RICO-君と生きた青春 16 夢のような戯れ。Part-5 ~真夏の大冒険?~

 次の日。
 トイレの中の、あの時のスリルと快感が忘れられず、君は色んな場所のトイレでヤッてみようよと、馬鹿げた冒険を提案した。瞳の輝きは、まるでセックス覚え立ての十代男子が、妙案を思い立った瞬間のようだった。考えたら君はまだその『十代』。青春時代にしかできない突拍子もない遊びを思いつくのも不思議ではない。しかしなぜ、梨子のような美少女が?と首を傾げもするが、頭の中でへりくつを並べながら、僕はやってみようかと二つ返事で頷いた。
 この壮大な悪ふざけを実現するに際し、移動時間の短縮が一番の課題だった。僕は実家に顔を出し、妹名義の自家用車を借りた。実家近くに駐車場を借りているその車は、仕事が多忙な妹も使用頻度が少なく、家族全員の移動目的がない限り、ほぼ休眠状態だった。
 使用許可願いも問題なく受理され、僕たちは地元近郊にある大手百貨店のショッピングモールと映画館を渡り歩くという作戦を企てた。
 こんな非常識な性行為を思い立てば『もし繋がっている場面を発見されたら』なんていう、いつものようにネガティブな深読みが頭を過りもする。しかしそれ以上に経験したくてもできなかった『危険な遊び』に心が踊り、普段と違うポジティブな自分が身体全体を支配する。学生時代にこんなに充実感を味わう経験はなかった。不遇の青春時代を取り戻そうと、君と一緒に少年のように夢中になる自分がいた。
 決行は次の週末にした。三か所のショッピングモールとその中の二か所にあるシネマコンプレックスのトイレ、合計五か所を予定した。付随する色々な作業も考慮して一か所に一時間、休憩や食事、次の現場への移動時間を三十分と少なく見積もっても一日仕事は確実だった。いや一日では回り切れない可能性もある。僕と梨子はこの下らなくも、楽し気な計画を夢中で話し合った。けれども、二人は肝心な事を忘れていた。というよりあえて考えようともしなかった。一日最低五回セックスをする体力があるかどうかだ。無謀に近いが二人は完全に舞い上がっていた。開店と同時に飛び込まなければコンプリートできないと考え、金曜日の夜は、早めにベッドに入った。しかし簡単に収まるはずがない。遠足が待ちきれない子どものように、二人は興奮を抑えられず、暗がりで一戦交えてから眠りに就いた。
 一旦ガス抜きをしたにも関わらず、その後もすぐには眠れず、翌朝は起床予定時刻を一時間半もオーバーして、家を出たのは午前十一時だった。けれども二人に遅れを取ったと落ち込む気分は微塵もなかった。淡々と朝食を摂り、洗顔と歯磨きを済ませ身支度を整えた。暑さも余り感じなかった。粛々と進む作業の中、ベクトルは同じ方向を指して心が躍っているのを感じていた。遅刻は大した問題ではない。その後に胸躍る(?)時間が待っているコトには変わりないのだから。

