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チェリーな私

「チェリーボーイ」
中1の私はそれがとても恥ずかしい言葉だと、自分の頬で知るのだった。

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今日は大好きなスピッツがMステに出る、とテレビブロスに書いてあったので、夜の8時直前から10チャンに合わせ、テレビの前でノートとペンを用意して、微動だにせず待ち構えていた。

チャーララララー、チャラララララー…
この世の階段を降りる全てをミュージシャンにするB'zの松本さんのギターが流れ出す。
私はもうドキドキだ。
スピッツが新曲と共に降りてくる。

草野マサムネ以外、名前さえ知らないけれど、このドキドキこそ私がファンの証拠だろう。

番組は進み、ついにスピッツの番が来る。
今日は新曲の「チェリー」という曲が披露される。
私はノートを片手にペンを握りしめる。
ペンを握る手は緊張で汗ばみ、ノートをシワシワにさせる。

私は歌詞を全部速記しようとしているのである。

スピッツの歌の歌詞をちゃんと知りたいが、中1の私には聞きたい全てのCDを買うお金なんてない。CDを買ったことがすらない。
レンタルして歌詞カードをコピーすれば良いのだが、親と一緒にお店に行かないとならないので面倒臭い。
よく友達から借りて写経の様にノートに写すこともあるのだが、友人が必ず持っているとも限らない。
だから私はこうして歌番組を見て速記する。
不思議なことに、そうすると歌詞の覚えもいいし、人生の浅い中坊でもなんかそれっぽく歌詞を理解できた気持ちになる。

曲の前のタモさんとのトークが始まった。
「どういうイメージの曲なの?チェリーって?」
私は身を乗り出す。
そうそうそれに気なってた。チェリーなんて可愛い名前、スピッツらしいといえばらしいのだが、どんな意味が込められてるんだろうか。
すると草野マサムネは答えた。

「僕たちチェリーボーイズということで」

私は一瞬止まる。

チェリーボーイズ…
チェリーボーイズ…
チェリーボーイズ…!?

一緒に見ていた母は表情一つ変えず、無言でテレビを見続けている。
横に寝そべっていた父は「こいつら童貞なんか?」と笑ってる。
すると母は無表情のまま父の足を軽く叩き私はもう一度止まる。

童貞…
童貞…
童貞…!?

テレビの中ではタモさんが嬉しそうに笑ってる。
私は小学生の頃から深夜番組が好きだったので「チェリボーイ」「童貞」という言葉が、何か男の人がいやらしいことをしたことがないという意味を表す言葉だと知っていた。

でも「エッチ」の意味さえ理解していない私に、「チェリボーイ」の意味をきちんと理解するのは困難だ。

私の手の汗は、もうペンを握れないほどになっている。
ノートは文字が書けないほど濡れている。

スピッツがスタンバイする。
チェリーの柔らかな前奏が真っ赤な私を包み込む。
私は呆然とブラウン管をただ見つめることしかできなかった。

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私は「チェリー」という曲が単純に好きだ。
たくさん聴きたい。
でも、もう親の前では聴けない。
ドラマのベッドシーンを親と見るようなものなのだ。
恥ずかしくて、赤面してしまいそうで、公の場でも聴けない。

私はお小遣いを貯めて、初めてCDを買った。
「チェリー」は大人気で、特設コーナーまであって、全く恥じることなく当たり前のように購入出来た。

部屋のCDラジカセで1人イヤホンを繋げて永遠に「チェリー」を繰り返す。
すごくいやらしいものをコソコソ楽しんでいるドキドキがクセになっている。

これが私の初体験だった。


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