山梨生活
東京で人とたくさん会った二連休が終わって、山梨に戻る最終電車。このときが一番寂しさを煽られる。ひとりでひとりの場所に戻るんだって。山梨にきて、もうすぐまる二年がたつ。
昔はどこにいたってやっていけると思っていたけど、山梨はいつまでたっても住む場所にならない。これはもう、ここには住めないなと、最近になってやっと気づいた。
わたしは生まれも育ちも札幌で、札幌はびっくりするほど都会でもないけれど、田舎すぎる場所でもなく、札幌の中でも便利な位置で暮らしてしまっていたもんだから、したいことはある程度なんでも出来るし、ほしいものはある程度なんでも手に入る生活をして過ごしていた。それが生活の基準になってしまっていたんだなと離れてみて思い知った。
東京なんて絶対に住めない!住む場所じゃない!と思っていて、就職先に選んだ場所は山梨だった。山梨のイメージはあまり都会じゃないけれど、好きなバンドの出身地だったし、果物が美味しそうだし、富士山も見えるしで、悪い場所ではないと思っていた。だけど、実際住んでみると、行く所は3日もたてば行き尽くしてしまった。休みの日にすることがなくなった。札幌でしていたような生活は全くできなかった。仕事が休みの日は山梨で過ごすのがつまらなくて、東京にたくさん行った。休みの日に東京に行くことは楽しかった。人と会うのも一人で過ごすのも、どちらも好きだった。
山梨の生活に慣れないだけかと思っていたけど、そうじゃないと気づいたのは一年半ほど経ってからだった。山梨にはわたしの"好き"がなさすぎた。よくテレビとかで東京の特集を見て、「札幌にはないからなーやっぱ北海道遅れてるなー」とか思っていたけど、札幌ではじゅうぶん好きなものたちに囲まれて生活できていたんだ。生活の中に"好き"がないのは辛かった。自分は自分の好きなもので成り立っている。好きなものがなければ、自分は自分じゃなくなってしまう。好きなものも好きな人もいない山梨は、居場所にはならない。わたしはひとりだ。
絶対住む場所じゃないと思っていた東京に、今は住みたいと思っている。東京にはわたしの"好き"がたくさんあるから。そして札幌ではなかなか手に入らない"好き"にも出会えるから。自分が自分として生きていける場所でわたしは生活したい。
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