【本の感想02】『逃亡者』 / 中村文則
選択肢の増加・マイノリティへの想像力上昇・SNSによる発信の簡単化など、ここ数十年社会で改善された点は少なくはないと思う。一方で「差別のなく多様で自由な社会」が近づいているのかと考えると、とてもそうとは思えない…そういった違和感を覚える機会は多い。
本書は、リベラルな思想を持つジャーナリストである山峰が自身の過去やルーツを顧みながら、山峰を追う謎の組織から逃亡する過程を描いた物語だ。この物語は、先ほどの違和感の正体をひとつひとつ詳らかにしてくれた。
多様な選択肢を尊重しているように見えて、違う属性を持つ人との心理的な距離を大きくしかねない言葉を使うメディアの存在。マイノリティへの実際の支援措置の乏しさ。人気取りにいそしんだ結果生みだされる考察の足りない言説。
本書はこうした現状への問題提起のみで終わらない。作中で語られる、リベラリストの現実との折り合いの付け方や、公正世界仮説の文脈にのっとらない社会的認知の方法。これらは、ままならない社会と対峙するために日ごろからインストールしておきたい要素だと感じた。
物語の冒頭で登場した、山峰の著書に「知りたくないことが書かれていたので駄作」と感想を送っていたような人間にはなりたくない。知識と想像力をもってこの社会をサバイブしていきたいと強く思わされた。
https://booklog.jp/users/02c301c/archives/1/4344035933?type=post_social&ref=twitter&state=review
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