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群馬県妙義町にオープンする一棟貸し宿「sazare 」。建築士・坂口陽に聞く、「sazare」で過ごす「自分自身を観察する」ための時間とは。

東京から車で約2時間のところにある群馬県富岡市妙義町に、2022年7月、一棟貸し宿「sazare」がオープンします。

宿の設計を手掛けたのは、東京の住宅会社を退職し、2020年に妙義町で仲間と建築デザイン会社「MYG round」を立ち上げた建築士の坂口陽(さかぐち・よう)さん。
今年1月に知人に連れられて訪ねた妙義町で陽さんに出会った私・ゆりえる(宮﨑有里)が、「sazare」オープンの経緯や、陽さんが大切に思う「自分自身を観察する」時間、そして今後の展開についてお話を聞きました。


山や自然に囲まれた一棟貸し宿「sazare」

東京から車で約2時間、世界遺産「富岡製糸場」の近く、群馬県富岡市妙義町諸戸。自然豊かな森の中に、2022年7月にオープンする宿泊施設「sazare」はあります。

「sazare外観」。床下にある岩を避けるように、床が浮いたつくりになっている。約40年前に別荘として建設された建物を、家主から陽さんが購入し、中を改装、庭を整備した。

「sazare」の建物は、陽さんが大学時代の友人と群馬県妙義町でキャンプ場「いとのにわ」のプロジェクトを進めるなかで、地元の方から「こんな空き家があるのだけどなにかに使えない?」と言われ、気に入って購入したもの。さまざまな人が集まれる場所にしたり、陽さん自身の住居にするなど、どんな使い道にするかを考えながら改装をはじめたそう。

ーーまず気になるのが「sazare」という宿の名前。由来を教えてもらえますか。

この建物の周辺が、妙義山の巨石に囲まれた土地で、その石が”さざれ石”なんです。なのでシンプルに、その山の石の力と、その石の場所をお借りするという意味で「sazare」と名付けました。またそこが富岡市妙義町諸戸字石尾根という地名で、やはりそこに石が根付いている意味合いなのかなと僕は捉えて、石の名前をつけるのが自然かなと。

中に入ると、大きな窓が目に入ります。窓の外には自然の景色が広がり、外に出られるデッキも。

ーー日の光がよく入り、自然が一望できる大きな窓が良いですね。

僕も気に入っています。​​富岡のサッシ屋さんに頼んだら「こんなにでかいのだしたことない」って言われました(笑)元々ここには小さな窓があったのですが、森とつながるように大きな窓にしました。

ーー春夏秋冬で窓の外から見える景色が変わりそう。

はい。春は気候が良く、虫も少ないのでデッキで過ごしやすいです。庭にはろうばいやサザンカの花が咲きます。6月になると、黄緑色だった森の色が濃い深い緑に変わって、湿気や霧も強くなり、森の強さみたいなものが出てきます。森の緑が深くなって、光が入りづらくなるんです。陰と陽でいうと、実は梅雨から夏にかけてが陰の時期。冬はむしろ、葉が落ちて光のエネルギーが土にまで届く陽の時期。普通に考えると、夏が陽で冬が陰のイメージですが、森にいると逆転するなと感じます。

秋は紅葉の色づきが美しいです。春の時期の生き物が沸き立って花が咲くような美しさもありますが、秋から冬にかけて散っていくときの美しさを感じてもらえると思います。冬は生物がいなくなり、森が静かになります。乾いた音しかしない。動物が歩けば森に枝のパキッという音が響き渡る。空気もひんやりして、夜はマイナス15度くらいまで落ちる時もあります。

雪景色の「sazare」
室内には暖炉がある。

ーー人の声や車の音が全くせず、静かですよね。美しい自然のほかにも、近くに観光スポットやおすすめスポットはありますか?

