「芸術の化身たれ」のさわり

note創作大賞の#オールジャンル部門に戯曲を投稿しました。
東宝演劇アカデミー時代の習作です。
note初心者のため、作品のリンクが貼れません。テキストをURL化できないんです(どなたかやり方ご存じの方も教え下さい)。
なので、さわりをコピペして貼りつけます。

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      芸術の神の化身たれ                              

        ―女優・森 律子と彼女を巡る人々の物語―

 場 割

第一幕

第一場 東京・京橋采女町 森家の居間

    (明治四十一年八月下旬、深夜)

第二場 芝桜田本郷町 女優養成所

    (明治四十一年九月十五日、午後)

 第三場 日比谷・帝劇楽屋

     (明治四十五年の初春、夜) 

 第四場 小田原・通称「掃雲台」の益田家別荘

     (大正二年の夏、夜)

第五場 東京・京橋采女町 森家の居間

     (大正五年一月中旬、夜)

第六場 第一高等学校門付近

    (大正五年三月一日、午後)

第七場 東京・京橋采女町・森家の居間

    (大正五年五月三日、深夜)

第二幕

第一場 小田原・通称「掃雲台」の益田家別荘

    (大正八年の晩春、午後)

第二場 日比谷・帝劇楽屋

    (昭和四年十二月四日、夕方)

第三場 小田原・通称「掃雲台」の益田家別荘

    (昭和二十八年の夏、夕暮れ時

登場人物

森 律子 帝劇女優

益田太郎 実業家。帝劇取締役にして座付作家

森  律子の姉・岩谷政子の娘でのちの女優。劇中一部でナレーション役

も務める。

森 房吉 律子の弟。一高生

森 肇  律子の父。「長髪弁護士」の異名をとる弁護士であり代議士

森 芳子 律子の母

岩谷政子 律子の姉

岩谷安子 政子の娘(子役)


渋澤栄一 帝劇創立者

川上貞奴 女優養成所所長

河村菊枝 帝国女優養成所一期生

初瀬浪子 右に同じ

田中勝代 右に同じ

矢野ふじ子 右に同じ


以下は兼役

開業式会場係員

新聞記者1~3

一高生1~3

益田家の客1~3

益田家のウエイターたち

益田家執事・内藤

帝劇女優1~2

帝劇役員・社員たち・他女優たち・舞台方たち

益田家女中・静子 

粗 筋

 明治四十一年の夏、森 律子は帝国女優養成所の女優募集の新聞記事に「体を電気で打ちぬかれたようなショックを感じ」、女優を目指すことを心に誓う。短刀一振を前に「いざという場合は、死を覚悟に臨め」という父親・肇の言葉に励まされた律子は、その年の九月、川上貞奴が所長を務める帝国女優養成所一期生となる。そして、その入所式で律子は、演劇という芸術上、また生涯のパートナーともなる益田太郎と出会うのだった。

 帝劇完成とともに律子は初舞台を迎える。ものめずらしさもあって女優劇は好評を得たが、成功の喜びも醒めやらぬ頃、帝劇に乗りこんできた文芸協会の西洋近代劇、そして主演女優の松井須磨子に大きく水をあけられる。あせる帝劇側女優たち。律子は帝劇経営陣の後押しもあって大正二年、半年間の欧州演劇視察の旅へ出る。イギリス、フランスと演劇の本場のエネルギーを精力的に吸い取り、気品ある女優に成長した律子は、帰国後、太郎との恋に落ちる。

律子は帝劇女優の第一人者となるが、世間の評判は相変わらずの女優蔑視が続いていた。そして、ある日、律子にとって衝撃的な事件が起きる。律子の最大の理解者である弟・房吉が鉄道自殺を遂げたのだ。原因は、房吉が通う一高の記念祭で、上級生から「女優は帰れ」と姉をののしられたことだった。変わり果てた弟の姿を見て、女優を辞めることを決心する律子。だが、「女優を続けることが房吉の死にむくいること」と肇に一喝される。

 大正八年、姉・政子がスペイン風邪で死去し、律子は残された娘、安子と赫子を養女とする。ライバルであった松井須磨子、仲のよかった弟、そして姉を次々と失い、心の大きな空洞を、師であり恋人である太郎との秘めた恋にますます求めていくようになる。帝劇のこれからを模索する太郎。それに芝居で答えようとする律子。東京を演劇の都にしようと夢見る二人。しかし、それは関東大震災で打ち砕かれる。

 昭和に入り、帝劇も復興し、以前の華やかな舞台生活が戻ってきたのもつかの間、経営不振により帝劇は松竹に譲渡されることになる。ついに引退を決意する律子。しかし、太郎に「あなたは帝劇だけの女優ではないはずだ」と励まされ、やはり、女優業を続けていこうとする。赫子はそんな律子の姿を見て、女優になりたいと告げる。律子から赫子へ、確実に女優魂は受け継がれていたのであった。

