株式会社こしき

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      ・鳴子に関わるひと、もの、ことの記事 ・製作動画の配信 ・鳴子のくらしが選んだもの、つくったもの ・日々のくらしについて

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      ・全国こけし祭りに関連するお話 ・鳴子町・全国こけし祭り第40回開催記念誌 『町はこけしに華やいだ』のお話

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      桜井こけし店のこけしづくりや こけしの話を書いた新聞

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    私の好きなこけし祭り

    鳴子のくらしでショートムービーを製作しました。 シリーズ『私の好きな鳴子温泉』より 第1作目「私の好きなこけし祭り」 撮影・編集:金谷竜真 企画・プロデュース:鳴子のくらし 製作:株式会社こしき 脚本・監督:こけし工人 櫻井尚道

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      • 佐藤実さんを偲んで

        櫻井万之丞から佐藤実へ そして昭寛へ受け継がれるこけし2021年3月24日、佐藤実(旧姓 櫻井実)が亡くなりました。 私、櫻井尚道の大叔父である、実さんとのお話を少し書かせていただきます。 ---------- 2011年3月27日、櫻井昭二が亡くなりました。 昭二が亡くなり、数日がたち落ち着いた頃 昭二の弟である佐藤実(旧姓 櫻井実)さんが一枚の色紙を持って櫻井家に訪れ、 こけしの話をしてくれました。 「昭寛、この(歌舞伎)こけしを作れ。」 実さんが独立した頃の

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        • ひいな 段飾りのおはなし

          桜井こけし店の店内には、先代の櫻井昭二が製作した段飾りのおひなさまがありました。 木のぬくもりが溢れ、豊かな描彩で表現されたおひなさま。 こけし作りの技術がふんだんに使われた愛らしいおひなさまは、ご来店されるお客様から、ぜひ製作してほしいとの声をたくさんいただいておりました。 こちらが昭二が製作した段飾りです 先代の昭二が、昭和20年前後につくりはじめた木地雛「ひいな」。 一対の男女のこけしから始まったひいなは、徐々に発展し、新たな形や描彩が生まれ、 昭和40年頃には、ひ

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          • 桜井こけし店の「ひいな」のはじまり

                                                 桜井こけし店のお雛さま「ひいな」。 桜井こけし店の先代、櫻井昭二が考案し、受け継がれてきました。 木の温もりを感じる、穏やかで、優しい眼差しのおひなさまです。 今回は、ひいなのはじまりについて、お話したいと思います。 ---------- 先代、櫻井昭二が考案したこけしのおひなさま。 櫻井家のひいなの歴史は、四代目櫻井昭二が作ったお雛さまからはじまります。 昭和20年代、昭二が意欲を出して創作

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            • こけしの木を植えています。 「こけしの森 植樹祭」のこと1

              株式会社こしきの活動のひとつ「こけしの森 植樹祭」についてご紹介します。 株式会社こしき(桜井こけし店)では、2019年よりこけし作りに使われるミズキの木の植林事業を行っています。 ミズキは、苗が成長してこけしの材料として使えるようになるまで、20年から30年ほどと言われています。 桜井こけし店先代の櫻井昭二は、次の世代を想って、仲間たちとミズキの植林を行なっていました。 鳴子温泉の鬼首、中山平、上野々などの山々にミズキの林を育んでいた記録が残っています。 この活動は

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              • 桜井こけし店の「ひいな」 予約販売がはじまります

                桜井こけし店の小林仁美です。 落ち葉が風に舞い、朝晩のひんやりとした空気が 冬の訪れを感じさせます。 写真は、こけし堂から見た花渕山です。 桜井こけし店のお雛さま「ひいな」。 来年2月にお届けする分の製作がはじまっています。 先代の櫻井昭二工人が考案し、代々受け継いでいる『ひいな』は、 木の温もりを感じる、穏やかで、優しい眼差しのおひなさまです。 初節句のお祝いに、娘さんやお孫さんへ。 娘さんがご自宅を離れたので、ご自分用のお雛さまとして。 季節のしつらえとして。

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                • 櫻井昭寛工人がつくる干支と天神様

                  こんにちは。 桜井こけし店店長の小林仁美です。 11月の桜井こけし店は、材料が届く時期です。 木の成長が止まる時期に切られた木は、 届いたら一本ずつ手作業で皮をむいていきます。 材料作業は冬に行う桜井こけし店の大切な作業です。 もうまもなく、桜井こけし店の冬の仕事がはじまります。 それでは、前回の続きです。 桜井こけし店の干支飾りから。 昭寛工人がつくる丑と天神様についてご紹介します。 【櫻井昭寛工人がつくる丑】 櫻井昭寛工人の丑は2種類あります。 ひとつめは、ミズ

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                  • 桜井こけし店の干支と天神様のお話

                    こんにちは。 桜井こけし店店長の小林仁美です。 鳴子温泉は、紅葉で山々が燃えるように色づいていた季節も終わりにさしかかり、 山に雪が積もる日が増え、日に日に澄んだ冬の空気に変わってきているのを感じます。 さて、今回は、「桜井こけし店のお正月飾り」から「干支飾り」をご紹介します。 干支は以前から販売してほしいというお客様の声を多くいただいておりまして、 やっと今年から販売することが出来ました! 試作を重ねて完成した桜井こけし店の干支。 丑に加えて、丑とゆかりの深い天神様

