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「好き!」を仕事に。自然療法を学び「自分の居場所」を作ってほしい。ーーリフレガーデン 代表 藤川 友子さん

「リフレガーデン」を運営し、講師を務める藤川さん。関西で大手ヒーリングスクールの講師として活躍後、鳥取にUターン、起業されてリフレクソロジーやアロマテラピーなど自然療法のサロンとスクールを運営。現在はスクールの講師として活躍し、これまで1000人を超える受講生の指導に携わってきました。
安定した会社員の生活を離れ起業へ至るまでの道のりや、仕事への思いをお話しいただきました。

リフレクソロジーやアロマテラピー、自然療法に魅了されて 


__現在、どのような事業を行っていますか?

以前は鳥取市・米子市・日吉津村でサロンを営業していましたが、現在は鳥取市を拠点として、スクールを柱に活動しています。対面での講座の他にオンライン講座も提供し、県外や海外から受講する方もいます。

スクールの軸は主に3つあり、1つ目は、リフレクソロジー、整体、オイルトリートメントなどの施術を教える講座です。2つ目は、アロマの成分を詳しく学び資格取得を目指すことができるアロマテラピーの講座。そして3つ目は、アロマを使った体質診断法である嗅覚反応分析の資格講座を開講していて、それらをまとめて自然療法と呼んでいます。

受講生の中には医療従事者も多く、医学の得意分野と自然療法の得意分野の両面からアプローチしたいと考えて受講に至るケースも多いですね。また、アロマや施術などを学ぶメリットのひとつには、医療従事者でなくても自然のお手当て法として使いこなせることにあると思います。こんな方法があるんだと知っていただき、日常の様々なシーンで役立ててもらいたいと思っています。

その他に、医療・看護・介護業界・行政・学校などからの講師依頼を受けて、自然療法についてお話ししたり、企業からの依頼で社員のメンタルヘルスに関わったりしています。

一度は見失った居場所、起業が新しい可能性に気づかせてくれた


__事業をはじめるまで、どのようなお仕事を経験されましたか?

以前は、一部上場企業で働く会社員でした。女性社員が転勤するという前例もない時代でしたが、鳥取営業所の急な閉鎖に伴い「とりあえず行くしかない......」と大阪支店に転勤することに。

社員の数も鳥取営業所とは桁違いの支店で働き、通勤のために毎日満員電車に乗るなど、都会での生活に戸惑い、自分の存在価値や居場所を失ったように感じていました。

そんな中、会社員をしながら週末に「リフレクソロジー」のスクールに通い始めたんです。学びを深めるにつれて「これはすごい!」とリフレクソロジーの可能性を感じ、どんどんとのめり込んでいきました。足の裏で体の状態が分かるなど人体の凄さに魅了されていました。

会社員として平日は働きながら、週末はスクールに通うという生活を続けていた時、受講していたスクールからある日「スクールの講師になりませんか?」というお誘いをいただきました。「やります!」とすぐに講師を始めることを決断し、同時にサロンでの修行も希望したので、会社とスクール、サロンの「三足の草鞋」を履く生活を送ることに。「居場所ができた!」と楽しくて探究心でいっぱいでした。

__起業を考えるようになったきっかけは何ですか?

お世話になった会社の仕事も最後までやり遂げたいと考え、サロンやスクールの仕事と両立していました。しかし、平日は会社員として仕事をし、週末はサロンとスクールで働き終電で帰るという生活を休みなく数か月続けるうちに、体への負担が大きくなって.....。

会社員には安定がありますが、講師業にはなんの保障もありません。でも、どちらか選ぶなら「絶対こっち!」と、サロンやスクールで働く道を選択。大阪・名古屋・広島・福岡とクラスを任されるようになり、大阪へ来たころは居場所が無かった自分が「求められている」と感じられるようになりました。

2000年ごろリフレクソロジーの大ブームが起こり、50人規模の講座を担当していると、受講生の中に鳥取弁を話す人の姿が。遠く鳥取から何度も通っている方がいることを知り、「鳥取には学ぶ場所が無い、それならいつか私がスクールを起業したい」と考えるようになりました。「自分で自分の居場所を作りたい」と思った事が大きいですね。

「身につけた技術」を頼りにサロンをスタート


__起業した当初の様子をお聞かせください。

地元の青谷町に戻り、姉が自宅で美容院をしていたので、奥の6畳の部屋をなんとか洋風に変え自宅開業からスタート。

TVや雑誌の取材を受けると、「新しい店ができた」、「リフレクソロジーって何?」と関心を寄せる人が増え、鳥取市にサロンとスクールのお店を構えることに。すると、米子市からスクールに通う人も現れて、需要を感じたことから米子市にも出店しました。

__事業を始めるときに、大変だったことは何ですか?

起業についての情報やサポートを得られないまま、「やりたい!」という気持ちだけで始めたことですね。持っていたのは、サロンやスクールで身につけてきた技術だけでした。

起業するには、経営者としてのスキル、雇用や総務、労務、経営など知っておいたほうがいいことがたくさんあります。でもメンターのように伴走してくれる人もおらず、リスクを心配する両親からは「もう辞めておいたら」と反対されていました。

