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Get This: 32 Tracks For Free - A Tribute to Peter Rehberg

Peter Rehbergについて

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90年代以降の電子音楽/実験音楽の愛好家で、Peter Rehbergを知らない人は恐らく少ないだろう。General Magic(Ramon Bauer、Andreas Pieper)らと共にMegoレーベルの運営に初期から携わり、Farmers Manual、General Magic、Fennesz、Heckerらの革新的な作品をリリースする一方、自身もPita名義で"Seven Tons For Free"(1995)や"Get Out"(1999)などの名作を発表。今日の電子音楽シーンに巨大な足跡を残した人物である。

2005年にMegoがクローズしてからは、2006年にEditions Megoとしてレーベルを再興し、Mark Fell、Oneohtrix Point Neverなど現在の電子音楽シーンに直接的な影響を与えているアーティストの作品群をリリースする一方、フランスの電子音楽/ミュージック・コンクレートの名門INA-GRMと協同して2012年にRecollection GRMシリーズを開始し、電子音楽の名作を次々とリイシュー。2020年以降はPortraits GRMシリーズとして、Jim O'Rourke、Okkyung Leeらへの新たな委嘱作品をリリースし大きな注目を集める。

2021年7月23日、Peter Rehbergの突然の訃報は世界中に衝撃を与え、数多くの音楽家やリスナーが、53歳という早すぎる死を悼んだ。

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"Get This: 32 Tracks For Free - A Tribute to Peter Rehberg"

"Get This: 32 Tracks For Free - A Tribute to Peter Rehberg"は、$ pwgen 20レーベルからリリースされたPeter Rehbergへの追悼作品である。

$ pwgen 20レーベルは、2020年に活動を開始した電子音楽レーベルで、正確な運営メンバーは不明であるものの、Ian M Fraser、Victor Moragues、RM Francis、Joe Gilmoreら、SUPERPANG周辺のアーティストが深く関わっているようだ。2020〜2021年にかけてリリースされた"Pulsar​.​scramble" 3部作は、Marcin PietruszewskiによってデザインされたNew Pulsar Generator (nuPg)というソフトウェアを用いた楽曲のコンピレーションで、上記SUPERPANG周辺の人脈に加え、Farmers Manual、EVOLらMegoからリリースしていたアーティストも参加している。

Gábor Dénes → Iannis Xenakis → Curtis Roads → Barry Truaxへと続くGranular Synthesis実践の系譜において最前線に位置するであろうMarcin PietruszewskiのnuPGをフィーチャーしたコンピレーションが、SUPERPANG周辺の音楽家たちによってリリースされた事実は、パンクな電子音響とアカデミックな電子音楽を接続したMegoの歴史と重なり、Megoの遺伝子が現行の電子音楽シーンに息づいていることを強く実感させるものだった。

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以下、コンピレーションの収録曲について簡単に紹介していく。

v93r - Alarms

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"Get This: 32 Tracks For Free - A Tribute to Peter Rehberg"は、v93r(Gert Brantner / farmersmanual)による感傷的なサイレンのフィールドレコーディングで幕を開ける。

a0n0 - Blue.Electronic.Sky

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a0n0はSUPERPANGやfals.chからリリースを重ねている日本人の電子音楽家で、時の崖クルーの主要メンバーでもある。押し寄せるハーモニックなノイズの壁は、Pitaの名曲"3"を彷彿とさせ、Pitaへの喪失感に打ちひしがれる世界への慈愛のように響き渡る。

Tony Lugo + Christian Di Vito - Chanbara

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SUPERPANGからMats Gustafssonとのコラボレーション・アルバム"Vertical"をリリースしたばかりのTony Lugoと、同レーベルのオーナーChristian Di Vitoによる"Chanbara"は、生のドラム音をプロセシングしたと思しき楽曲で、性急な打音の応酬が、曲名の通り刀の打ち合いを思わせる。ドラムはTony Lugo自身の演奏(!)のようだ。

NPVR - close2find part1

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NPVRはNik VoidとPitaによるユニット。2017年にEditions Megoより異形の電子音楽集"33 33"(名盤!)をリリースしているが、本トラックは未発表曲だろうか。ダークでインダストリアルなトーンは、Pitaがティーンエイジャーの頃に好んで聴いていたというEinstürzende Neubautenの影響も感じさせる。

Anthony Saunders - Computer Music For Peter Rehberg

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Anthony SaundersはDataclast、Bastard Noiseなどのユニットや、HypertrophyやExplosive Improvised Deviceなどの複数のエイリアスを使い分けて、ノイズをベースとした電子音楽を追求しているアーティスト。本トラックでは、抑制の効いたノイズ・サウンドでPitaへの哀悼の意を表現しているようだ。

