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マンション管理会社の職能:1 担当者の力量

はじめてのマンション、そして定期総会

 かれこれ10年ほど前のことになるが、結婚と同時に、中古マンションを買った。35年という天文学的数字としか思えないローンを組んで。ローンを完済することになる70歳には、何をしていることやら。生きているのかさえも、わからない。

 マンション購入から一年が経とうとしていた、夏のうだるような暑さのある日、ポストに一通の手紙が舞い込んだ。封筒には、マンションの管理会社の名前が印字されている。早速、開封してみた。マンション管理組合からの案内で、定期総会が開催されるとのこと。

 当日の資料とあわせて、事前に提出する必要のある出欠票が入っていた。出席、欠席のいずれかを〇で囲むように指示された書式で、その下には、欠席者用に議案の賛否の〇×欄がある。株主総会の案内と大差ない代物だった。

 人生初めてのマンション管理組合の定期総会。一抹の不安はあったが、参加しようと思った。なぜなら入居して間もなく、向こう三軒はないので、両隣と上下階には挨拶をしていた。が、理事長はじめ面識がなかったからだ。しかも、全18戸という小規模なマンションということもあり、この機会に、しっかりとご挨拶をしておこうと思ったのである。

 定期総会当日。会場となっていた近くの区の施設に赴いた。常勤の管理人もいない小規模なマンションということもあり、マンション内に会議をするような場所がないからだ。会場に入り、自己紹介するなり、「若い人が入ってくれてよかったわ」と歓迎された。確かに周りを見渡せば、理事長はじめ、ご老人ばかりに取り囲まれていた。ちなみに、役員以外での参加は、私一人だけだった。

 本題の定期総会は、理事長が議長を務めた。管理会社の担当者による、ぬかりないサポートのもと、議事はスムーズに進んでいった。用意されていた議案は、全て満場一致で承認され、何の疑問の余地を残すことなく閉会した。帰りがけに、理事の一人から「近いうちに、理事をお願いすることになると思うから、よろしく」と言われ、電話番号を交換し、帰途に就いた。

理事への就任

 はじめての定期総会への参加から、3,4年が過ぎた頃だっただろうか。初夏の、とある休日の昼下がり、電話が鳴った。出てみると、理事からだった。要件は、理事就任依頼。初対面で言われていたこともあり、すでに覚悟はできていた。なので、二つ返事で了承し、電話を切った。

 しばらくして、その年の定期総会の案内が届く。毎年のことであるが、議案の一つに「理事長及び新役員選出の件」というのがある。そこには、新理事として私の名前が記載されていた。あくまでも議案なんだから通らないこともあるのではないか、とも一瞬考えた。そんな心配をよそに、定期総会では満場一致で、理事に選出された。

 以来、役員を外れたことがない。それには、マンション管理規約にある、次の条文が少なからず関係している。

 「理事及び監事は、〇×マンションに居住する組合員のうちから、総会で選任する。」

 他のマンションでも、このような条文があるのかは定かではない。が、当マンションでは「居住する」がかなりの効力を発揮している。

 役員は、3名の理事と1名の監事からなる。そもそも小規模なマンションなので、仮に所有者全員が居住していたとしても、毎年改選するならば、4,5年に1回は役員が回ってくる計算になる。もちろん、所有者全員が居住しているわけではなく、多くは賃貸に出されている。結果、居住している所有者は、半分にも満たない状況で、中には役員を固辞する人もいる。顔ぶれは、ほぼ固定してしまうのだ。

 今のところ、役員の中では群を抜いて若いこともあり、まだ理事長、副理事長は経験していない。目下、理事と監事の間を行ったり来たりしている。

 理事にしても、監事にしても、人生初の体験である。当初は、わからないことだらけだった。しかし、その都度、管理会社の担当者が懇切丁寧に説明してくれた。とりわけ、監事の仕事は、管理組合の帳簿を点検する作業が中心になる。羅列している数字の見方を、手取り足取り教えてくれた。そんなこともあり、ど素人の私でも、なんとかこなせてきた。

 ところで、理事就任直後、些細な問題が起きた。断水である。その時は、管理組合が契約している緊急サービスでの対応で、事なきを得た。が、数年後、大問題に発展するとは、思いも寄らなかった。

管理会社の担当者の交代

 翌年の定期総会では、議題の一つに断水の報告があった。マンションは、すでに築20年以上が経過している。各戸への給水のために使用している受水槽は、耐用年数が近づいてきているとのことであった。管理会社の担当者からは、次回、問題が発生したら、「ゾウアツチョッケツを検討しましょう」との提案がなされた。

 「ゾウアツチョッケツ」とは、増圧直結のことである。受水槽を用いずに、各戸に直接、水道を引く給水方式のことをいう。そして、担当者はその利点、すなわち受水槽がいらなくなり、メンテナンスが楽になるといったことを得々と説明してくれた。それを聞いた役員たちは、耳慣れない専門用語ということも相まって、給水の画期的な方式として、深く脳裏に刻まれることになる。

