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メリル・ストリープにグッとくる理由。

ペンタゴン・ペーパーズ観てきた。特にすごく見ようと思ってたわけではないんだけど、ちょうどいい時間にやってたので。

ポスターのビジュアルだと、メリル・ストリープもいっぱしのジャーナリスト役で、この人が特ダネとるのかな?って思う人もいると思う。でも実際の彼女の役は、ワシントン・ポストの創業一族の人間だけど、別に記者や編集者というわけじゃなくて、夫の急死(自殺によるもの)を受けて家族として社長になった、少し前までは主婦で子育てしていたオバさん経営者の役だ。

メリル・ストリープという人は、ハリウッドのもはや重鎮といってもいいポジションの自立した女性で、ご本人はちっともそんなキャラじゃないにもかかわらず、控えめで人の顔色をうかがいがちで、自信がなくてワタワタしがちなおばさん、という役を本当にうまく演じる。

そんな彼女の周りには、社長として一応彼女を立ててはいるけれど、職業人としては見下していて、とにかく上手いこと言って自分の思い通りにさせようとしてるおっさんたちがひしめいている。物腰の柔らかいおっさんも、無礼な物言いで威圧的な態度をとるおっさんも、彼女を舐めくさっていて、一段上からものを言っているのがよくわかる。

この手の映画みて泣くなんて思ってもいなかったんだけど、ホワイトハウスの隠蔽工作の証拠となる文書を経営者の逮捕や株式上場停止のリスクを負っても掲載するかどうか、ということで新聞社幹部の意見が対立する緊迫したシーンで、それまで人の意見を聞いてばかりで自分だけで決断できなかった彼女が「いいわ、いいわ、載せましょう」「ここは父の会社でもない 夫の会社でもない 私の会社よ」と言い切ったシーンで、私はものすごくグッときて涙が溢れそうになってしまった。

若い頃に勤めていた会社で、私は彼女と似たような立場で仕事をしていたことがある。自社のもっと偉い立場のおじさんたちが放り投げた開発現場にカウンターパートとして放り込まれ、複数ベンダーのSEを相手にしている間に、なんだかんだで自分が一番現場の状況を把握している人になってしまい、最終的にはプロマネの真似事をして複数の開発案件をまわし、ウン千万円の案件に関するOK、NGの判断を上司に代わってする役割を担うことになってしまった。

大学ではど文系の学科で学び、もともとプログラミングや開発の知識なんかない。そもそも編集職での入社なんだけど、あっちの技術者、こっちの技術者に「なんでですか」「これはこういうことですか」と質問しまくってるうちに知識が増えて、技術者さんたちとなんとかコミュニケーションがとれるようになってしまった結果だ。若くて他に大した仕事を任されてなかったからできたことだけど。

自社側の技術者たちは基本的に全員が協力会社からの出向とかで、親切なアドバイスも出向元の会社への利益を誘導するためのトラップがしばしばある、ということにも、ほどなく気がつくようになる。上司を含め、自社の社員に技術専門職の人間はおらず「なつめさんしかわかる人いないからー」と頼られきった状態で、付け焼き刃の知識とハッタリで海千山千のSEさんたちと交渉し、要件を定義して発注金額を決める。過労とストレスでガリガリに痩せた。

メリル・ストリープ演じるキャサリンも、一見ふわふわしたおばさんなんだけど、株式上場にあたっては徹夜で資料やスピーチを読み込んだりしてる。周りの男たちはそれを「子供を見る保護者のような目で」見守り、自分たちの掌の上で、自分たちの思い通りに動く「経営者役」を演じてくれればそれで良い、どうせ素人の女にはジャーナリズムやら経営のことなんかわかってないんだから、と考えている。そのくせ、責任者としての立場は自分たちが有利に物事を進めるためには必要だから、列をなして陳情やら情報リークやらしてくるのだ。

私の周りにいた仕事相手の人たちが、みんなそんな風に私を利用することしか頭になかったとは思わない(沢山のことを現場で教えてもらい、時には取引先の技術者さんたちが、無理難題を突きつけてくる自社のお偉いさんたちから私を守って支えてくれた)。でも、発注元の実質的な責任者であるひ弱な若手社員を、全く利用していなかったとも、下に見ていなかったとも思わない。

それはすごく刺激的で勉強になって、時には仕事の範囲を超えた多くの人たちの協力を得て問題を解決しながらつみ重ねた経験で、今の私を育ててくれた貴重な時間だったけど、同時におそろしく孤独な時間でもあった。完全に信頼して判断を丸投げでいる相手はどこにもいないけど、責任者は自分、という孤独。キャサリンがその決断をした時の孤独を私は知っているなぁ、と思ったら、泣きそうになった。

作中では、マッチョでスクープにすべてをかけている編集者の男性が、自分の妻の言葉から、キャサリンの決断がいかに大きなものだったかを痛感するというシーンがあるのだが、こういう男性側の気づきもちゃんと描くところに、変わろうとしているハリウッドの姿を感じた。

NYTの編集者たちが意気揚々とインタビューを受ける中、裁判所からひっそりと出て行くキャサリンを見つめる若い女の子たちの姿を見ながら、この映画はジャーナリストたちをエンカレッジしているだけではなく、これからの時代の若い女性たちもエンカレッジしようとしている映画なのだ、と確信した。

本邦では大臣クラスの人間が、セクハラ被害者を中傷し加害者を擁護しまくりながら、マスコミからはろくな追求も受けていないという中世並みの状況だけど、私は日本でもいつかはこんな風に、若い女性をエンカレッジするエンタメ映画が当たり前に撮られる時代が来なきゃおかしいと思ってる。生きてる間にそういう邦画を観たいものだ。もちろんエンタメとしてもA級のやつ。

大団円かと思われた作品のラストは、きな臭いニクソンの後ろ姿の電話で終わり、ここからウォーターゲート事件へとアメリカの歴史は流れていく。こりゃ続けて「大統領の陰謀」とか「ザ・シークレットマン」も見なきゃいけないのでは…と思わされる。お上手。

ちなみに、アメリカのジャーナリズムものの映画では、赤狩りの時代に毅然としてマッカーシズムを批判するニュース番組を制作したジャーナリストたちの姿を描いた「グッドナイト & グッドラック」が好きです。禁煙協会が発狂しそうな喫煙映画だけど。

#映画 #ペンタゴンペーパーズ #メリルストリープ


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