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香港 #43

私の側に腰かけていた先輩の事も、まるで目に入っていない様に私の元に駆け寄ったアンディ。
「優亜、大丈夫か?」
その言葉を全部聞き終わらない間に、突然先輩が後ろを振り返った。

「兄貴?兄貴がどうしてここに?」
「お前こそ、何で?」
私はその一瞬でアンディとラム先輩が兄弟であると知った。
驚愕する二人の男性に、事実を受け止められない私。

「どうして。いやぁー!!」
私はそのまま気を失った。
「優亜、優亜ーーー!!」
アンディの叫び声が耳に入っていた。
ナースコールで呼ばれたドクターやナースが、慌てて部屋に走って来たのや、意味の分からない広東語が飛び交うのも遠くに聞こえていた。そして、酸素マスクが着けられたり、腕に注射が打たれるのも肌に感じていたが、私は目を開ける事が決してできなかった。そしてやがては、何の声も、音も聞こえなくなり、深い海の底にゆっくり沈んでいくような感覚になった。



私は夢の中に迷い込んだ様だった。
そこは大きな草原でシロツメクサが沢山咲いていた。
私が幼い時の母と、大人になった私が何故か一緒にいた。
年齢が近くなったので、もう親子と言うより友達みたいだった。

母は、大人になった私をみて泣いた。そしてごめんねとひたすら謝ってばかりいた。
「笑顔の明るいお母さんが好きだから、もう泣かないで」
と私がお願いすると、「そうだね」と言って涙を拭い笑顔を見せてくれた。

私は母に会えて、ただただ嬉しくてはしゃいだ。そして本来なら一緒に過ごしていたはずの二十年分ほどの時間ときを埋めるように、ずっと母に話続けた。それを聞きながら嬉し気な母は、お花を摘んで冠を作ってくれていた。そうして出来上がると、昔してくれたみたいに私の頭にそっとのせてくれたが、それがあまりに小さすぎて二人で大笑いした。
「優亜、大きくなったね」
母が私の頭を撫で、笑顔で言った。
私の心はとても満たされていった。


私は思い切って、母に尋ねてみた。
「私ね、お母さんの夫だった香港人の男性が、お母さんと離婚後に結婚した女性との間にできた子供と、結婚しようと思ってるんだけど、喜んでもらえる?」
「なんてことなの。私の人生で私の一番美しい時に、世界で一番愛した俊明の息子と、貴女が出会ったていうの?」 
うん、と私は頷いた。

「ここにきた当時は、俊明を恨んでた記憶を全て持ってた。でも今はね、恨んでたその事実が魂に履歴として残っているだけ。何故恨んでたのかは、もう全くわからないの。彼との記憶は、一緒に過ごした幸せな時間の記憶だけが溢れていて、悪い記憶は全て消えてるの」
「じゃあ、私たちの結婚、喜んでくれるの?」
「勿論よ。とても不思議な巡り合わせだけど・・・優亜、おめでとう。貴女は必ず幸せになりなさい。そして私の分も生きてちょうだい。それから、気がかりは、私にいた羊英という息子。貴女のお兄ちゃんを見つけたら、仲良くして欲しい。お願いね。」
その言葉を聞いて私は子供みたいに大泣きした。
「お母さん、ありがとう。私必ず幸せになる」



「さあ、貴女はそろそろ帰りなさい」
「お母さんは?一緒に帰ろうよ」
「一緒にいたいけど、それはできない。貴女はすぐ愛する人の所へ戻りなさい。もうここにいてはいけないの。さあ、あの船に乗りなさい」
急に母は強い口調でそう言うと、川に停められていた一艘の小舟を指さした。
私は言われるまま、母と二人でそちらに歩いていった。
それから母は、一緒に行こうとごねる私を、無理やり船に乗せた。
「さようなら、優亜。幸せにね」
それ以降の記憶は全くなかった。


三日間眠り続けた私は、突然目を覚ました。
手を握っててくれたアンディの温もりに気づいた私は、ほっとした。
「優亜、優亜。戻ってきてくれてありがとう」
彼は、ポロポロ涙を流していた。


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