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創造的思考力の調査について、そして国際調査の結果を読むことについて


PISA2022の創造的思考力

OECDが3年ごとに実施するPISA(OECD生徒の学習到達度調査)2022では、さまざまな文脈で15歳の生徒が創造的に思考する能力を評価するクリエイティブ・シンキング(Creative Thinking:創造的思考力)の測定が試みられた。

PISAが《創造的思考力》を調査項目に取り入れる背景には、AI時代の社会での成功に重要なスキルとして学びや経験をもとに創造的に考え、新たな課題に適応する能力が意識されており、そうしたスキルを形成する教育実践とそのシステムを求める議論の高まりがある。

なお、この調査項目はオプションで行われ、日本はこれに参加していない(個人的には妥当な判断と考えている)。

では、OECDがPISAで測定を試みた《創造的思考力》とはどのようなものだろうか。

OECDは《創造的思考力》を、アイデアを生成すること、複数の視点から考察すること、そして革新的な解決策につながる生産的な思考プロセスを実践することを総合的にとらえた能力と定義する。その上で《創造的思考力》を評価する枠組み(フレームワーク)を4要素に分類し、それらの要素を測定する課題(タスク)として4つのドメインを提示する:

能力評価のフレームワーク

  1.  多様なアイデア(及び応答)を生成する能力

  2.  新規的で価値を伴うアイデアを生成する能力

  3.  アイデアを批判的に検討して改善する能力

  4.  アイデアを効果的に実行する能力

能力評価に用いる課題のドメイン

  1.  文章表現(創造的な作文・小説やエッセイ)

  2.  視覚表現(視覚的な表現ー絵などを描くタスク)

  3.  科学的な問題解決(科学的な問題に革新的な解決策を示すタスク)

  4.  社会的な問題解決(社会と対人的な問題に創造的に応答するタスク)

《創造的思考力》の枠組み(OECD 2023: 150)

PISA2022の調査は、創造的思考のプロセスと結果の双方を測定するために、生徒の回答を予め設定した創造性の基準に照らしてスコアリングする。PISAにはこれまでも選択式の設問に加えて、文章の要約や意見を述べる問題、数学的な推論を説明する問題などがある。

PISA 2018の読解力問題の例(国立教育政策研究所)
https://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/pdf/2018/04_example.pdf

ただし、従来の読解力・数的リテラシー・科学的リテラシーのスコアリング基準と、生徒の応答の「革新性と新規制」を評価する《創造的思考力》のスコアリング基準はかなり異なると考えられる。そして後者のスコアリング(評価)には評価者の主観の影響が大であると考えられる。しかし、こうした点は調査設計の段階で十分に考慮されているはずで、問題や課題として焦点をあてる必要性は低い。

スコアリングのプロセスー多様な視点からの思考(OECD 2023: 154)
スコアリングのプロセスー思考の革新性(OECD 2023: 155)

OECDが強調した分析結果

2024年6月18・19日にパリのOECD本部では、PISA2022の《創造的思考力》の調査結果の公表に合わせてシンポジウムが開催された。PISAとは別部門のプロジェクトに関わってシンポジウムに登壇する機会をいただいたことで、OECDの教育スキル局のシュライヒャー局長が《創造的思考力》の調査結果を世界に向けて紹介するのを同じ会場で聞いた。

「The State of Teacher Professionalism and Key Challenges for Teacher Policies to Facilitate Creative Thinking and Research Use」というタイトルで報告。教育実践の現場で《創造的思考力》の展開を図る政策の議論が進むなかで、それらの政策が教師の専門職性に与えるインパクトを実証的に分析した結果を報告(OECD本部・6月18日)

局長のプレゼンは、PISA2022で《創造的思考力》を測定した成果を強調していた。シンポジウム全体のトーンも、その強調された成果をもって、《創造的思考力》を形成する政策と実践の構築を目指すものだった。調査の設計と実施を行うOECD主催のシンポジウムであるため、このようなトーンになるのは至極当然である。ただし、そのトーンをそのまま受け取ってはならないのは、投資を持ちかけてきた人の言葉をそのまま受け取らないのと同じこと。研究で重要な視点と日常の社会生活での常識とは、意外と親和性が高い。

《創造的思考力》を測定することについて

先にふれたように、《創造的思考力》を測定して評価(スコアリング)する方法にはまだ疑問が残る。ただし、「ここまで〈測定〉できるようになったか」と正直に感心した。関係各位の努力には敬服する。

教育の「成果(output)」は容易に測定できないという主張は正しい。ただし、それは測定する努力を無意味であるとか害悪であるとかする主張に正当性を与えるものではない。公教育に公共投資を求めるのであれば、投資に見合う効果(impact)を成果(output)として政策決定者とその背後にいる市民にわかりやすく提示するのは、教育に関わる専門性を持つ関係者が自ら担う責任(responsibility)であり、社会的に要請される責任(accountability)だろう。

