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ビッグイシューを買う。

今週は1か月半ぶりに出社した。テレワークの命綱たる会社支給のノートPCの調子が悪くなって、故障修理の間の代替機との交換が必要になったためだ。

思えば、学生さんたちの春休み時期にギリギリひっかからないぐらいの頃合いを狙って伊豆大島で大人合宿を企画していて、前回はインフルエンザでキャンセルしてしまった島旅のリベンジを楽しみにしていたのに、直前でコロナウイルスのニュースが始まり、不要不急の旅行や出張を控えるようにという話も広まって、旅行をキャンセルすることになった。

その時はまだ、残念だけどGWあたりに仕切り直しかなー、などと思っていたのだ。

それから行く予定だったライブや演劇、イベント、研修会などが次々と中止になり、学校が休校になり、会社でも希望者の在宅勤務が始まった。あとはあれよあれよという感じで状況が変わっていった。ロックダウンの噂が囁かれる中、部署の席替えのためにデスクを片付けてPC持って自宅に帰ったきり、その後全社在宅勤務となって1か月も職場に行くことがなくなるなんて、その日の退社時には思っていなかったのだ。

ゴールデンウィークが明けたからか、少ないとはいえ、予想より電車に乗っている人も多かった。普段の平日昼下がりより、やや少ないぐらい。みんなマスク着用で少しずつ間隔をあけて座ってる。

会社の最寄駅の階段を上ると、いつも私がビッグイシュー(ホームレスの自立支援のための雑誌)を買っているおじさんが、いつもの場所に立っていた。紙マスクもして。ビッグイシューが販売員に提供しているのだろうか?

その光景を見た途端に、どっと安心して胸が熱くなった。名前も知らないホームレスのおじさんだが、私は毎回ビッグイシューの最新号をそのおじさんから買い、二言三言、天気の話をすることにしている。久しぶりの通勤で会える保証はなかったけれど、とにかくおじさんが無事でよかった。

家のマスクを持ってきてればよかったな。手作り消毒液もアトマイザーに入れたのがあったのに。いろいろなことを考えた。おじさんは「どうも!おひさしぶりです」「いつもどうも」「4月から、ちょっと値上げになってしまって。すみませんね」と言いながら、ケースから最新刊を出してくれた。

ホームレスの人に、あの給付金は届くんだろうか?郵送では、住所がなきゃ届かないんじゃないか。千円渡して『お釣りは取っといて』とか言うのは失礼だろうか。色んなことを一瞬で考えた。

でも結局私はいつもどおり、がま口から小銭を出して、「お元気そうでよかった」と言いながらおじさんに渡して雑誌を受け取り、おじさんは硬貨の種類ごとにわかれているケースから、きちんとお釣りを出して、いつも通りに「50円お釣りです、ありがとうございました」と手渡してくれた。

お互い手が触れないようにお金と雑誌をやりとりして、いつも通りに別れた。そのいつも通り、ということのありがたさを泣きたいほど強く感じた。

家の中で籠もっていても、それはある程度「コロナ前からもある世界」の一部だったので、不便は感じてもそれほどの違和感もなかった。もともと持ち帰り仕事も多かったし。

でも1か月ぶりに電車に乗って、がらんとした都心部にやってきて、「なんなら自粛前より人が多い」自宅の近所の公園なんかと違う風景を見て、やっと異常事態が腑に落ちたみたいなところもあって。

そんな中でビッグイシューの最新刊を持って立っているおじさんだけが、私の中での【いつも通り】だったのだ。

次の出社がいつになるかわからない。次来るときにも、おじさんはビッグイシューの最新刊を持って、いつもの駅の階段を上り切ったところに立っていてくれるだろうか。

新型コロナウイルスの流行とは関係なく、私の住む街の小さな店は、去年あがった消費税のために、年度末で閉店するところが増えていた。経営者の老夫婦が、『もういい年齢だし、今更レジやら何やら投資しても何年も働くわけじゃなし』と言い、地元で長く続いた居酒屋も閉店。そして緊急事態宣言が長引く間に、堪えかねて店を畳んでしまうところも増えてきているように思う。

ホームレス支援団体の人によれば、コロナ禍で仕事や居場所を失った新規のホームレスが増えているそうだ。ビッグイシューのこの春の値上げ理由は、ホームレス人口が幸いにも減ってきたことで、売上部数が減り赤字になってきたことだったのだが、これからまた販売員の数が膨れ上がるようなことになるのだろうか。しんどい。

自粛のために外出人口が減って、収入減で困っている販売員さんの支援のため、ビッグイシューは特別の通信販売に踏み切っているそうだ。私はまた次の日出社日にいつものおじさんから買うつもりだけど、家篭りで読み物に困っているという人がいたら、取り寄せて読んで見てほしい。薄いけど読むとこはわりとたくさんある。ミュージシャンとか映画俳優のインタビューなんかも多いカルチャー誌です。ぜひ。

#ビッグイシュー #コロナの時代を生きる #よしなしごと #202005

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