 それにしても、エロの力は恐ろしい。

 体力の消耗を考慮し、一番遠い目的地からのスタートとした。最初のトイレは部屋から十キロ程北にある大型ショッピングモールの中。そこから更に少し北に向かうと日韓ワールドカップで使用されたサッカー場がある。東に向いたショッピングモール正面やや左方向に、運転してきた自家用車のディーラーがあり、家から少し距離のあるこの施設も定期点検のついでに時々利用していた。
 夏休み中の週末は道路も予想以上に混雑していて、到着したのは正午五分前。屋上駐車場の中央付近に車を停め、エスカレーターで直下の三階へ降りる。トイレの場所は覚えていたが、案内番で再度確認した。僕はモールの中でも比較的人通りが少なくなるべく広い個室がいいと保守的な提案をすると君は逆に近くが賑やかで狭い方がイイと却下した。
「その方が、緊張感があって燃えるでしょ」
 ヒソヒソ声で耳打ちした小悪魔は、二人の昂りを煽ろうとしている。かく言う梨子の頬は既に紅潮している。僕はやむなく同意したが、野球場とは違い一つの方向に向いていない群衆の行動を危惧して、緊迫した状況下で委縮してしまう自分のモノを憂いた。
 二人の出で立ちは至ってシンプルだ。
 僕は夏用の薄手のデニムにチューバッカがプリントされた着古しだが傷みの少ないTシャツ。真夏でも裸足にサンダルは好きじゃないから、くるぶし丈の赤のソックスに履きなれた白のスニーカー。全身ユニクロで済ませている。
 梨子はと言えば、ピンクのショートパンツにサイズが大きめのミニーマウスのBIGフェイスTシャツ。足元は裸足に白のスニーカー。Tシャツ以外はやっぱりユニクロで、ピンクにディズニー柄は僕のリクエスト。男子トイレに入るなら男の子っぽい方がバレないよと、女の子然を毛嫌いする君は当初反対していた。本当はミニスカートがそそるのに、目立ちすぎるから涙を呑んで提案を取りやめた僕としては、これ以上ボーイッシュにすると気分が出ないよと反論すると、君は渋々納得してくれた。
 若い女の子の乳首が透けてたらマズイからとブラジャー着用も義務付けたら、ショーツは着けてこなかったからねと、事後承諾させられた。良かれと思う君への意見もただでは呑んでくれない。呆れるのは毎度のこと。だけどぜんぜん憎めない。
 デパートのトイレは基本的には清潔だ。一日数度の清掃が徹底されていて誰かが残した汚物や尿、鼻を突くアンモニア臭などはほぼ存在しない。スカトロ系のフェチは苦手なので環境の良い国に生まれてよかったとつくずく思った。
 三階中央部にはフードコートが配置されている。既に多くの家族連れで賑わいを見せていた。その場所から一番近いエレベーターコアの奥手にトイレがある。最初に僕だけトイレに入り、排尿しながら中の様子を伺った。便器の脇にベビーカーが横付けできるくらい広い個室一つと、通常サイズの個室が二つ、合計三つ並んでいる。間仕切り壁は意外に背が低く、低身長の人間が飛び上がっても簡単に隣りが覗けそうだった。一緒に並んで用を足していた同年代の男性が出ると、ガラ空きになったトイレから一旦通路へ出る。
 梨子の周囲にも人影はない。
「今なら、入れる!」
 腕を掴み、素早く男子トイレに押し込んだ。
「どこでやる?」
 三つを指差して訊ねた。
「ここにする!」
 言葉も終わらない内に君が飛び込んだのは通路側に一番近い通常の個室。ドームよりも奥行きがあり、密着度は低かった。 
「ここじゃ、声聴こえちゃうよ!」
 強い口調で耳打ちした。聴こえる程度は同じかも知れないが、群衆からは少しでも離れたいという心理が無意識に働く。
「その方がスリル満点でしょ?」
 君は取り入ってくれない。いたずらっ子の顔で微笑む。あのね~と、呆れて君を見つめていると、通路から家族連れの声が響き、僕は動きを止め、外を向いたまま息を潜めていた。
「ねえ、実クン……」
 ふうっとひと息つくと、背中から突然けだるい声が耳に届き、僕は振り返った。
(!)
 短パンを膝まで下ろし、後ろ向きて尻を突き出す梨子が潤んだ目で僕を見ている。わずかに生い茂る銀色の産毛が、天井の小さな照明によって淡い光を届ける。
「ボク、もう準備OK。このまま、後ろからシテ」
「まだ、僕のモノの準備が……」
 突然見せた大胆な姿に、気持ちが追いつかなかった。
「もう!実クン、ビビっちゃったの?」
 君はすぐに身体の向きを変え、ふくれっ面でデニムのファスナーに手を掛け、腰を下ろした。ベルトを外し、ボクサーパンツと共に素早くデニムを足首まで下ろす。相変わらず手際がいい。どこかでそういう仕事をしていたみたいだ。現われたモノは思っていてた以上に上を向いていた。
「なんだ、実クン、大丈夫じゃない!」
 そう言いながら、男性器を握り締め、二、三度手で擦った後、素早く口に含んだ。肉厚のある唇は表面を滑らかに這い回り、唾液を多く含ませて、舌は口腔内で想像できない動きをして膨張を促進する。亀頭の溝に舌先を進入させた時、僕は思わず声を上げた。
「シッ!外に聴こえちゃうよ。でもこれで大丈夫でしょ?サッ、いっぱい出してね」
 そう呟く梨子の足元の床には黒い染みが現われていた。
「実クン、キテ」
