夢(僕が失明するまでの記憶 14)

 僕には夢があった。夢というよりは明確な目標であり、必ず果たされるべきミッションだった。それは、医者になることだった。

 幼いころから「人の体」の図鑑を愛読していた影響そのままに、小学校に上がってからも医学や医療に関する興味は尽きなかった。その手の本を見つければ好んで読み(というよりそれ以外、特に小説や物語には全く興味がなかった)、「緊急病棟24時」みたいなドキュメンタリがあればテレビにかじりついた。おぼろげながらも将来は医療に関連する職業を選ぶのだろうと早いうちから心に描いていた。

 ビジョンがより具体的になったのは6年生の頃だった。医師という職業の社会的地位、そこに至るまでの難易度を知り、自分にはこの道しかないと確信するに至った。卒業アルバムに載せる「将来の夢」の寄せ書きには、迷わず、でも小さな字で「医者になりたい」と書いた。

 級友の中には、数こそ少ないが私立中学の受験を志すものがいて、「お前はどこか受けないのか」と聞かれることもあったが、首を横に振った。「うちにはそんな金はない」というのが表向きの返答だったが、本心を言えば中学受験に興味などなかった。専らの関心事はそのさらにさらに先の大学受験だった。医者になるにはまず医学部に入らねばならない、その目標を効率的に制するには少しでも早く高校までの学習内容を押さえることだ、そう結論付けた僕は、中学受験用の問題集ではなく、中学生向けの基礎的な教材(幸い家にはほとんど手つかずの兄の教科書があった)で勉強することにした。大した信念もなく塾通いをして勉強する大半のクラスメイト達をよそに、一人で我が道をひた走るほどに、可能性が膨らんでいく気がした。そこには確かな手ごたえがあった。僕は1秒でも早く大人になりたかった。大人になればもっと自由な世界が広がると信じていた。