「sazare」から徒歩10分のところに「富岡市立妙義ふるさと美術館」があり、そこから妙義山が一望できます。また美術館の隣には温泉「もみじの湯」もあります。そこからさらに歩いて5分で「妙義神社」。車で行くなら「中ノ岳神社」の轟岩もおすすめです。

妙義山。秋は紅葉が美しく色づく。

「自分自身を観察する」時間を過ごしてもらいたい

ーー「sazare」はどんな場所にしたいと考えてつくられましたか。

もちろんさまざまな方に、それぞれの時間を過ごしていただきたいですが、「sazare」を作る上で想像していたのは、東京で働いている金銭面での不満はないけれど、人生への不安はある、もやもやを抱いているような方に、「sazare」で「自分自身を観察する時間」を過ごしてもらいたいと考えていました。
というのも、僕は以前東京の住宅会社に13年間勤めていて、そこで人間関係や仕事のプレッシャー、ストレスや疲れから同期や若手、管理職など多くの人が病んでいる状況を目の当たりにしていました。その後、もっと広く社会や地域と関わっていきたいと考え、会社を辞めて日本中を旅して回っていた時期に、「人を癒せる場所」を作りたいと思うようになりました。

旅の道中。東北のゲストハウスに滞在しながら内装工事をしている陽さん。
旅の道中。高知県土佐清水市、唐人駄馬にて巨石群に出会い感動している陽さん。

自分のことを考える時間を持つことはなかなか難しいですよね。働いていると、朝の9時から夜の18時まで仕事して、残業して、帰って家族との時間を過ごしたり、YouTubeを見て寝る。そしてまた朝から仕事。という毎日を繰り返していたらそんな時間は到底持てない。なので意識的に自分のことを考える時間を持ってもらえる場所を作りたいなと。
そう考えたのは、僕自身が20代の頃から瞑想をしたり、脳科学を学んでいたこともきっかけのひとつです。

今の自分の思考や感覚と対話する

ーーなぜ「自分自身を観察する時間」を過ごしてもらいたいと思うのですか?

僕も悩むことが多いからかもしれませんが、昔から人の相談を受けることが多く、わりと人と対話をしてきたと思っているなかで、悩みを解決する糸口はその人自身のなかにあるのに、多くの人が解決する方法を自身の外に求めているのではないかと感じています。
自分が恐れたことの解決策を自身の外に求めたら、怒りや暴力で相手を攻撃することになる。でも相手を変えることはできないから解決せずいらいらして、悪いサイクルが回る。自分の苦しみがなぜ生まれたのかを自分のなかに問いただし、かつその要因に気づいたときにそれを受け入れられるかどうかが大事なのではないかと考えています。

あるいは、勝手に未来に何かを期待して、その通りにならなかったから勝手に裏切られた気持ちになって自分にいらだつ。でも、ない未来を想像して苦しんでいることが実はナンセンスだったりして。
今生きている自分を無視して過去や未来に想像を飛ばすのではなく、今感じている肌の感覚や、香りや味の変化を感じることに時間を使ったり、今の自分の思考や感覚と対話できるかが重要だと考えています。つまりそれが「自分自身を観察する」こと。現時点で僕が一番大切だと思っていることです。

「自分自身を観察する」ための過ごし方とは

ーー「自分自身を観察する」ためにはどうすれば良いのでしょうか。変なことを言うかもしれませんが、都会暮らしに慣れてしまった私は、大自然に囲まれたシンプルなこの空間でどのように過ごせば良いのか、戸惑ってしまうかもしれないと思いました。

戸惑いますよね。そうですね…まずは頭のなかのノイズを取り除く。スマホでいうバックグラウンド再生みたいなものが人にもあるので、それを落とす。例えば5分間テラスで目を閉じて耳に入ってくる情報にだけ意識を向けたり、食事を普段よりゆっくり食べて味のひとつひとつを感じ取ってみる。
「本来の自分」というと漠然としていますが、たとえば自分の自然な呼吸のリズムとか、自然な声の大きさとか、自分が聞こえている範囲や見えているものや色などそういうひとつひとつの五感と向き合って、自分と対話するような時間を過ごしてもらうと良いかもしれません。

ーーなるほど、ありがとうございます。実際に泊まって実践してみようと思います。

キャンプやヨガ、サウナなど一般的にリフレッシュと思われる施設や設備をもうけていないのは、そういう対外的ななにかを使って自分を癒すよりも、なにも使わないことが一番効果的だと考えているからです。言い換えると、自分で自分を癒す方法さえできるようになってしまえば何もいらない。
たとえばその方法のひとつとして瞑想があります。僕にとって瞑想はサウナと水風呂で得られるととのう感覚を、サウナなどの外的刺激を使わずに得る方法です。ととのえるために火やクリスタルなどの道具を使ったり、特定の場所に行く必要がなくなる。つまり、究極瞑想ができるようになると、なにも使わないで自分のなかをととのえることができる。自分で自分を癒すことを前提に、「sazare」は最低限、空間の部分でのお手伝いができたらと思っています。
まだ準備できていないのですが、ゆくゆくは僕が瞑想のお手伝いをするプランなども用意できたらと考えています。