 梨子は僕に背を向け、尻を突き出す。少し開いた長い脚の付け根には、漏れた粘液がこびり付いているのを淡い光で確認できた。 
 大きくはないが、筋肉の締まった形のいい梨子の尻を鷲掴みにした。開いた双丘の間から放射状に小さくまとまった綺麗な肛門の皺が、それほど強くない照明の下でさえ鮮やかに映し出される。広い空間では注意が散漫になる部位も、限られた部屋では容易に注視できた。
「お尻の穴も奇麗だね」
 自然に言葉が零れた。緊迫した状況ではない次の機会には必ずそこを舐めてみたいと、本気で思った。梨子とは違い、もったいぶるのも自分らしいと心の中で吹き出した。
「そんなに見つめないで実クン、恥ずかしいよ」
 君はそう言って、僕の心に小さな嫉妬の炎を灯した。
「けん君とアナルセックスするときは恥ずかしくないの?」
 決してゆとりがある訳ではない。でもいつかの話を思い出し、いじわるせずにはいられなかった。
「けんクンのときも恥ずかしいよ」
「こんな小さい穴によく挿入(い)れさせるよね。痛くないの?」
「すごく痛いよ。でもけんクンはそれ以上にやさしくしてくれるし、ゆっくりしてくれるの」
「ふうん、そうなんだ」
 僕はもう一度押し開いた。
「み、実クンもお尻でスルの?」
 梨子の声色が予期せぬ事態を危惧し始めた。
「僕はしないよ」
「じゃあ、早くキテ!」
 懇願する声色に変わった梨子を愛おしく思った。焦らすのも悪くない。
 先端を目標の位置に修正し、忙しく埋め、激しく腰を突き出した。梨子も合わせて尻を突き返す。言葉の前戯の時間浪費を少し悔んで、焦る動きはテンポも悪い。僕の誇張が深みにハマる度、君は小動物の鳴き声のように呻いた。遠くで子どもの奇声が聞こえる度、僕は驚いて動きを止める。大丈夫だからと君はかすれた声で突き上げを促す。やがて外の騒めきが読めるようになると、動きは止まらなくなった。梨子の耳に熱い吐息を吹きかける。ブラジャーをたくし上げ、両手の指先は胸を揉み解し、乳首を摘み、脇腹を舐めるように這う。二人の間に水辺の戯れが聴こえ出す。摩擦の連続回数が二桁を越えた辺りで、頂きを意識し始める。遠くの騒めきすら心地いい。
「もう、イッテ・・・」
 梨子の切ない呻きが漏れる。頷こうとした瞬間、後方から突然爆発音が響いた。
「お前、あのゲーム買ってもらうの!?」
「うん!」
「ええーっ、いいなあ~」
 三人の小学生が大声を出しながら小便器を鳴らした。
 僕たちは息を止めた。でも腰の動きは止まらない。
「どっかで水、漏れてる音しない?」
 セックスをイメージできない小学生は、無邪気に問いかける。
「そこ誰か入ってるから、オシッコとかの音じゃないの?」
「そっか、な~んだ」
「買ったらそれ、やらしてくれよ」
「いいよ!」
 手を洗う気配もなく、小学生の走る足音が忙しく遠のいた。
 二人は深く息を吸い込み、静かに長いため息をついた。
「有酸素運動(?)が、無酸素運動になっちゃったね」 
「セックスの緊張と緩和だね」
「これって身体にいいのかな?」
「分かんない」
 無意味な会話で肩の力が抜けた。
「イクよ」
「うん」
 振り向く梨子に軽く口付けると、一旦下降した昂りは再び一気に跳ね上がった。僕は腰を抱えたまま、長い迸りを堪能した。
 個室を出た後、二人は一階の衛生品売り場に向かい、トイレに流せるウエットティッシュを購入した。きちんと計画を練ってはいても、思惑通りに進むとは限らない。あふれすぎた二人の粘液と汗は、トイレットペーパーで拭き取れても臭いが残ったままでは気分が盛り上がらないと感じた。君は平気だよと相変わらず意に介さないけれど、周囲に迷惑が掛かるのは、公共施設を真っ当に使わない者としては申し訳が立たないと言い聞かせた。もう一度トイレに戻り、便座に腰掛け股間を清める君の姿が意外に煽情的で、次へのモチベーションを上げる要因になったのは、嬉しい想定外だった。
 要領が分かるとお互い手際が良くなった。
 性器とその周辺を清潔にしてから、一旦布切れの中に納めても、再び外気に触れたとたん、それらはすぐに潤い、膨張し、引き寄せ合えばスムーズにリズムを刻み始めた。ヤルコトが予め分かっていれば、肉体の反応もそれだけ早いのだと生殖の神秘を素直に感じた。
 同じ階にある、シネマコンプレックス(シネコン)のトイレは上映時間がほぼ重なっていたせいで、最中には全く客の気配を感じず、普通に楽しくイッた。何のスリルもなかったこの経験を踏まえ、同じスタイルである、この後のシネコンのトイレは取り止めることにした。
 お互いの性器をウエットティッシュで清め合った後、若干昂ってしまった気分を長めのディープキスで何とか抑え込んだ。マクドナルドに行き、ダブルチーズバーガーのヴァリューセットを僕はポテトとコカ・コーラで、梨子はチキンマックナゲットとファンタメロンでそれぞれ注文した。くつろぐ間も惜しんでそれらを喉奥に流し込んだ後、次の目的地へ移動する為、屋上へと向かった。
 この時点での二度の射精に、肉体の異常は見られなかった。オナニーを覚え立ての頃、一日数回の射精は日常茶飯事だった。しかしセックスは肉体労働。擦って出すだけとは明らかに疲労度が違う。引き続き懸念案件だ。