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                    • 桜井こけし店のお正月飾り

                      こんにちは。 桜井こけし店店長の小林仁美です。 鳴子温泉では、花渕山に3回雪が降ると街におりてくるといわれています。 山が白くなる日も増え、街に雪が降る日もそろそろ近そうです。 鳴子のくらしのインスタグラムに鳴子の景色もアップしているので、 ぜひご覧ください。 さて、今回は、今年はじめて発売する「桜井こけし店のお正月飾り」についてご紹介します。 最初に、お正月飾りを作りはじめた背景を少しお話したいと思います。 桜井こけし店のあるこけし通り。その通りにあったこけし屋さん

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                      • 「こけし祭り」とこれから

                        今回は前回に引き続き、 平成の「こけし祭り」で活躍し始めた若手工人たちの中心的存在であった、 櫻井昭寛さんと高橋武俊さんのお話から、 次の世代へと引き継がれた「こけし祭り」への想いや これからの「こけし祭り」のことを書いていきたいと思います。 ※写真:全国こけし祭り第四十回開催記念誌より引用 【祭りの仕込みに苦労する工人さんたち。平成3年(第37回)。】 「こけし祭り」を始めたとき、そこには「まちおこし」の目的があったんだと思います。鳴子でこれだけ続けられ、しかも成功して

                        • 平成のこけし祭り

                          平成に入り、創始からおよそ半世紀が経った頃、 「こけし祭り」は次の若い世代が活躍し始めました。 その世代が、桜井こけし店の5代目の櫻井昭寛さんたちの、 今でも鳴子こけしや、「こけし祭り」を盛り上げてきた世代にあたります。 今回は、当時どのような新しい企画があったのか、 櫻井昭寛さんのお話を交えて、振り返りたいと思います。 ※写真:全国こけし祭り第四十回開催記念誌より引用 【絵付けコーナーで観光客に描彩を教える様子。平成3年(第37回)。】 平成の「こけし祭り」では、

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                          • 動画『こけし祭りへの想いをたずねて』4人目公開しています

                            『こけし祭りへの想いをたずねて』 4人目  こけし工人 上野義則さん 4人目は、上野義則工人にお話をお伺いいたしました。 上野工人のおおらかで飾らない人柄が伝わってきます。 今回のお聞きしたお話の内容はこちらです。 ・こけしは何歳からつくりはじめましたか ・こけしクラブのこと ・本格的にこけしをつくりはじめたのは ・こけし祭りは何歳から手伝っていますか ・こけし祭りの準備は何を担当されていますか ・こけし祭りの当日は ・こけし祭りへ来てくださる皆さんへのメッセージ 東

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                            • 動画『こけし祭りへの想いをたずねて』3人目公開しています

                              『こけし祭りへの想いをたずねて』 3人目  こけし工人 岡崎靖男さん 3人目は、こけしの岡仁の岡崎靖男工人にお話をお伺いいたしました。 今回のお聞きしたお話の内容はこちらです。 ・こけしは何歳からつくりはじめたのですか ・こけし工人になるきっかけは ・こけしをはじめた頃の様子 ・こけしを作る上で大切にしていること ・こけし祭りは何歳から手伝っていますか ・こけし祭りの準備では何の係をしていますか ・こけし館で保管している奉納こけしについて ・こけし祭りへ来てくださる皆さん

                              • 明治生まれの名工たち②

                                前回に引き続き、思い出の写真の表情と共に、 他の人たちの記憶の中の等身大の名工たちを紹介していきたいと思います。 今回は、大沼健三郎さんと松田初見さんです。 ※写真:全国こけし祭り第四十回開催記念誌より引用 【こけし祭りにて。左が松田初見さん、右が大沼健三郎さん。】 櫻井家の先代の一人でもある、大沼健三郎さんは、 15歳の頃から父の甚三郎、兄の甚五郎について木地を習得しました。 以降、お盆などの大物挽に従事したり、木地業から離れることもありましたが、 昭和12年より復活

                                • 明治生まれの名工たち①

                                  第四十回開催記念誌を読んでいると、 当時のお祭りの様子と共に、明治生まれの工人さんたちが映る写真が とても印象に残ります。 明治生まれの工人たちについて、 この本ではこのような説明が添えられていました。 明治生まれの工人たちは、こけしが子供の玩具から大人の鑑賞品となる過渡期を生きた人たちである。その前の世代と事なり、こけしへの作品意識を高めざるを得なく、その努力の結果としてたくさんの傑作を世に送り出した。そして明治人ならではの魅力で、たくさんの愛好家や研究家を魅了した。

                                  • こけしクラブと一万本のこけし

                                    1964年の東京オリンピック。 東京から遠く離れた鳴子にとっても、 この年は、とても熱く、こけしの未来にも関わる重要な年だったようです。 鳴子中学校のこけしクラブは、東京オリンピックの選手団にプレゼントとして、 10000本のこけしを贈りました。 こけし工人さんも手伝いをしたようで、 その年の「こけし祭り」は中止、鳴子のこけし工人さんたちによって 奉納式だけは執り行なわれたようです。 ※写真:全国こけし祭り第四十回開催記念誌より引用 【この年の奉納式での集合写真。昭和3