 そんな矢先、管理会社の担当者が代わることになった。全国展開している管理会社だけに、転勤を命じられたとのことである。前任の担当者は、わからないことは何でも懇切丁寧に説明してくれた。そして何よりも、良好な関係を築いていただけに残念ではあったが、仕方ない。そして、業務は新たな担当者に引き継がれることになった。

 今から思えば、前任の担当者との良好な関係は、管理会社への信頼につながっていた。だからこそ、担当者が代わろうとも、管理会社には全幅の信頼を寄せていた。加えて、担当者が交代した最初の理事会で、増圧直結の話題が持ち込まれていたことも安心させた。しっかりと、引継ぎがなされていると感じたからだ。

 そこでは、水道局の資料なども新たに配布された。その上で、工事にあたってのあらゆる可能性に言及した説明は、将来の水道故障に備えるに十分であった。

 一方、その席上で、些細ながらも違和感を感じたのも事実である。なぜなら、それまでにはなかった塗装などの細々した工事を、提案として数多く盛り込んできたきたからだ。それらの説明では、必ず最後に添えられた言葉があった。

 「資産価値があがりますよ。」

 ある種の胡散臭さを感じた。この言葉のインパクトが強すぎて、その理事会は、この話題が中心であったかのように思い出される。当時は、担当者の能力次第で、長期修繕計画をはじめとしたマンションの管理が、大きく変わってくることは知る由もなかった。「増圧直結」の提案が、前任者の貴重な置き土産であったことに気づくのは、それから数年してからのことである。

 ほどなくして、その時は訪れた。2回目の断水が起きたのである。

管理会社と管理組合の認識のずれ

 けれども、この時の断水も、緊急サービスでなんとか乗り切ることができた。しかし、復旧に丸々半日を要したことは、ことの重大さに気づかされるのに十分だった。とはいえ、喉元過ぎれば熱さを忘れるではないが、治ってしまえば、その感覚も徐々に薄れていく。

 その後、臨時の理事会が招集されることもなく、例年通り、時は流れた。そして、総会を間近に控えて開催される理事会で、管理会社から件の断水が報告された。今回は原因不明の故障であり、懸案だった給水設備工事に向けて、動き出すとのことだった。役員らの脳裏には、「増圧直結」という言葉が、ぱっと浮かんだのはいうまでもない。

 振り返れば、この時から管理会社と管理組合の認識のずれが、はじまっていたようだ。しかし、当時はまったく気づいてなかった。その要因は、ただ一つ。管理会社の担当者の説明が、あやふやだったことに尽きる。

 一連の議事録を見返してみると、認識のずれの所在に気づく。2回目の断水の後に行われた理事会では、増圧直結の概算見積が提示されている反面、部品交換で済ますという提案も組み込まれているからだ。しかし、理事会がいずれを選択したのかが、文面からは読み取りずらい。

 驚きが隠せないのは、理事会の直後に実施された定期総会の議事録である。懸案の給水設備工事は具体的な予算となって現れた。「××年度予算案」には、見慣れない文字と大きな数字が並ぶ。

 「給水ユニット更新工事 180万円」

 この不可解な予算に、役員の一人から質問が飛び出した。「この工事は何か」と。記憶にもあるし、議事録にも記されている。問題は、質疑応答の結果だ。なにぶん、数年前のことで、記憶が曖昧ではあることは否めない。が、議論は平行線をたどったように記憶している。ところが、議事録での記載はまったく異なる。

 「拍手をもって承認された。」

 確かに、別の会議でも、双方が意見を出し合った結果、折り合いがつかず、沈黙が続くことはある。そして、それをもって議事録に「承認された」と書かれることは、ありえないことでもない。しかし、少なくとも、「拍手」をした記憶はない。

 幻覚かとも思い、ほかの役員にも聞いてみた。みんな、口を揃えていう。「そんな認識はなかった」と。その背景には、その後、すぐに工事が進められなかったことも関係していよう。

給水設備工事の行方

 役員たちが認識してなくとも、理事会、さらには定期総会の議事録を見れば、管理会社の意向が反映された「部品交換」工事の議案が承認されたことになっている。工事は、いつはじまってもおかしくなかった。ところが、工事が進められる気配は一向になかった。それには、理由がある。

 工事をはじめようとした矢先、工事会社からストップがかかっていたのだ。そのことを知るまでに、さらに1年を要している。つまり役員たちは、翌年の定期総会前に開催される理事会で、管理会社からその報告を受けたのである。

 ストップがかけられた理由は、マンションの築年数とも関係している。給水設備が設置されたポンプ室の、壁と天井に吹き付けられている断熱材の問題である。アスベスト含有の有無が問われたのだった。もし、アスベストが含まれている場合、工事の際に飛散するので、工事前のアスベスト除去が、法律で義務付けられている。工事会社は、それを指摘したのだ。

 したがって、この年の理事会、そして定期総会では、もっぱらアスベスト調査、さらには調査の結果、アスベストを含有していた場合の除去が、議案の中心となった。もはや給水設備工事は、いばらの道に迷い込んでしまっていた。