 次の場所は、僕の部屋から自転車で来店可能な距離にあるショッピングモールのトイレ。
 都市郊外に設けられる最近の巨大ショッピングモールに比べると、それらよりやや早い時期に建てられたこの施設は小ぶりといえる。
 太陽は傾きかけているものの、角度は高く真夏の一日は長い。夜が中々やって来ない開放感を思う存分楽しもうとする人たちで普段は閑散としている屋上駐車場さえも車がひしめき合っていた。エレベーターで三階へ降り立ちホール左脇にあるトイレへ向かう。入口付近は広く、買い物客が休憩可能なソファが幾つか並び、女性側には乳児のオムツを替えるスペースも広がっていた。
 二人は手前にある男子トイレの方向へ迷わず進む。ソファには家族連れや若いカップルが座っていたが、スマホを見ていたり、子どもに気を取られていて僕たちの存在には無関心だった。動きに迷いがなければ、誰も不審に思わない心理を学習した僕たちは無意識にそれを実践していた。
 大胆な行動に、運も後押ししてくれる。中には誰もいなかった。
 車移動の途中、今度は少し広くて、ある程度自由に動けるトイレにしようと梨子が提案した。僕が迷わず向かった個室は、ベビーチェアを備え付けてあっても大人二人が余裕で入れる広さだった。
 下半身の着衣の片足だけを抜き、前戯なしの無条件でそびえたつ男性器を晒した僕が、まずふたのない便座に座り、左手にショートパンツを掴んだまま、幼女のような桜色をした縦の割れ目から蒸れた香りを放つ梨子が、両脚を大きく開いたまま僕にまたがり、身体を沈めるところから始めた。
 間を置かず今日三度目。にも関わらず、結合すると二人のギアは容易くトップに到達する。程なく水辺は戯れで賑わう。深いキスでお互いの唾液を飲み合い、激しい昂りを感じ合うも、人の気配がするや否や息を潜め、或いは息を止め、スリル満点の上下動を繰り返した。緊張と緩和の瞬間は何度か訪れた。いつしかそれも、最高の絶頂を迎える為の伏線になった。まるでフィギアスケートの息の合ったコンビプレーのように、繋がったままの二人の動きはキレていた。共鳴し合う動きにブレはなかった。天井のスピーカーから降り注ぐ洋楽のポップなリズムが勢いづける。梨子を座らせ、片膝を立てた間に腰を突き出した。トイレの中にも冷気が漂い意外に快適ではあるが、二人の熱気で全身の毛穴から汗が噴き出る。
 次に男性器を口に含ませ腰を前後に振った。梨子は呻くが表情に苦痛はなかった。最後は後ろ向きで尻を突き出させ、二人は一気に歓喜の雄叫びを人知れず自らの内に吐き出した。
 放心状態の二人は、獣のスタイルで繋がったまま余韻を引き摺っていた。細心の注意を払いその都度汚れた部分を丁寧に拭き取ってはいるが、素肌やTシャツ、そして髪からも汗をたっぷり含んだ異臭が立ち上り始める。
「実クン、汗臭い」
「梨子もだろ」
 君の顔に額を押し当てた。
「ボクが臭いの、イヤ?」
「嫌じゃない、おっさんには美少女が漏らす体液は全部香水なんだ」
「ヤダ~、実クン、エロ~い。AVっぽ~い」
「梨子は、加齢臭プンプンのおっさんの臭い嫌いだろ?」
「ううん、好き」
「加齢臭のおっさんが?」
「違うの。加齢臭プンプンのおっさんの臭いの、実クンが好き」
「梨子は変態だね」
「ううん、違う。実クンフェチ」
 見つめ合い、二人は微笑んだ。
 粘液と汗を黙々と拭き取り、何食わぬ表情でトイレを出た。ソファでくつろぐ人たちの顔ぶれは変わっていたが、やはり僕たちには無関心だった。その場を立ち去った後、汗に紛れた淫靡な匂いに気づいた人は、きっと振り返ったに違いない。
 梨子の手を引き、近くのエスカレーターで二階に降りた後、しばらく歩いて小さな休憩コーナーに辿り着いた。広場に見立てたその一角には樹木の囲むベンチのようにソファが円を描いて並べられている。僕たちは独りで座る老人から一番遠いソファに座り、身を沈めた。大きく一つ深呼吸した後、途中通路の自販機で買ったスポーツドリンクを勢いよく喉の奥に流し込んだ。
「疲れた?」
「ぜんぜん。実クンは?」
「俺もぜんぜん」
「あっ、オレって言ったね」
「いけないことヤッて、今ワイルドな気分」
 梨子はフフフと微笑んだ。
 交わす言葉とは裏腹に、梨子の表情には疲れが見え、自分もやや身体の重さを感じる。今、意識を保っていられるのはアドレナリンの大量放出に他ならないと感じていた。これで止めても誰も文句は言わない。二人で決めたただの『おふざけ』だから。
「本音を言ったら、疲れてる?」
「疲れてるのかな?でもボク、まだ止めたくないの」
「どうして?」
「何かを極めるための修業って、自分をとことんいじめ抜いたところで見えるものがあるって、誰かが言ってたような気がする」
 梨子は真面目に呟いた。
「べつに禁断のトイレセックスを極めようとは思わないでしょ?」
「うん」
「もう止めてもいいんだよ。楽しいけど、ただのおふざけだし」
 君は首を振った。
「ううん、たとえ人に言えないおふざけでも、ヤリきったら何かが見えてくるような気がするの」
 また真面目に返した。梨子の言葉はいちいち奥が深い。
「そうか、それじゃあ、もうひと頑張りしますか?」
「うん」
 君は清々しい笑顔を見せ、スポーツドリンクを飲み干した。

