シリキ・ウトゥンドゥから学ぶ債務不履行責任の基礎

 『1899年12月31日、ハイタワー三世はホテルで記者会見を開きアフリカの秘境で手に入れたシリキ ・ウトゥンドゥと呼ばれる奇妙な偶像を公開しました。そしてその夜、彼は行方不明となりました。・・・』
 ホテルツアーに参加したゲストはキャストに案内されながら、トンデモエレベーターに乗り込み、ハリソン・ハイタワー三世(以下「ハイタワー三世」)と思わしき声に「愚か者・・・」と罵られつつ、ハイタワー三世が姿を消した真実を目の当たりにするわけですが、エレベーターが上がり切ったあたりで、誰しもがふと疑問を抱くと思います。

「シリキ様がハイタワー三世を消せる根拠は?」

 感情に任せて人を消すのはよくありませんが、きっとシリキ様も理由があってハイタワー三世を消したのでしょう。現にハイタワー三世もたばこの火をシリキ様の頭にグリグリ押し付けるなどに始まり、なんとも不敬な行為を複数働いた記録(東京ディズニーリゾート公式設定)があるわけで、そう考えると、どう転んでもハイタワー三世が悪そうです。愚か者はどっちやねん。
 とはいえ、「嫌なことをされた」という抽象的な理由だけで人を消すのは、やはりもってのほかです。そこで今回は、日本法の民法における債務不履行責任について平たく簡単に詳細を省きながら解説しつつ、「シリキ様は根拠をもって正当にハイタワー三世を消したのか。」を検討しようと思います。(なお、準拠法は日本法である旨、両当事者間で取り決められていたものとします)
あ、あと。法学有識者の皆様方、どうかお手柔らかに・・・。


Ⅰ.契約と債権・債務

まずは簡単に、「契約」とは何かを説明しましょう。「契約」とは、言ってしまえば「約束」です。日本の民法では、多くの契約は口頭による契約の申込と、それに対する承諾で成立し、当事者間に「○○できる権利」と「○○しなければいけない義務」が生じます。契約においては前者を「債権」、後者を「債務」と呼び、当事者間は契約が終了するまで、これらの権利義務に縛られます。また、債権がある者を「債権者」、債務がある者「債務者」と呼びます。

Ⅱ.債務不履行とは

「債務不履行」は、自分が果たすべき債務を全うしなかった、ということです。債務を全うしないことを「不履行」といいます。(反対に、債務を全うすることは「履行」と呼びます。)

Ⅲ.債務不履行の要件と効果

 「要件」は「発生条件」くらいに、「効果」は「要件が揃った場合にどうなるか」くらいで捉えるのが良いと思います。
 債務不履行(※1)の要件(※2)は言葉の通り、「債務者が、契約上の債務を(その趣旨に従って)履行しなかったこと」です。そしてその効果は「履行の請求権」「損害賠償請求権」と「解除権」の発生です。

「履行の請求権」(各種類型ごとに定めがあり、条文表記省略します)は、不完全だったり遅れている履行を完全にせよ、ということです。
「損害賠償請求権の発生」
(民法415,416条)は、被った損害を金銭によって賠償するよう請求できる権利の発生を言います。
「解除権の発生」は、債権者が契約を解除できる権利の発生を言います。(民法541~548条)(※3)

上記は民法のメニュー上、ベースで用意されているものですが、これらに加え、当事者間の取り決めにより、債務不履行時の対応について特約を定めることができます。例えば、「債務不履行があった場合は、シリキ様が災いをもたらす(作為的な落雷による存在の抹消を含む)ことができる」と、定められるわけです!もっとも、それはシリキ様だから許されているわけであって、我々一般愚民がそのような規定を設けると、民法90条(公序良俗)によって、無効な契約となるため、注意が必要です。

※1 債務不履行の種類は条文上3パターンに分類され、それぞれについてルールが規定されているのですが、説明が複雑になるので今回の記事では解説しません。
※2 厳密にはここで「要件」という言葉を用いるのは正確ではないのですが、理解の促進と大枠の説明のためにも、使わせていただきます。
※3 解除権を行使しても、併せて損害賠償請求ができます。また、特約で、解除権の行使が、契約上で指定された権利の行使を妨げない旨を定めることも自由です。

