ショートストーリー1 夜が流れる

Aが言うには、この世の中は平らかではないらしい。
「世の中ってのはほんとうに平らかじゃないよ。もうほんとにほんとにほんとに…!」
そんなことを言うAに私は
「平らかじゃないなんて、みんな言ってる。そんなの今さら改めて言うことでもないさー」
なんて嘯いてみる。
「そんなことは分かってる!分かってるけど、言わなくなったらお終いだ。気づいているのに気づかないふりをしてるのは分かってないのと一緒だ。
人間は分かっているふりをしながら実はその問題を忘れることができる、できてしまうのが人間なんだ…!」

Aは怒っているみたいに見えた。同時に悔しがって悲しんで…泣いている……?

Aは元来熱い男だ。
普段はそれを見せない人付き合いをしている。でも、その中で、自分が同意できないことには決して、うん、と言わない強情さがあり、
それでも、周りの空気を壊さないために、自分の意見をあえて言うことはしない。
それでも、自分の話を聞いてもらえる相手には、今まで言えずにいた自分の気持ちを素直な言葉で表してくれるのだ。
こういうやつを私は大切にしたいと思う。周囲との摩擦に押しつぶされないように相手に合わせながら、自分の中の気持ちを大事に大事に両手で抱えて守っているこの友達を、私は大切に思っている。

だから、
「そうやなぁ、もっとみんな優しくて、相手を思いやれたらいいのになぁ」
と、Aの話に合わせてしゃべる。Aは相手が合わせてくれると分かっていないと喋れないから。
それくらい、Aの心はもう摩擦で傷ついていて、そうじゃない相手にはもう立ち向かえなくなっている。
それを私は知っている…だから、否定せずにAの話を聞く。泣きながら、世の中を嘆く、悔しがる、そして、心配しているAのことを心配しながら…
「まあまあ、もうちょっとでも良くなるとええのんやけどなぁ」
と、特に意味のない同意を繰り返す。

「ほんとクソだ!みんな、みんな、世の中も、社会も、会社もほんとにみんなクソだ…」
「ほんまやなぁ。困ったなぁ」

なんの意味も、結果も伴わない愚痴と、
それに対するなんの意味もない同意。
二人の優しさを乗せて、今夜も夜の時間が流れていく。

(おわり)

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