 昭和二十八年、十年前に女優を引退した律子は、小田原の益田家別荘で体の衰えた太郎の世話を続けていた。一人の女性としての穏やかな日々。そこへ赫子が訪れる。戦前、戦後を振り返り、なつかしい話に花を咲かせながら、母子として、女優として、過去の自分とこれからの自分にお互いの姿を重ねる二人。奔放な活躍していた赫子だったが、視力が衰え始め、失明の危機を迎えていた。それでも女優という仕事に意欲を見せる赫子を、自分の代わりに守って欲しい、と律子は “芸術の神”に祈るのだった。

参考文献

 花を投げた女たち(文芸春秋社)・永畑道子著

 女優生活廿年(大空社)・森律子著

 明治・大正家庭史年表1868―1925(河出書房新社)

 開 幕

    

        スライド幕(場面転換の幕としても機能する)に大きく映
        し出された束髪、振袖姿で椅子に座る森 律子の肖像写
        真。明治四十一年、帝国女優養成所開業式の記念撮影のも
        の。


赫 子(声) 二十世紀初頭は、世界中があらゆる意味でそれまでの因習、思想、文化に決別し、新しい価値観を生み出そうとしていた、その胎動期でした。そのような新しい潮流の只中にあった明治の末期、一人の女学生が、自らの意思を持ってある一筋の道へ踏み出そうとしていました。

その人の名は森 律子。幼くして実の母を亡くした私の育ての親となり、時には立ち振る舞いのあまりの立派さに反発を感じ、それでも「ママ」と呼んで終生親しんだ女性。彼女が選んだ職業は、「女優」だっただのです。

   

        スライド幕上がると舞台溶明。

         


第 一 幕

    第 一 場 東京・京橋采女町 森家の居間

          (明治四十一年八月下旬、深夜)


        中央に質素だが品のいい調度品が並ぶ居間。その上手側は

        仏間。下手側が玄関にあたる。

        玄関をガラガラと開ける大きな音に続いてばたばたと音。

        心踊る様子で律子(十八歳)、居間へ入ってくる。

     

律 子 ただいま! (荷物を下ろしながら)お父様、まだ起きていらっしゃいますか? お父様~!


        下ろした手提げ鞄から新聞紙を取り出し、眺めすがめつし
        いる律子。

        正面の襖の奥から、寝間着姿の芳子が居間へ入ってくる。


芳 子 (驚き)まあ、いったいどうしたの?

律 子 あ! お母様。起こしてごめんなさい。お父様はまだ、起きていらっしゃいますか?

芳 子 そんな大きな声を出して。政子や房吉も起きてしまうわ。お父様だってとっくにお休みになっていますよ。

律 子 (肩をすくめて)ごめんなさい。

芳 子 こんな夜中に戻ってくるなんて。一緒に旅行に行ったお友達と喧嘩でもしたの?

律 子 喧嘩なんて…。今ごろは銚子の波の音でも聞きながら、もうみんな夢の中よ。

芳 子 みなさんを置いて、一人でさっさと帰ってきたの? (あきれて)まあ、あなたっていう人は。


        寝間着姿の肇が入ってくる。


肇   なんの騒ぎだ、お前たち。

芳 子 ああ、あなた。律子が戻ってまいりましたので。

肇   なんだ、忘れ物でもしたか?

芳 子 まあ、娘が夜中に帰ってきたというのに、そんなのんきなことをおっしゃって。

律 子 お父様、お話があるんです。

肇   うむ。夜中に飛んで戻るくらいならば、よほどのことかな? いったい、なんだ?

律子  私、今日、女優になることを決心したんです!


        肇と芳子、しばし呆気にとられる。


肇   なに、女優だと? 何、寝ぼけたことをゆうとるんだ。

律 子 (新聞を差し出し、指差して)とにかく、これを、これをご覧ください!

肇   (新聞を手に取り音読)「川上貞奴がかねてより計画中の女優養成は、 内部の準備整いていよいよ発表することとなりたり。…養成所は帝国女優養成所と名づけ、九月一日より開演する筈にて場所を選定中当分のうち木挽町十丁目七番地へ事務所を置き…(あとは黙読)」というと何か、お前は“女役者”にでもなるつもりなのか?

律 子 いやだわ、お父様。私が目指すのはこれまでのような“女役者”では

ありません。

肇   女役者と女優と、いったいどこがどう違うというんだ?

律 子 私がめざす女優というのは…(勢いが急にしぼみ、言葉につまる)、つまり、あの…

肇   それみろ、答えられまい。

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