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二度と行けないあのお店

三年前のGW、金沢に来て初めての長い連休だったので一人金沢散策をした。金沢駅、近江町市場、21世紀美術館、ひがし茶屋街、兼六園、、。今ではすっかり日常の風景に、当時は心を躍らせていた気がする。(そういえば、「アベンジャーズ・インフィニティウォー」を映画館でみて衝撃を受けたのも三年前のGWだったことをこのエッセイを書きながら思い出した。)

兼六園を堪能した後のお昼過ぎ、近くでご飯を食べようと思い兼六園周辺で店を探した。せっかくだからチェーン店じゃない所にしよう。でも、金沢の名物料理が並ぶ高級店はお金がなくて行けないし、人であふれている観光客に人気の店には自意識が邪魔をして一人では入れない。そんなことを考えながら、フラフラしていたら、民家を改装した様相の定食屋さんに行きついた。入り口には色が落ちかけている食品サンプル、その下に添えられているカツ丼定食屋600円、生姜焼き定食650円等々のお手頃な値段の価格札。外からみると店内もそれほど賑やかじゃない。よし、ここにしよう。

ドアを開くと来客を伝える鈴の音が鳴り、店内からは「いらっしゃいませ」ではなく「は~い」という優しいおばあさんの声がした。70代くらいの老夫婦が営んでいるようで、キッチンの奥には生活感が漂う部屋も見える。四人掛けの座敷席とテーブル席がそれぞれ二つあり、一つの座敷席には小学生くらいの男の子を連れた三人家族がいた。そこから一番離れたテーブル席に座った自分に、おばあさんが出したのは水ではなく暖かいほうじ茶。

店にいた家族がどんな様子だったのかを特に覚えてはいないし、自分が何を注文したのかも忘れたし、店員さんと何か言葉を交わしたわけでもない。だけど、まだ寒さの残る金沢で何となく入ってみたあの店の雰囲気と、自分の喉に通ったほうじ茶の心地のいい温度感は今でも覚えている。

いつかまた行こうと思って約三年が過ぎた先月、久しぶりにその店に行ってみることにした。すると、入り口には色が落ちかけている食品サンプルもお手頃価格の札も無くなっていて、代わりに一枚の紙が貼られている。

「新型コロナウイルスで営業不振のため閉店します 尾張屋」

たった一回しか行ったことのない自分には、この店が尾張屋という名前であることを知らなかった自分には、大きな声で悲しむ資格はないだろうけど、もう一度だけでも行きたかったな。

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