(それでもいいからしてくれと依頼されることもある…私はやんないけど)です。
 そしてもうひとつの凍結。これが大問題。
 対応法?折るか溶かすしかないよ。
 原因は死亡して最初に当てたご遺体保全用のドライアイスなので故人様にはまったくもってなんの非もない、ポテンシャル関係ない、初期対応でお身体の上に適当にドライアイス当てた担当者がだめ、マジでダメ。
 最近急に寒くなってますが、それに比例して納棺師泣かせの案件がね……本当にすぐに凍結が始まるので、冬こそ気を使わないとなのだけど忙しいしドライアイスはめちゃめちゃ冷たいしで…気持ちはわかるんですけどね。
 小さなお婆ちゃんのほっそいほっそい腕にドライアイス直接当たってみ?3時間せんとカチカチですよ。ゆるめたくてもちょっと力加えたらバキっていくよ、マジで。
 合掌組んだ手の上に置いたらどうなる?ドライアイスって重いんですよ…体積比で氷の1.6倍あるから。潰れてぺしゃんこになってカチカチですよ数時間で。-38℃は普通じゃなく冷たいんですよ、アイスノンとは違うのよ。
 もちろんおうちの方に故人様凍っちゃってるんでまっすぐになりませんなんて、心情的にも言えるわけないし下請けだからそんな元請け売るようなこと言えないし。
 結果、時間いっぱい使って全力で溶かすか、苦しい言い訳をひねり出すかの二択に(いや実際はもうちょいいろいろするけど)正直、だいぶしんどいですね。本当はそんなこちら側の痂疲に時間さきたくないんですよ。

なので、病院や施設からの下げや受注初期対応する担当さんへ、もしこれを読んでくれてたら。
 ドライアイス当てる時は、手、肘、肩、頚椎、胸、股関節には直接当てないでください。腹に、内蔵のある腹にちゃんと当てて……冷たいのはわかるけど、適当に上に乗せないでお願いだから……状態悪い故人様は仕方ない、それは仕方ない文句ないのです、普通の…ごく標準的な穏やかに亡くなった方はね?ほら。対応してる相手は釣り上げた魚とかじゃなくて人なので。

 あと、将来なにかのタイミングでご遺族になるかもしれない貴方へ。
 お迎え初期対応の葬儀社さん帰ったら、そっと故人様のお布団めくってみてもいいですよ?故意じゃなくて、たまたま当てたドライアイスがズレてる事もありますのでね。変なとこに置いてあるな?ってもし思ったら軍手付けてお腹のお臍からみぞおちのあたりに置きなおしてもいいのですよ。だって貴方の大切な人なのでその権利は貴方にあるのですから。



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