Rian Treanor - For Peter

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Rian TreanorはMark Fellの実子であり、父親譲りの鮮やかなFMサウンドとアルゴリズミックなビート(Mark Fellよりもクラブ寄りな印象)を特徴としているが、ここではクラブ・ユースなビートは鳴りを潜め、アブストラクトな電子パーカッションがおよそ7分半に渡って打ち続けられる異色な楽曲となっている。

RM Francis - Form I Edit, S-Mapped

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RM Francisは、nada、CO-DEPENDENT、Conditional、ETAT、SUPERPANGなど電子音楽の錚々たる名門からリリースを重ねる音楽家。ETATから2020年にリリースした"A Taxonomy of Guffaws"はnuPGを全面的にフィーチャーした名盤。本トラックでも、彼の特徴である鮮烈な電子音響の精緻なエディットを聴くことができる。

KMRU - from here

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KMRUはケニア・ナイロビを拠点とする、現行のアンビエント・シーンの最重要アーティストであり、2020年にEditions Megoからリリースされた”Peel"はコロナ禍の閉塞感に喘ぐ人々の心に福音のごとく染み入った名盤であった。天上から静かに降り注ぐような光を思わせる美しいアンビエント。

EVOL - Get That

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Roc JiménezによるEVOLは「フーリガンのためのコンピューター・ミュージック」というコンセプトの元で、アルゴリズミックで過激な電子音楽をMego、Entr'acte、Presto!?、SUPERPANGなどから発表してきた。本トラックでは如何にもEVOLらしい、デジタル・シンセシスの魅力に溢れたベースラインの蠢きを堪能できる。

Finlay Shakespeare - Glazed Over

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Finlay Shakespeareはブリストルを拠点とするサウンド・エンジニアであり、楽器メーカーFuture Sound SystemのCEOでもある。80sエレ・ポップを現代にアップデートしたような特異な音楽性で、Editions Megoのレーベルとしての懐の深さを感じさせた。本楽曲では揺蕩うようなシンセのメロディの上で"never disappear..."と歌われ、悲しみと共にPitaの功績が讃えられている。

C. Lavender - Gogoratu/To Remember (Excerpt)

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C. LavenderことLavender SuarezはNYを拠点とするサウンド・アーティスト。ディープ・リスニングの創始者であるポーリーン・オリヴェロスのアシスタントでもあった人物で、2020年にはリスニングとマインドフルネスに関する著作"Transcendent Waves"を発表している。"Gogoratu"という曲名はバスク語で、"記憶"という意味のようだ。シンセの感傷的なメロディでPitaへの追憶が綴られる。

Phil Julian - Handshake-SSA

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Phil JulianはCheapmachines名義でも知られ、モジュラー・シンセサイザー、ガジェット、コンピューターなどを用いた電子音響作品をEntr'acte、FLUF、Conditional、 SUPERPANG、The Tapewormなどから多数リリースしている。本トラックでは、接触不良系のノイズが、徐々にインダストリアルなドローンに飲み込まれていく。

Guy Birkin - hengran2

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Guy Birkinは音楽家であると同時にアートにおける複雑性の研究者でもあり、理知的なアプローチと不思議な軽やかさを兼ね備えた作品を制作している。2020年にSUPERPANGからリリースした"SARS​-​CoV​-​2_LR757995_2b"、同年にHard Returnからリリースした"SARS​-​CoV​-​2_LR757995_1c"は、COVID-19のゲノム・シーケンスを音響化した、他に類を見ない作品であった。本トラックでは、音のエンヴェロープ操作によるリズミカルなアプローチが聴きどころ。

chra - Hidden Visitor (for Peter)

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chraことChristina Nemecは、Editions Megoからのchra名義でのリリースに加え、Peter Rehberg、Christian Schachingerと共にベース、ギター、エレクトロニクスのトリオ・ユニットSHAMPOO BOYを結成していた(Christina Nemecはベースを担当)。本トラックは、正にSHAMPOO BOYを彷彿とさせる漆黒のドローン。

farmersmanual - including silence, needle drops and pick ups - autoedit 3+6

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farmersmanualは言わずもがな、Megoからのリリースでも知られる伝説的なアート・コレクティブである。本トラックでは主に、針を落とす音/上げる音と沈黙とが、メンバーであるOswald Bertholdによるソフトウェア"autoedit"でエディットされている。静けさの中で微かに響く針音にはどのような意味が込められているのだろう。