 最後の場所は東京都との境に流れる河川に近い、市内では一番南に位置するショッピングモールのトイレ。この施設の中にあるシネコンは、月に一度は訪れる僕のホームグラウンドだ。開放されていない屋上駐車場を諦めて五階のエレベーター付近に車を停め、トイレのある三階には脇にある非常階段で降りた。その場所は賑わう施設と壁一枚を隔てた裏側にあり、隠し事をするには好都合だった。しかしここでも御丁寧に夏を感じさせる洋楽のリズムは陽気に鳴り響いていた。
 異臭の残り香は否めないが、直接他人に迷惑を掛けないということで、汚れた身体と着衣はそのままで最終戦に臨むことにした。
 それが僕たちを煽っているのも事実。
 四度目だが、二人の間にエロの魂は依然燃え盛っていた。
 にもかかわらず、恐ろしいほど肩の力は抜けていた。脱力しているが手際は変わらなかった。まるでラブホテルで事を進めているような錯覚を受け、恐ろしいほど、周囲への気兼ねはなくなっている。
 同時に足首まで素早く下ろし、淀みなく左右の足首から抜いたジーンズとボクサーパンツはベビーチェアに整然と掛け、梨子はピンクのショートパンツをドア上部の荷物掛けに無造作に引っ掛けた。僕が承認したので、ブラジャーは車の中に置き去りにした。
 二人の潔さは、もう緊急時に隠すことを想定していない。
 僕は段取りを考えず、便座に腰を下ろして四度目の膨張を天井に向けて、梨子を待つ。Tシャツをたくし上げ、ややガニ股で脚を開いたまま、君は濡れて半開きの性器を晒した腰をゆっくり下ろす。先端がぬめる入口を押し開いたのを確かめ、君は深く身を沈めた。