 目的の工事である給水設備工事に、中々着手できない状況は、管理会社と管理組合の認識のずれが発覚するのも遅らせた。そこには、部品交換をするために、目の前の工事を片付けている管理会社がある一方、増圧直結に向けて、一つ一つ問題を解決していると思い込んでいる管理組合という図式が潜んでいた。

 また、管理会社の担当者は、いずれの会議でも水道工事の経過報告の、時には前に、時には後に、床清掃云々を議題に盛り込んできた。そして、一連の説明の最後には決まって「資産価値が上がりますよ」と付け加えられた。

 さすがに役員たちも慣れたもので、「最優先事項である水道の問題が片付いてから考えましょう」と答えるのが定石となっていった。一方、役員たちのお決まりの質問は「増圧直結は進んでますか」であった。それに対する管理会社の回答は、「将来的に考えましょう」である。そこには、この「将来」を、近い将来と考える管理組合と、遠い将来と考える管理会社の姿が存在していた。

 そんな最中、3回目の断水が起きた。

 毎度のことながら、直ちに緊急サービスが発動された。ことは、以前にも増して深刻だった。丸一日断水したのだから。

募る管理会社への不信感

 この事態に慌てたのは、管理会社だった。それは、急遽、理事会の開催を要請してきたことからも察しがつく。

 緊急招集された理事会での主題は、もちろん水道工事だった。しかし、アスベスト調査の結果が出ていない段階での理事会では、不確定要素がありすぎて、決められることは何一つもなかった。ただ、直近の定期総会で決議していた、水道工事は理事会の承認で進められることを再確認したに過ぎなかった。

 管理会社の担当者は、この期に及んでも悪びれもなく、床清掃に言及した。ただただ呆れるしかなかった。むしろ、この話題を出したことによって、役員たちの水道工事に対する危機感をやわらげてしまったようにも映った。

 小康が保たれたまま、時は流れた。

 その春は寒さが長引き、桜の開花は例年より遅れていた。開花宣言が出された翌日、ポストには管理会社からの手紙が投函された。工事承認のお願いであった。その内容を読んで、卒倒しそうになる。工事の詳細が示されていたからだ。

 「給水ユニット更新工事 ¥1,958,000円(税込) 
※工事価格は予算超過しておりますが、アスベスト除去工事が必要なくなりましたので、不足分はこちらから回すことで、全体予算が超過することはありません。定期総会で、事後承認いただくようお願いします。なお、緊急を要しますので、書面での工事承認をお願いします。」

 今度は、役員たちが慌てなければならなかった。役員たちは、誰からともなく、連絡を取りあった。これまで、互いの電話番号を交換していたとはいえ、年に数回ある理事会、定期総会で顔を合わせるだけでこと足りていた。水道工事をきっかけに、これほどまでにやりとりが活発化するとは思いも寄らなかった。

 ほっとしたのは、役員たちの意見が一致していたことだ。つまり、増圧直結工事はどこにいってしまったのか、ということ。それがはっきりした以上、この工事はいったん止めましょう、ということになった。その旨、役員から管理会社に伝えた。

 目下のところ、工事は保留となっている。結論は、次回の理事会に委ねられた。そして、管理会社に対する不信感は募るばかりだった。

責任の所在はいずこに

 まさか、増圧直結とは異なる工事が進められようとは、想定外だった。このことは、手元にある議事録等々を、じっくりと読み返すきっかけとなった。そして、ここまで書いてきたように、管理会社と管理組合との間に、認識の大きなずれが存在していたことに気づいた。これでは、責任を追及しようにも、おそらく両者に言い分があるに違いない。

 一連の議事録を見て、私自身は冷や汗をかいた。議事録署名欄に記された、見覚えのある筆跡、そして氏名、押印。まがいもなく、私のものだったからだ。議事録署名人として、私の名前が署名されている以上、これを見落とした責任は大きい。その責任は、認めざるを得ない。

 しかし、多くのマンション管理組合は、たまたまそこを所有した人によって、組織づくられる。そして、理事会は数年おきにメンバーを代えながら、即席でつくられる素人集団である。だからこそ、管理会社という専門家集団に、管理業務を委託しているのではないだろうか。

 管理会社にとって、マンションという現場は、専門家としての職能が活かせる格好の場であるはずだ。にもかかわらず、その専門的な知識を振る舞うことなく、素人集団が望んでいない工事を進めようとする態度には嫌気がさす。彼らにとっては、抱えている管理物件の一つに過ぎないかもしれないが、我々にとっては唯一無二の財産なのである。

 マンションの管理を管理会社に委託するからには、業務の遂行状況に目を光らせる必要がありそうだ。とはいえ、専門知識をもたない我々にとって、その全てをチェックすることは難しい。ただし、議事録にしっかりと目を通すことぐらいは可能であろう。確かに、硬い文面だし、わかりにくい表現もある。が、少なくとも起きたことの正否の確認は可能なはずだ。

 とりわけ議事録は、将来的に証拠書類となりうるという点で、そのチェックは重要である。たかが数枚の紙ぺらに過ぎないが、時にとんでもないことになるかもしれないことを、肝に銘じておきたい。(つづく)


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