The Last of Us Part IIで感情を揺さぶられた話

はじめまして、ルイといいます。
2020年6月19日に発売された「The Last of Us Part II」をクリアし、印象に残ったことを語りたくなったので初めて記事を書いてみようと思います。
前半ではゲームプレイによって、後半ではストーリーによってそれぞれ感情を揺さぶられた話です。
後半部分にはネタバレがありますのでご注意ください。

「ボタンを押す行為」が「殺す行為」に変化する

発売前からも言われていたようにこのゲームでは相手を殺した際に残りの敵が死んだ仲間の名前を呼びながら悲しんだりこちらへの悪態をついたりしてくる。
これが実際にプレイしてみると想像以上に没入感を高め、単なる「コントローラーのボタンを押す」行為が「銃の引き金を引く」「ナイフを突き立てる」行為へとプレイヤーの認識を変えるようにしていきます。
そしてこの反応によって1度だけではあるのですが本当に「殺した錯覚」に陥りました。
この反応は犬を殺した場合も同様にしてくるのですが「このクソ野郎!」と言われた瞬間ゾワッとした罪悪感に襲われ、思わず「うるさい!」と返してしまいました。この感覚は今まで味わったことが無かったので本当に驚きました。

エリーとアビー、それぞれの視点から描かれる復讐の物語(ネタバレ注意)

ジョエルが死にエリーがシアトルに向かった時「これは復讐しないとな」と思っていました。冷酷になりきれずそれでもWLFの人間を拷問し、殺さないと言ったのに反撃してきた人間を殺し、アビーがエリーのもとにきてエリーの復讐も完遂だと思っていました。

しかしアビー視点が始まりその思いは消えてしまいました。
アビーの復讐の原因は父親を殺されたから、しかもその父親は前作のラストで手術を行おうとしていた医者だった。
この事実だけでも結構きつくなってましたがその後アビーがWLFの人々と楽しく過ごしているシーンを見て「ジョエルを殺したくせに」と思った次の瞬間それが「アビーがジョエルに抱いていた感情」だということに気づき頭を抱えました。(その後今まで殺してきた犬や人々のやり取りを見るのも辛かったです…)
なによりオーウェンとメルそして犬のアリスの死体を見つけエリーへの復讐に向かうシーンで何も言えない状態になっていました。
大切な者を殺された復讐の復讐の復讐の…と延々と続く復讐の連鎖を見て、
エリーが復讐を完遂しても駄目だと知り私の心は完全に破壊されてました。

最後に

ここまで読んで頂きありがとうございます。
ラストについては記事の主題から外れるため書いていませんがエリーが憎しみの解決を復讐しか見いだせず、しかし無抵抗の人間を殺せるほど冷酷になることもできないと見ていて痛々しかったので憎しみとの向き合い方を見つけられたので良かったかなと思いました。

これからも書き続けるかはわかりませんが今回はこれで締めとさせて頂きます、ありがとうございました。

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