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【本の感想04】『R帝国』 / 中村文則

ナチスは民主主義国家でおこなわれた選挙に勝って生まれた。読みながらそのことを強く意識したし、今現在も世界は同じ過ちを繰り返そうとしているのではないかと思うと背筋が凍った。

この小説は、近未来の独裁国家「R帝国」で生まれた「矢崎」と「栗原」の抵抗の物語だ。
R帝国は民主主義国家であるものの事実上の独裁国家となっていて、意図的な格差拡大・軍の保有・情報操作などによって人々を誘導する仕組みを確立している。矢崎はそんな国で孤児として生まれた一市民で、あることをきっかけに国へ疑問を抱く。世界大戦への参加を決断するR帝国を舞台に、矢崎と、数少ない野党の構成員である栗原は、R帝国の真実を世界に知らしめるため大きな流れに抵抗していく。

この小説がフィクションである以上、登場人物は全員作者の主張にしたがって動くサクラで、作品自体がひとつの思考実験でしかないことは確かだ。特に2021年現在、ウイルスに関する記述は注意して読む必要があると思う。そのことには留意すべきな一方で、この作品には現実に起こりうる/起こっている様々な危機について描かれていた。

所得や教育の格差・印象操作による言論やデモへの弾圧・社会的弱者(生活保護受給者・移民etc)に向けた人々の「無言の非難」・危機感を煽ることによる大衆の煽動…R帝国で見られる数々の社会問題・為政者の思惑は、そのまま現代の様々な問題を切り取ったものとなっている。
中には、軍事産業と政府の癒着や徹底監視社会など、現在の日本では議論に上がりにくい社会問題もある。しかし法改正や技術革新が進む前からこれらの論点を認識しておくことが大切で、本作はその助けとなるだろう。

そして何よりこの作品で大きくショックを受けたのは、人々の心理描写だ。社会問題に関する先人たちの議論についていくことをあきらめ勝馬に乗ろうとする、知識も想像力も欠如した人。事実よりも自身の望む情報を信じたがる人。家庭や子供をいいわけに、社会的な(利他的な)行動を拒絶・否定しようとする人。本作で登場する人々とその心理にはとても既視感がある。それだけでなく、自身の中にもこういった心理が確実に存在するということに気付かされた。
特に、「道徳的な正しさを実行にうつすことのできる人を見ると自身が批判されたように感じ、その人を否定しようとする」心理・行為は、誰もが一度は目にしたことがあるor経験済みではないだろうか。

このような要素が描かれる都合上、小説全体の内容は「重い」はずなのだが、アクション映画のような肉体的・心理的な駆け引きの描写を交えて物語が進むため、不思議とすいすいと読めてしまうのも本作の魅力だと思う。2021年の今だからこそ、この作品に出会えてよかったと強く感じた。

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