3.14… - Lattice

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3.14…はSUPERPANGほか様々な音楽作品、書籍のアートワークで知られるデザイナーJoe Gilmoreのオルターエゴで、音楽家としてはギリシア文字を冠した謎めいた電子音響作品をリリースしている。本トラックは、nuPGもしくはSuperColliderを用いていると思しき、結晶のような電子ノイズ。

PAINJERK WRACKED AND RUINED - Night Rider On UPIC

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PAINJERKことKohei Gomiは80年代半ばから精力的な活動を続けている、日本を代表する電子音楽家。2000年代からラップトップも用いているようで、Mego勢との影響関係もあったのだろうか。"New Brigade"ライナーの"Punk Synthesis"という言葉に、Megoと共鳴するアティテュードが見てとれる。本トラックはタイトルから察するに、XenakisのUPIC(図形を音響に変換するソフト)で作曲されたものか。

Russell Haswell - Perception Management (extended autoedit)

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Russell Haswellは、エクスペリメンタルな電子音楽/ノイズ作品で知られ、かつてはAutechre率いるGescomのメンバーでもあった。Merzbow、Hecker、Painjerkなど、様々なアーティストとの共作も数多く発表している。Pitaの"Get On"はRussell Haswellのマスタリングであった(ちなみに本アルバムも)。ここではfarmersmanualと同様"autoedit"を用いてリズムトラックと電子音(?)をエディットしているようだ。

Mykola Haleta - Peter Dion Rosy Andrew Dawn and Mykola at the Mars Bar

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Michael Mykolaは、Backbreakerneckbrace名義での活動の他、Lexie Mountain、Kevin Winter、Matt WellinsとのユニットHaleta Wellins Winter Mountainとして、電子音やフィールド・レコーディングを用いた作品を発表している。本トラックは心地よく荒れ狂うノイズだが、曲名といい、良く似た音楽を2度繰り返す構成といい、謎が多い...。

Ilpo Väisänen - Pita conversation in dub2

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Ilpo Väisänenは泣く子も黙る電子音響の雄Pan Sonicのひとりである。Pan Sonicは同世代として登場したPitaやRyoji Ikedaと同列に語られることも多かったが、もうひとりのPan SonicであるMika Vainioは2017年に(奇しくもPitaと同じく53歳という若さで)亡くなってしまった...。ここでは、Pan Sonicの諸作にも通ずる冷ややかなリズムが、ダビーな残響と共に鳴らされている。

keränen - plasters and wine

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keränenことTommi Keränenはフィンランド・ヘルシンキのノイズ・アーティストで、Heckerの作品("Hecker, Höller, Tracks")にAlberto de Campoと共にソフトウェア・デザイナーとしてクレジットされている他、Pitaのライブ・パフォーマンスの為にカスタムメイドのソフトウェアを製作したこともあるようだ。本アルバムにはエクストリームでカオティックなノイズ作品を提供している。

Tina Frank - pliii

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Tina FrankはMegoのリスナーであれば間違いなくご存知であろう。Pitaの諸作ほか、Fenneszの"Endless Summer"などで印象的なアートワークを手がけたデザイナーである。本アルバムの特徴的なアートワークも勿論Tina Frankによるもの。彼女自身の音楽作品は初めて耳にしたが、グリッサンドが耳に残る魅力的なノイズ・サウンドが聴ける。

nzworkdown - R for Pita

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nzworkdownはa0n0と同じく時の崖コレクティブのメンバーであり、音楽作品を作り始めたのは実に2020年から(!)である。ノイズに類する音を音楽的に響かせ、ナラティブな時間を紡ぎ出すセンスには驚くべきものがある。"R for Pita"のRはRequiemだろうか。ループするシンセの上で、ノイズが立体的に動き回る。

Bruce Gilbert - Rage

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Bruce Gilbertは英国のポスト・パンク、アート・ロックのバンドWIREの創設メンバー。同じくWIREのメンバーであったGraham Lewis(Editions MegoのアーティストであるKlara Lewisの父)と共に結成したDomeでも、一貫してアバンギャルドな表現を追求した。ソロ・ワークはEditions Megoからもリリースしていた。本コンピの"Rage"は、静かに燃える青い炎ようなノイズドローン。