 その時二人に奇跡は起こる!

(あっ!)
 梨子に埋まる勃起物が膣内(なか)の異変に気付いた。
(梨子の中が、僕の形で待ってる……)
 まるでジグソーパズルの欠片(ピース)のように、昂りの表面を膣壁が隙間なく覆って完璧に収まったのを感じた。
「ボク、よく分からないけれど、何だか、実クンの身体の一部になったみたい……」
 放出するために侵入した器官が、まるで梨子の全身から、精気を供給されているような、穏やかな火照りで均等に締められる。
「梨子の中、今までと違う。動くとすぐにイッちゃいそうだ……」
「ダメ、動かないで!ボクもすぐにイキそうだよ……」
 言葉は空気を震わせない。頭を擦り付けたまま、骨伝導で意思が届く。 
 二人は身体を密着したまま動かなかった。というより動けなかった。抱き合ったままお互いの激しい胸の鼓動を感じ、繋がる中の温もり、蠢きを感じていた。少しでも動き出すと行為はそこであっさり終了する。でも動かなければ永遠に続くと錯覚させるほどの至福の時間が回っている。
 僕はこの状況に似た場面をある小説で読んだ。愛人のいる既婚の中年主人公が、新たに出会った若い女性との肉体関係で奇跡を体験し、堕ちていくというもの。歳の差も小説のそれに近い。だが、僕は結末を知らない。バッドエンドを想像して怖くて途中で止めてしまったのだ。至福の時間が大きいほど、僕のネガティブな深読みも心の中に大きく広がる。
 何人もトイレを出入りする気配や音、臭いがする。ファスナーを下ろす。尿が便器を跳ねる、慌てて隣りの個室に飛び込む。けたたましい排便と、うなり声。
 僕たちは全てを受け入れていた。もしもそんな競技があるとするなら、息を止めたり、潜めたりのタイミングはもはやプロと言える域に達していると感じた。
 時間の感覚が麻痺して、どのくらい経っているのかも分からない。鼓動のリズムがシンクロして、二つの器官のうねりが共振した。膣内が激しく脈打つ。

「うあっ・・・」

 耐えられず、声を漏らした梨子の唇を素早く手で塞いだ。お腹の底から伝わる波動を指先に感じる。唇では漏れてしまう勢いだった。僕の限界も近付いている。背中を強く抱き締めた。君の全身が緊張し、震え出す。学生の弾ける声も気にならない。
「うっ……」
(実クン……)
 後ろにのけぞる君の身体を必死に抑えながら、射精は始まった。今日、四度目の放出なのに、脈打つ作業は簡単には終わらなかった。
 人間の身体は生命の危機が迫ると、骨や筋肉、脂肪に蓄えられた養分を動員して不足分を補うと聞いたことがある。この時の僕の身体は君の要求に応えるべく、身を削って与え続けていると感じずにはいられなかった。

 もしも大人の世界にも、夏休みの絵日記の宿題があったなら、僕の描くベストシーズンはきっとこの瞬間だったに違いない。

#創作大賞2022

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