KeplerとPhase Shiftingについて

2/4にドイツのEngram Recordingsからリリースされたコンピ"Genealogy 2"に1曲参加させていただきました。

音楽をつくりはじめるにあたりインスパイアされた楽曲を、記憶のみを頼りに再作曲する』という面白いコンセプトのコンピで、私は敬愛する竹村延和氏の"Kepler"に挑戦しました。

このテキストでは、"Kepler"をリアレンジする際に考えたことと、ミニマル・ミュージックの技法の一つである"Phase Shifting"について簡単に書いていきます。

原曲

竹村延和氏の原曲はこちら。

竹村氏は名盤『こどもと魔法』の頃からミニマル・ミュージック、特にスティーブ・ライヒからの影響を強く感じさせる楽曲をたくさん残していますが、それらの中でも、この曲は清廉な音づかいが素晴らしく、エレクトロニカとミニマリズムの結節点といえる名曲だと思います。サイン波、チェレスタ等の音色によるミニマリズム的な旋律のループと、グリッチ的に加工されたこどものような声が、非常に繊細な音空間を作り出しています。

3:45〜の変化していくハーモニーも聴きどころです。そこまではAメジャーだったキーが、E♭マイナーの遠隔調に移り、一気に印象が変化。続いてBマイナーの旋律的短音階からF#7を経てBm/F#に偽終止し、同時に初めの旋律が回帰します。この部分の、ミニマリズム的でありながら、非常にエモーショナルなハーモニーの連結は、"Eight Lines"などスティーブ・ライヒのいくつかの作品の直接的な影響を感じさせます。

Phase Shiftingを用いたリアレンジ

原曲は大好きな曲で死ぬほど聴き返したので、まずは下の3つの旋律を記憶から取り出しました。

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これらは全て、奇数拍かつループする周期が異なっています。原曲では周期の異なるこれらの旋律がループして重なり合うことで、新しい音の組み合わせが生み出されていきます。これはミニマル・ミュージックの典型的な手法の一つだと思います。

一方で、ミニマル・ミュージックで汎用される別の手法に、"Phase Shiting"と呼ばれるものがあります。これは、同じループを少しずつ速度を変えて重ねることで、徐々に音がずれていき、全く新しいパターンが生成されるという手法で、ライヒが"Come Out"などのテープ作品で開発し、後に"Piano Phase”などの器楽作品にも応用されました。

テープはともかく、ピアノなどの生演奏でPhase Shiftingを行うのは至難の技だと思います...。

ところでライヒのPiano Phaseで用いられている旋律は以下のようなものです。

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この旋律の面白いところは、以下のような二つの規則的なパターンの重ね合わせで出来ているところです。

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規則的な旋律パターンは、Phase Shiftingに用いた際、規則性と不規則性のバランスのためか、非常に面白い効果を生み出します。

ここであらためて"Kepler"の旋律をみてみると、こちらもある程度規則性のある旋律であることがわかります。

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一つめの旋律は、5度の動きの組み合わせで出来ています。

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二つ目の旋律は、2度の動きの組み合わせで出来ています。

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三つ目の旋律の音高を移行してみると、4度の下降で出来ていることがわかります。

これらの規則性を持った旋律は、Phase Shiftingに適しているのではないかと考え、Maxを使ってこれらの旋律をPhase ShiftingしたMIDIファイルを作成しました。

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作りっぱなしの汚いパッチで恐縮ですが...。

上のパッチでは、最初は左右のチャンネルのいずれも音の間隔が200msecですが、あるポイントから片チャンネルだけ201msecになります。片チャンネルだけ音が遅れて、音が徐々にずれていきモアレのようなパターンを生み出します。

今回のリアレンジでは、一つ目の旋律は200msec vs 200.8msec、二つ目の旋律は200msec vs 200.5msec、三つ目の旋律は200msec vs 201msecと、異なる音間隔に設定しました。

こうすると、一つ目の旋律は250音ごと、二つ目の旋律は400音ごと、三つ目の旋律は200音ごとに、ずれたリズムが一致するポイントが現れ、これらのずれ方が異なるパターンが重なることでモアレ度がアップします。

音色はハープ、マリンバ、チェレスタと、いずれもリリースが短い音色を設定しました。マリンバやチェレスタなどはライヒの作品でも頻用されています。

竹村氏はリバーブを完全カットしたYAMAHA MU1000の音色を作品で頻用しています。今回のリアレンジでは、MU500のリバーブをカットした音色を用いています。

結果、こんな感じになりました。

ちなみに0:17あたりで、音色が変化し、音が左右に別れていき、0:24あたりで音がずれ出すように聞こえると思います。音響心理学的に、二つの音が異なる音だと認識される最小の間隔は20-50msecとされていますが、パッチの設定上は0:16付近で音がずれ出し、0:24の時点で37.6msec左右の音がずれている計算になります。

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