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Noise In The Brain / Ikuko Morozumi

"Noise In the Brain"は、発達障害者の脳内を音で表現した楽曲である。

発達障害は、「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害(PDD : Pervasive Developmental Disorders)、学習障害(LD : Learning Disability)、注意欠陥多動性障害(AD/HD : Attention Deficit / Hyperactivity Disorder)、その他これに類する脳機能の障害」と定義され、トゥレット症候群や吃音症などもこの中に含まれる。発達障害者は、行動面や情緒面の特性から、日常生活や社会生活に困難を抱える場合があるとされる。

何らかの疾病や障害をテーマにした芸術作品は過去にも多く存在する。音楽の分野で例を挙げれば、吃音を扱ったAlvin Lucierの"I Am Sitting in a Room"、手根管症候群を扱ったDerek Baileyの"CARPAL TUNNEL"、概日リズム睡眠障害を扱ったShuta Hirakiの"Circadian Rhythms Vol​.​1"などがある。ここで挙げた作品は、いずれも作家自身の抱える疾病/障害が扱われており、Ikuko Morozumiによる本作もこの系譜に含まれる。

Ikuko Morozumiの作品は、重低音で連打される力強いリズムトラックをフィーチャーしているものが多いが、"Noise In the Brain"は楽曲全体を貫くパルスやリズムを持たず、様々な素材が自由に配置されたサウンド・コラージュのような楽曲となっている。このことは、規則的なパルスを持つ、本EP収録の第2曲"Sign"と、スペクトログラムを比較するとはっきり分かる。以下に"Noise In the Brain"、"Sign"のスペクトログラムを順に示す。

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多くの素材が2〜6秒程度の短い間隔で現れては消えていき、脈絡の無い言葉が切り刻まれ、回転され、重ねられることで、意味性が剥ぎ取られ、純粋な音色の運動に近づいている。途中何回か挿入される沈黙からは、外界からの混乱した情報を纏め上げるために、脳が立ち止まって思考しているような印象を受ける。

"Noise In the Brain"は、深くディレイが掛けられた"I can't...understand"という呟きと共に始まる。直後「わたしには理解ができません」というピッチを下げられた声が続く。この声には空間系のエフェクト等は掛けられずドライな音色となっている。本楽曲では、このように、いくつかの空間系のエフェクトを素材ごとに細かく使い分ける事で、脳内と外界の対比や、様々な情報で混乱した脳内が表現されているように思われる。

1秒ほどの沈黙を挟んで、深いリバーブが掛けられたサイン波のパルスと、フランジャーが掛けられ中央に定位するノイズ、やや高めの帯域で左右に動くノイズが重ねられる。このパートは6秒ほどでカットアップされ、左右にパンされた声が、それぞれ異なるピッチで「脳内ノイズ」と呟く。本楽曲で用いられている様々なノイズは、サイン波の定期的なシグナルや、声、環境音と対比され、情報の脳内での適切な処理を撹乱する、「脳内ノイズ」を象徴しているのかもしれない。

続いて「自分の声がちょっと遅れて聞こえ...」という言葉が聞こえる。声はグリッチ処理され、ノイズも重ねられることで、辛うじて断片的に聞き取れる程度である。ここでの声はサイン波のパルスと同様に、深いリバーブが掛けられている。その後、サイン波のパルスと、左右に動くノイズが、短く再登場する。

3秒ほどの沈黙を挟み、レコードが終わった後のプレーヤーの針音のような音が3秒ほど聞こえ、更に3秒ほどの沈黙が続く。音源を読み取ることのないレコードプレーヤーの針音は、何かを暗示しているようにも響く。

続いて、中央に定位するグリッチ処理により断片化された声が「言葉が耳から入ると...それが形に変わって...脳内に...その形はまるで...かのよう」と呟く。その際、右から左にグリッチ的なノイズが重なって声を撹乱し、さらに左チャンネルに別の音色のノイズが徐々に加わり、ついに言葉ははっきりした意味を成さないまま停止する。

その後、CDのクリップ・ノイズのような音、深いディレイが掛かった声、やや高い帯域のノイズなど様々な音色が、それぞればらばらのタイミングで頭の中を回転し、脳内の混乱はさらに深まっていく。

続いて、本楽曲の中でも取り分け印象的な、読経とピアノが重ねられたパートが登場する。読経はドライな音で左右に動いていく一方で、ピアノには深いリバーブが掛けられ定位は音域ごとに固定されている。ピアノは子供が自分だけのために爪弾いているようなインティメイトな響きを持っており、明るい音調や遠くから響くような音色も相俟って、目の前の現実とは全く異なる記憶がフラッシュバックして、脳内で外界からの情報とぶつかり合っているような印象を受ける。パートの終盤には、微かに環境音のような音も重ねられ、高いお鈴の音が響く。その後に呟かれる「お帰りなさい」という言葉は、とても意味深長に聞こえる。

2分過ぎからは、お鈴の音、グリッチ処理された言葉やノイズ、環境音などが、短い間隔で次々と重ねられていく。楽曲全般に登場した言葉やノイズなどの素材が再利用され、新しい素材と混ざり合い、それぞれの意味性はさらに希薄になっていく。新たな素材としては、"concept"、"image"、"idee"などの単語、「トランペット、ホルン、ティンパニ...」などの楽器名などが辛うじて聞き取れる。作者自身の何らかの記憶と関連しているのかもしれないが、ここでも言葉はノイズで撹乱されている。

「頭の中のノイズ」という低く変調された声を最後に、楽曲は数秒の沈黙で締めくくられる。

本作は、発達障害者の脳内で意味が形成されることの困難さを、作曲者が自身の感覚を元に表現した作品ではあるが、ここで形作られた音楽世界はとても美しく魅力的に響く。発達障害は、いわゆる「健常者」が大多数を占める社会では「障害」と認識されてしまう場合が多いように思うが、実際には人間による情報処理や創造のオルタナティブなあり方であり、矯正されるべき「障害」ではなく、尊重されるべき「特性」ではないだろうか。Ikuko Morozumi自身はこう述べている。"There is a lack of understanding."




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