知識が無いからこそ、怖れずに進むことができた面もあります。でも、失敗もたくさんしました。たとえば、銀行から融資を受けて出店し、返済が大変で苦労した時代もありました。もう少し勉強してからスタートできたらよかったなと思いますね。

__これから起業する方に、伝えたいことはありますか?

以前は、起業するとなると「店舗を構えないといけない」、「副業はありえない」など、0か100かという考え方が常識でした。

でも今は、多様性が尊重される時代になったので、起業の仕方も人それぞれ。鳥取から、全国各地や海外と繋がることもできます。どのようなスタイルであっても、たとえお金がなくても、アイデア次第で出来ることはたくさんある気がします。

むしろ、起業と同時に「会社を辞めるのを辞めとき〜」とアドバイスしたいですね。徐々に、事業へとシフトしていったらいいのではと思います。

大事にするものの変化、事業をスクールに一本化する


__起業して21年目だとお聞きしました。事業内容の変化や転換点はありましたか?

仕事が好きで、24時間365日走り続けているようなところもありました。指は変形性関節症と診断され、マッサージのような仕事にはドクターストップがかかるほどでしたが、無理をして続けていたら、骨折してしまって......。

さらにスタッフの事故などいろんなことが重なり、「事業転換のときなのかな」、私が一馬力で走り続けるよりも「人を育て、技術を持った人を増やすことに全力を注いだほうがいいのでは」と思うようになりました。

やりたいという勢いや情熱で始めた起業当初のころと比べると、だんだんと大事にすべきこと、本当に伝えていきたいことが変わってきたのだと感じる頃でもありました。

考慮の末、スクールとサロンの2本柱だった事業を、2019年にスクールのみに一本化。拠点を米子市から鳥取市に移しました。

「またゼロからか......、うまくいく保証もないし、このまま終わっていくのかな」という不安を抱えていた私に一本の連絡がありました。

私が鳥取市に戻ってきたことを知った20年前の受講生が、「先生、また施術チェックしてください。今サロンに勤めてるけど技術に不安があるから先生に見てほしい。」と連絡をくれたんです。
この一言が、再び「自分の居場所」を感じさせてもらえる言葉となったことを今でも鮮明に覚えています。

__事業を再編して、仕事と暮らしのバランスに変化はありましたか?

今でも、誰かが止めてくれない限りずっと続けるくらい仕事が好き。一方で、今は自分の健康と向き合い、素材を大切にしてご飯をつくる時間の余裕も持っています。鳥取市と米子市で遠距離結婚生活を送っていた夫とも一緒に暮らせるようになりました。

起業していると、仕事と暮らしのバランスは、自分の裁量でいかようにもなります。プロ意識を持ってやりたいので、長時間集中して仕事をすることもありますが、バランスは自分でとっていくしかないと感じています。

学ぶことで強くなっていく受講生を見る喜び


__これからのビジョンを教えてください。

受講生からよくこんなお声をいただきます。「今までは子供のカラダやココロの不調があっても不安になるばかりで、ずっと自分を責めたり悩んだりしていました。でも今の自分は、自然のお手当て法を知っているから大丈夫!という心強さがあるんです。」「まずは自分でやってみよう!と思えることで、どんと構えていられるようになりました。」と。

「セルフケアでの成功体験」を通して、「他力本願から自分軸を持つ」という思考に変わる。
今後の講師活動を通して、そんな機会を提供していきたいです。

__講師として伝えたい想い、大切にしたい想いは何ですか?

「子どもがいるから、女性だから......」と自分の持つ可能性をあきらめないでほしいと思っています。スクールでは、自分に自信を持てなかった受講生が、知識や技術を身につけることによって、どんどん強くなっていく姿をつぶさにみることできます。

実は私も、自分に勝手に枠を作って「30歳で始めるなんて、もう遅い......」と感じていた頃もありました。でも、起業したことによって自分の可能性に気づき、現在も自己成長を感じ続けています。「何歳からでも遅くない」、「今からでもどんどん新しいことをやります」と言えるようになりました。

好きなことが仕事になり、毎日が楽しく「起業最高!」とありがたく感じています。大変さは会社員のころとは比べ物になりませんが、好きを仕事にしたからこそ得られているものはそれ以上。絶対にやめられません。

何歳になっても、どんな環境にあっても、「自分の居場所を作ることができる」ということを伝えていきたいですね。

Webサイト SNS(Instagram) で日々の活動を発信しています)

“固定観念を手放すと、可能性が広がる”と、ユーモアを交えながらお話しくださった藤川さん。働くことの楽しさが、言葉のはしばしから伝わってきました。「起業への一歩を踏み出したい」と考えている方へ、自分を見つめるヒントと勇気を届けるインタビューになりました。藤川さん、ありがとうございました。

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