灯りは岐阜県のガラス作家・安土草多さんのもの。妙義町の隣の下仁田町にお店を構えるnitayさんで購入。

ーーなるほど。「sazare」が何も使わなくても自分自身を観察するための環境を用意しているという今のお話を聞いて、シンプルな空間の理由がわかりました。

もちろんワーケーションやキャンプ、創作活動、休暇など、使い方・過ごし方は自由です。宿として使い方を強制したくはないので、過ごし方のルールはもうけていません。
一棟貸しで基本ワンルームで一体になっていて、テーブルや椅子、ベットも含めて居場所をいくつか作っています。気分を変えながら自分の心地よい場所を見つけて、自分の状態がととのったら文章や絵を書いたり、アイデアを考えたり、創作活動に集中するのにも良いかもしれません。僕もまだ気づいていない使い方を見つけていただけたら嬉しいです。

「sazare」の内装

夢は群馬県妙義町を地方都市の一例にすること

ーー最後に、まだ「sazare」がオープンしたばかりではありますが、次に構想していることがあれば聞かせてください。

群馬県富岡市妙義町で、大人と子どもが入り混じった遊び場のような地域のロールモデルをつくりたいです。そもそも僕と友人の水澤充(みずさわ・みつる)くんとつくった会社「MYG round」の名前の由来は、MYG=妙義、round=丸、別読みするとマイグラウンドなのでぼくらのグラウンド、遊び場。妙義をまるっとまとめるという意味と、妙義を大人と子供の入り混じった遊び場にしたいという思いが込められています。そのひとつとして「sazare」をつくりました。

(左)水澤充さん(右)陽さん

僕も充くんも、さまざまな地方都市でいろんな仕事をさせてもらっていますが、大体どこも移住してくれる人を探そうとしているんですよね。日本全体で見たらもう若い人口が減っているなかで、ある地域に移住者が集まったら、どこかの地域が死ぬことになるのではと僕は考えています。外から人を増やすよりも、地域ごとの自然環境や特徴に準じた遊び場みたいなものを作って、それをみんなが周って遊んで、そこで経済も回る。そうなれば、地方の自治体の良いかたちが作れるんじゃないかと思っていて、その一例を妙義でつくりたいです。

(左から)充さん、ゆりえる、陽さん。2022年5月に開催された野外音楽フェス「FUJI&SUN」の現場に、スタッフとして参加していた合間にぱしゃり。

ーー今後も群馬県富岡市妙義町では、いろいろな展開がありそうですね。宿や自然を楽しむのはもちろん、妙義町という地域や、陽さんという人と出会いに、ぜひ「sazare」を訪れていただきたいです。陽さんありがとうございました。

キャンプ場「いとのにわ」の看板犬クマさん

sazare
一日1組2名限定 完全予約制、一棟貸し宿
ご予約はWEBサイトから
WEBサイト:https://sazare.myground.co.jp
Instagram:
https://www.instagram.com/sazare_in_myogi/

坂口陽(さかぐち・よう)
MYG round株式会社。一級建築士・演奏家。1983年神奈川県茅ヶ崎市出身。2006年東京理科大学理工学部工業科学科卒業。2020年坂口陽一級建築士事務所設立、ゲストハウス「太陽堂」設計、写真家蓮井幹生氏 portrait studio「森の隣の写真室」設計。

聞き手・執筆:宮﨑有里(みやざき・ゆり)
ニックネームはゆりえる。1995年千葉県生まれ。青山学院大学総合文化政策学部卒業。学生時代から都内のさまざまなアートプロジェクトのボランティアに参加。2019年〜2021年NPO法人トッピングイースト兼「Tokyo Tokyo FESITVAL スペシャル13『隅田川怒涛』」の事務局を務め、現在はフリーランスで音楽やアートプロジェクトの制作/運営/広報に携わる。好きなものは芋、プラナリア。最近興味のあることは畜産農業と演じること。

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