測定のあり方の正しさや、測定する対象の合理性、さらには測定されたものから導かれる認識や解釈の真正性は問わなくてはならないし、問い続けなければならない。ただし、教育の効果の全容を測定して表すことが難しいという『事実・現実』は、効果(impact)を可視化するために任意の事象を成果(output)として測定する取組の否定に合理性を与えない。

この意味で、PISA2022が測定する《創造的思考力》が意味するものについては疑問が残るが、《創造的思考力》を測定する試みは大きく前進したと感じた(具体的にはPISA2022の報告書を読むべき)。

気になる問題ー女子の創造的思考力が男子よりも高い

PISA2022の《創造的思考力》の調査結果のうち、OECDが特に強調するのが、女子の創造的思考力が男子よりも高いという分析結果である。

女子は男子よりも創造的思考力がかなり高く、創造性の全般と創造的な仕事をする能力についても、男子よりも肯定的に認識していた。さらに、《創造的思考力》との関連性が想定される好奇心、新しい考え方への開放性、粘り強さとともに女子は男子よりも高く、この傾向は各国地域を横断して観察された。

この結果をどう解釈すれば良いのだろうか。OECDはこうした点で態度を明確にしない代わりに、「女性は男性より創造的思考力がかなり高い」という結果を殊更に強調する傾向がある。そこでは、ナイーブな聞き手がこうした結果を聞いてそのまま納得してしまうという問題がある。

しかし、《創造的思考力》は遺伝子によって決定されるのだろうか?または、それぞれの社会での性別的分業意識などの社会的な要因によるのだろうか。今回の調査結果は、各国地域を横断して女性の《創造的思考力》が男性をかなり上回るという結果であり、結果を見る限りにおいてそれぞれの国地域のジェンダー・インデックスとの相関はなさそう(下図)なので、遺伝子だろうか(まぁ違う)?

《創造的思考力》の性別差(男性の得点から女性の得点を引いた差)(OECD PISA2022)

ここで「なぜ?」「何が影響しているのだろう?」と考えることが不可欠。ただ、OECDは調査結果を示すにあたって、そのような問いを提示しない。

検証していないから私見にとどまるけど、これはおそらく擬似相関。要因は別のところにある。そして、その要因を考えれば、PISA2022が測定する《創造的思考力》が、何を測定しているか(測定できているか)を考える視点につながる。先にOECDを訪問した際には、この辺りの話を複数の関係者としてきた。意見交換は重要。

この結果を擬似相関にしている他の因子は何か〜は、ここでは書かない。それぞれに考えればいいことだし、検証すればいいこと。勿体ぶっているのではなくて、ちょっと書くのが面倒くさいし、自分で検証すれば論文を数本書くことができる。

国際機関による調査結果やエビデンスと付き合うこと

少し考えれば当然のことだが、OECDは調査結果をOECDの都合で解釈して用いる。ここではOECDが測定する《創造的思考力》の結果が各国地域の政策と実践に(従来のPISAが示さない)新しい視点をもたらすというインパクトを強調することにOECD側のプライオリティがある。「女性の《創造的思考力》は男性よりかなり高い」という結果は、リベラルな民主主義と市場経済を推進する視点からもインパクトが高い。そして、従来のPISAの調査結果と《創造的思考力》を組み合わせた分析の可能性を示すことは、OECD教育スキル局のドル箱であるPISAの影響力を強化する。

こういうことを書くと、OECDは『正確』に情報を伝えないなどと極めて的外れな理解や批判をする人がいる。繰り返すが、極めて的外れである。

OECDは「わたしたち」を視野に調査をするが、「あなた」のための調査報告をしない(個別の調査分析には費用負担を要する)。こうした国際比較調査の結果を解釈して意味を与えるのは「わたしたち」でなくてはならない。そしてOECDの調査は完全無欠ではないし、そもそも批判に開かれている(批判せずに鵜呑みにする人や組織が多いのは別の問題)。そのために、OECDが刊行する報告書はすべてオンラインで読むことができ、2024年7月1日からはダウンロードも無償化されている。

言い方は良くないが、鵜呑みにする方が悪い。また、都合よく示された結果をそのまま理解する方が悪い。それぞれの国地域に研究機関があるはずであり、研究者もいる。報告書や調査設計書は公開されているし、Raw Dataも公開されている。それぞれ自前の研究機関で検証しないのはなぜか。学校で教わったことをそのままに学んだり、よくわからない入試制度に従順に従って入試対策を「学び」と勘違いしてきた客体的な主体には、これはちょっとしたカルチャーショックかもしれない(言い方が悪ければごめんなさい)。

それこそ《創造的思考力》を働かせなくてはならない。

文中の引用文献




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