Victor Moragues - refractive

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Victor Moraguesはスペイン・バルセロナを拠点とするサウンド・アーティストで、これまでにFLUF、SUPERPANG、時の崖などからリリースを重ねている。時の崖から昨年リリースした"Scan pulsar detours"は、nuPGによる刺激的なサウンドが音楽的に構築された素晴らしい作品であった。本コンピでも、抽象的な電子音のテクスチャーを繊細に構成する手腕が際立っている。

Ian M Fraser - Requiem for a Twisted Hard Disk

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Ian M Fraserは米・マンハッタン在住の音楽家/ソフトウェア・エンジニア。プログラミング・スキルに長け、Max/MSPやSuperColliderを駆使した実験的な作品をNADA、Pilgrim Talk、SUPERPANGなどからリリースしている。本トラックは、フィードバック音を重ねたようなドローンと、カオティックなノイズが唐突にカットアップされる楽曲。個人的にはこのアルバムのベスト・トラック。

Ellen Phan - Reverie

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Ellen Phanはサウンド・アーティストであると同時に催眠療法士でもあり、潜在意識に焦点を当てたり、感情の状態を測定するデバイスを音響のソースとして用いるなど興味深いアプローチを採る。本コンピの"Reverie"は主に2つのパートから成り、入眠までの神経系の状態と、夢を見ている人間の脳内を描写しているかのようなノイズ/ドローンである。

Mark Fell - Sketch for eMego 303

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Mark Fellは英・シェフィールド出身のアーティスト。SNDとしてMille Plateaux、Raster-Notonからリリースした4枚のアルバムはいずれもエレクトロニック・ミュージックのシーンに大きな影響を与え、ソロ・ワークにおける鮮やかなFMシンセシスとアルゴリズミックなビートは、今なお様々なアーティストによって模倣、展開され続けている。本トラックでは、いかにもMark Fellらしい、アルゴリズミックでスタティックなビートが聴かれる。

Electric Indigo - TR_Kite

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Electric IndigoことSusanne Kirchmayrは1989年から活動を続けるベテランDJであり、90年代は伝説的なレコード・ショップHard Waxでショップ・マネージャーを務め、1998年には女性、ノンバイナリー、トランスジェンダーのアーティストのための国際ネットワークであるfemale:pressureを設立。本トラックは、Editions Megoからのリリースでも聴かれたような、冷ややかで金属的なサウンドが魅力的な楽曲となっている。

Elías Merino - Uncord

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Elías Merinoはスペイン出身の作曲家。CeReNeM (Centre for Research in New Music)で"experimental composition"の博士号を取得している。管弦楽も書くことができる一方、美しいアンビエント・サウンドやアブストラクトなノイズも自在に扱う。本楽曲はSUPERPANGでの作品に近い音で、Max/MSPやSuperColliderで生成しているものと思われる電子ノイズが生き物のように動き回る。

Luminous 'Diamond Ben' Kudler (feat John Elliott & SPARQL) - WE DO NEED NO MUSIC

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Ben KudlerはLuminous Kudler、Luminous 'Diamond Ben' Kudlerなどの名義でも活動する電子音楽家/ソフトウェア・エンジニア。Pitaに寄せた彼の文章"Never Forget Peter Rehberg (As If You Could)"は、様々な追悼文の中でも最も感動的なものの一つだった。本トラックは、様々に変化する音色のノイズと朗読(?)が組みわされた作品。曲名はPitaの"Get Down"冒頭の楽曲を捩ったものだろうが、色々と深読みを誘う。

General Magic - Whatever Forever (For Pita)

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General MagicはMegoの創設メンバーであるRamon Bauer、Andreas Pieperによるユニット。Pitaと共作した"Fridge Trax"は冷蔵庫のミクロスコピックな音響を取りだしたMegoレーベル最初期の傑作。昨年は"Frantz"がリリースから25周年を迎え、アナログとデジタルでリイシューされた(こちらも名盤)。本トラックは、インダストリアルなノイズにカットアップされたブレイクビーツが添えられたGeneral Magicらしいポップさを持った一曲である。

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本アルバムの収益は、すべてEditions Megoに直接送られるとのこと。

『Editions Megoとそのサブレーベルは、妥協のない実験音楽をリリースするというピーターの使命を引き継いでいますので、editionsmego.comeditionsmego.bandcamp.com で彼らをサポートしてください。』

https://pwgen20.bandcamp.com/album/get-this-32-tracks-for-free-a-tribute-to-peter-rehberg

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もしPitaが存在しなかったら、現在の音楽の様相は全く違ったものになっていたことは間違いない。彼の遺した音楽的遺伝子はこれからも多くのアーティスト、リスナーの中で脈々と受け継がれていくだろう。



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