Ⅳ.シリキ・ウトゥンドゥとハイタワーⅢ世との契約関係

さて、本題に入る前に一つ前提条件を確認しておきましょう。それは、「(有効な)契約の存在」です。
 シリキ様がハイタワー三世に対して債務不履行責任を追及するには、シリキ様とハイタワー三世との間に契約関係がなければいけません。前述の通り、契約の成立には申込と承諾が必要であるところ、両者は明確に、契約関係に入る意思を表示しておらず、よって有効に契約が成立したか定かではありません。
 また、有効に契約が成立していたとしても、「ハイタワー三世はシリキ様のことを呪いの偶像だと知っていたのか?」「ムトゥンドゥ族から債務を引き受けたのではないか?」など疑問が生じてしまいますが、ここで議論を重ねるのは記事として面白くないので、いったん、

 「ハイタワー三世は、シリキ様が呪いの偶像だと承知しながら、コレクションに加える目的で、ムトゥンドゥ族の合意の元、シリキ様を引き渡してもらった」

という事実関係があり、ハイタワー三世は引き渡しをもって黙示的にシリキ様の利用規約へ同意し、契約関係が発生したという設定にしておきましょう。

ここではまず、両当事者の債権債務を整理し、次に進むこととします。

【シリキ様の債権】
ハイタワー三世が、自身の債務①から⑧のいずれかに違反した場合、災いをもたらす(いかなる手段も含まれる)

【ハイタワー三世の債務】
シリキ様を、
 ①崇拝すること
 ②燃やさないこと
 ③閉ざされた場所にしまわないこと
 ④おろそかにしないこと
 ⑤馬鹿にしないこと
 ⑥他人に渡さないこと
 ⑦放置しないこと
 ⑧そして何より、恐れること

Ⅴ.ハイタワーⅢ世による債務不履行

 まず、ハイタワー三世の記者会見の録音「呪いの偶像だと?!バカバカしい!」の一言から、契約の趣旨に照らし合わせて、およそ「①崇拝すること」「⑤馬鹿にしないこと」「⑧恐れること」に関して債務不履行となるでしょう。
 また、かつて東京ディズニーリゾートのHPで公開されていた映像では、ハイタワー三世がシリキ様の頭を使ってたばこの火を消している描写があり、ここから「②燃やさないこと」に関しても債務不履行であることが分かります。
 なお、ハイタワー三世のことなので、「③閉ざされた場所にしまわないこと」「④おろそかにしないこと」「⑦放置しないこと」に関しても、どうせ自身の倉庫に運ぶ過程で債務不履行していたでしょう。
 ということで、「⑥他人に渡さないこと」以外、見事に債務不履行を重ねています。

Ⅵ.シリキ・ウトゥンドゥによる契約解除と債権の行使

 一方、シリキ様は、ハイタワー三世の債務不履行があった時点で、「履行の請求権」「損害賠償請求権」と「解除権」を有しています。また、特約で「債務不履行があった場合は、シリキ様が災いをもたらす(作為的な落雷による存在の抹消を含む)ことができる」こと、および、解除権の行使が契約上で指定された権利行使を妨げないことが特約されていたとすれば、その権利をも行使できることになります。
 上記のうち、シリキ様は「契約解除」と「災いをもたらす権利」を選択したといえます(※4)。ハイタワー三世との主従関係を断ち切り、彼の存在を消したことから分かりますね!(シリキ様との契約では、「契約解除」+「災いをもたらす権利」の並存が許されていたのでしょう。)
 このようにして、シリキ様は契約に基づく権利行使ができることまでは分かりましたが、果たして自ら「災いをもたらす権利」を行使してしまってよかったのでしょうか?(※5)

※4 「頭を焼かれて被った損害を、魂をもって賠償せよ」とも主張できそうですが、相当因果関係と損害額の算定の話をしようとすると、民事訴訟法248条の話もしなければならなく難しいのでスルーさせてください。
※5 解除権の行使は、裁判所を介さなくてもその法律効果を一方的な意思の表示によって発動させることができますが、場合によっては、裁判所で契約解除の存在(≒正当性)について、確認を求める訴えをすることもあります。

