曾祖母
曾祖母の夫(曾祖父)が出稼ぎに出た1904年時点では、二人の息子は5歳と2歳。夫の留守中、家を守るのも大変だったと想像しますし長い間とても寂しかったと思います。
さて、異国の地アメリカで、曾祖父、曾祖母、祖父、祖父の弟と4人で幸せに暮らせた時期が本当にあったのか疑問でした。
曾祖母の渡米記録は、一つだけ見つかりました。1922年(大正11年)の9月22日横浜出発、10月8日サンフランシスコ着の大洋丸の乗船者名簿に名前がありました。ただシャイアンの1920年のDirectoryに名前があるので、もっと以前に渡米していたのかもしれませんし、そうであればよいのにと思いました。というのも、1919年に祖父が結婚し1920年から妻と一緒に二人暮らしをしたようなので、それ以前に曾祖母が渡米していないと家族4人みずいらずで暮らせた時期はないでしょう。
話は戻りますが、シャイアンのDirectoryには曾祖母の名前の横にAkagi &Coが確認できましたが、この会社が何の会社かは判明しませんでした。 また、実際働いていたのかはわかりません。
※上記の記事を書いてから10日ほど経ちましたが、また一つわかりました。Akagi &Coは名前が微妙に変化していてAkagi Cleaning Company, Akagi Dry Cleaning Co.やF. K. AKAGIという名で新聞広告を出していました。
住所が全て同じで、シャイアンのDirectoryにあった祖父の住所とも同じでした。曾祖母ではなく、祖父の仕事場兼住居だったのでしょう。
今回様々な書類を見ましたが、この手の間違いは国勢調査にもありました。
広告からわかったのは祖父が最初MANAGERをしていてすぐにROPRIETOR(所有者、経営者)に代わった事です。赤木さんと言う方から経営を引き継いだのでしょうか?謎です。
上記サイトから広告はお借りしました。
お世話になったサイトです。