Mark Fellのリズム構造について
音楽における時間
音楽は常に時間と共にある。ドビュッシーは音楽を「色とリズムを持った時間」と定義した。ケージは'4分33秒'において、音楽の本質が時間であることを、最もラディカルな形で提示した。
Curtis Roadsは、時間構造のレベルをMacro、Meso、Sound Object、Microなど9つの階層に分類して定義した。音楽においては、Macroは楽曲全体、Mesoはフレーズ、Sound Objectは1〜数秒の音のイベント、Microは音の粒子(Grain)を指す。このように音を階層化することは、西洋音楽に典型的な、物語的で、直線的に発展する時間構造を示唆する。これとは対照的に、インドネシアのガムラン、インドの伝統音楽、La Monte Youngの長大なドローンなどは、特定の方向性を持たない、円環的な時間構造を示唆する。
W. D. TenHoutenは、音楽における時間意識を、"Ordinary-Linear Time-Consciousness"と"Pattern-Cyclical Time-Consciousness"に分類している。大雑把に分類すれば、西洋音楽は前者、アジアの音楽は後者に当てはまるものが多いだろう。
Mark Fellは、DAWによるタイムラインベースの作曲は"Ordinary-Linear Time-Consciousness"に、Max/MSPによる視覚的なプログラミング環境は"Pattern-Cyclical Time-Consciousness"に近いと述べている。
Mark Fellの作品の多くは静的な時間構造を持っているが、近年の作品では、静的でありながらも、その内側に不規則でダイナミックな変化を含んだ、独特な時間感覚を示している。こうした"Generative"(生成的)とも呼べるような構造は、Max/MSPによるルールベースの作曲手法に拠るところが大きいと思われる。
Microtemporalなリズム構造
Mark Fellは、'Multistability' (Raster Noton, 2010) や'UL8 Editions' (Mego, 2010) で用いられたリズム構造を、"microtemporal"と呼んでいる。これらの作品では、規則的なテンポや拍節は放棄され、非常に短い時間単位を用いたパターンが動的に変化することでリズムが構成される。
こうした手法を実現するためには、DAWのようにテンポや拍節が固定されたタイムラインベースのツールより、Maxのようなプログラミング言語によるルールベースのパターン生成が適している。
次章では、Maxを用いた'Multistability'におけるパターン生成の方法について、Mark Fell自身の文献を基に解説する。
パターン生成の方法
'Multistability'制作時に用いられたパターン生成の方法として、Mark Fell自身が'Works in Sound and Pattern Synthesis'において、以下の3つの方法を紹介している。
1. 音の「オン・フェーズ」をコントロールする
この手法では、音がトリガーされるタイミングを手動でコントロールし、音の持続時間(オン・フェーズ)がランダマイズされる。以下のMaxパッチでは、指定した時間間隔で(画像では1000msごと)音がトリガーされ、音の持続時間はその0〜99%の間でランダマイズされる。音がトリガーされる間隔を手動で変更することで、イベントの速度をコントロールできる。
この手法は'Multistability 2-AA'で用いられている。
2. テーブルを用いる
上の図のように、1〜10の整数を40倍、50倍することで時間間隔のテーブルを作り出し、リズム構造に用いている。音がトリガーされる間隔が、単位時間の整数倍に限定されることで、ある程度規則性のあるリズムが生成されている。この手法は'Multistability 3'で用いられている。
また、以下のようなテーブルも用いられている。
上のテーブルでは、音がトリガーされるスピードと、反復回数がコントロールされている。非常に短い時間間隔が、指定の回数反復されることで、グリッチーなリズムがループする構造となる。テーブルを変化させることで、ループされるパターンも変化していく。この手法は、'Multistability 6-A'、'Multistability 6-B'、'Multistability 12'で用いられている。
3. 動的な持続時間を持ったパターン
この手法では、所定の数のイベント(上の図では5つ)が所定の間隔でトリガーされ、これらのまとまったパターンが指定された間隔でトリガーされる。イベント同士の間隔(圧縮率、拡張率)、パターン間の間隔は、手動でコントロールされる。この手法は'Multistability 7-A'、'Multistability 7-B'で用いられている。
まとめ
Mark Fellが'Multistability'で用いたリズム構造の生成法について、Mark Fell自身の文献を基に紹介した。このようにMark Fellは、非常にシンプルな手法を用いて、最大限の音楽的成果を上げている。Mark Fell自身、『使用するオブジェクトを限定し、パッチをシンプルにしておく』ことを、制作のルールとして自らに課していると述べている。
Mark Fellが生み出した"microtemporal"なリズム構造の遺伝子は、Gábor Lázár、Heinrich Schwarzer、pebなど様々なアーティストの作品に受け継がれ、発展を続けている。
<参考文献>
・Mark Fell, 'Structure and Synthesis' (2021)
・Mark Fell, 'Works in sound and pattern synthesis - folio of works' (2013)
・Curtis Roads, 'Microsound' (2004)
・W. D. TenHouten, 'Primordial temporality, the self, and the brain' (1997)
※この文章中の図はすべてMark Fellの文献(2013)に依っています。
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