Ⅶ.シリキ・ウトゥンドゥの違法行為等

a. 自力救済の禁止

 シリキ様は自ら災いによってハイタワー三世を消してしまいました。これは民法上で禁止される「自力救済」に当たる行為で、不法行為(民法709条)として新たな問題を生じさせる違法行為です。本来なら千葉地方裁判所ニューヨークの裁判所を介して、ハイタワー三世に強制執行をかけなければなりませんでした。惜しいですね、シリキ様。

b. 公序良俗に反する定め

 前述でちらっと触れましたが、そもそも、「債務不履行したら存在を消してやる」なんて取り決めを(シリキ様以外が)したら無効になりますが、(民法90条)この取り決めをすること自体は違法行為ではありません。
 ただ、なぜかシリキ様の契約では例外的に有効になるようです。繰り返しになりますが、我々一般愚民がこのようなおこがましい規定を設けた場合には、その規定が無効になります。(※6)

※6 契約全体が無効になるわけではないので、注意!

Ⅷ.まとめ

まとめると、
1.ハイタワー三世はシリキ様との契約において債務不履行をした
2.シリキ様は契約に基づき、履行を請求する権利や損害賠償請求権も有していながら、解除権と災いをもたらす権利を選択した
3.しかし、シリキ様は災いをもたらす権利の行使について、本来は、裁判所に強制執行してもらわなければならなかった
ということになります。

Ⅸ.最後に

 まさかこんなにもバズるとは想定しておらず、波に乗るために粗々で書き上げた記事でしたが、いかがでしたでしょうか。後半に向かうにつれ、ちょっと適当になり始めたのも、ごめんなさい。
 ただ、私の思いつきのネタで少しでも笑っていただければ、そして、法学に興味を抱いていただければ幸いです。また、内容に誤りがあれば、遠慮なくコメントしてください。

おまけ:シリキ・ウトゥンドゥ契約 論点MAP

※完全なフィクションです。
シリキ様との契約は、条文の内容が不明瞭なことから、文言解釈によって、その要件と効果を読み解く必要があります。もっとも、以下各項目に掲げるどの学説を採ろうとも、債務不履行があった場合には無過失責任的に災いが訪れることに変わりはないので、議論の意義はそれほどないとも言えます。

・崇拝すること
(積極崇拝説/信条説/形式的崇拝説)
積極崇拝説:形式的な崇拝に加えて、深い信仰および不必要的な崇拝行為も必要とする説。
信条説:内的な深い信仰を必要とする説。
形式的崇拝説:内心の信仰は関係なく、形式的な崇拝手順に沿えばよいとする説。

・燃やさないこと
(燃焼説/火気接近説)
燃焼説:シリキ様を滅失させようとする意思をもって、シリキ様を焼失させるだけの火を放たないことであると説明する説。
火気接近説:微量の火気を着火することを含み、シリキ様の周囲に火気を接近させないことであると説明する説。

・閉ざされた場所にしまわないこと
(閉鎖空間説/収納行為説)
閉鎖空間説:シリキ様が主観で閉鎖的であると判断する空間に、シリキ様を単独で収納することが禁止されるとする説。
収納行為説:収納される場所はすべて閉鎖的な空間であるため、収納する行為そのものが禁止されるとする説。

・おろそかにしないこと
(主観説/客観説)

・馬鹿にしないこと
(言語説/客観態度説)
発信説:言葉によって馬鹿にする内容を明確に表すことが禁止されるとする説。
客観態様説:言葉は関係なく、馬鹿にする態度を客観的に示すことが禁止されるとする説。

・他人に渡さないこと
現実の引渡説/引渡の意思説
現実の引渡説:シリキ様を占有するものが現実に代わることを禁止しているとする説。
引渡の意思説:第三者に引き渡そうと発想することさえも禁止しているとする説。

・放置しないこと
結果放置説/恣意放置説
結果放置説:理由の如何を問わず、一時的にでも放置状態となることを禁止しているとする説
恣意放置説:意思をもって放置することを禁止しているとする説

・そして何より、恐れること
積極的畏怖説/内心的畏怖説/形式的畏怖説
「崇拝すること」における、積極崇拝説/信条説/形式的崇拝説に対応

DISCLAIMER:
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