雪の山荘で3

これは「雪の山荘で」のいわば終盤戦です。
最初にここを見ても意味がわからないと思われますので、雪の山荘で1 から読んでいただくことを推奨します。


私の、いや全員の眠りが一つの絶叫によって終わりを告げた。
同時に目を覚ました真希と顔を見合わせ、ドアを開けて二人で廊下を覗き込むと、葵も同じようにしていた。
廊下に出て、階段の前で葵と優子と合流すると、
「どうした!?何かあったのか!?」
という大声が籠もったような声が聞こえてきた。恐らく加藤さんの声だろう。
「まだ何が起こってるかわからないですし、今いる私たちは鍵を開けられないので、一旦大森さんと合流して戻ってきます」
加藤さんの部屋の前に行って伝える。
「わかった。何かよからぬことが起きたのは間違いないだろう。きみも気をつけるんだよ」
頷いたが、見えていないので返答があったことはわからなかっただろう。
四人で階段を降りると、談話室で良枝さんが背中から大量に血を流してうつ伏せに倒れていた。その隣に大森さんが泣き崩れている。少し離れたところには藤本さんが座り込んでいた。
確認してはいないが、あの様子と反応を見るに、良枝さんは間違いなく生きてはいないのだろう。
痛ましい姿ではあるが、そうとばかりも言ってはいられない。
「加藤さんも呼んで状況を伝えましょう」
何とかに平静を保ち、藤本さんに声をかける。
それで我に返ったようで、慌てて立ち上がった。
「そ、そうだな。鍵を持ってくるから少し待っててくれないか」
恐らくすぐに開けられるようにわかり易い場所に置いておいたのであろう。小走りで鍵を取りに行き、ほんの数秒で戻ってきた。
藤本さんと私で二階まで駆け上がり、一声かけて鍵を開ける。
鍵を開けると同時にドアが開かれ、ドアに直撃しそうになっていた。
「で、何があったんだ?」
ドアの勢いそのままに出てきた加藤さんが尋ねる。
「ママさんが……」
それ以上は言えないようだった。
「そ、そうか……他の人は無事なのかい?」
「はい。大森さんが憔悴していましたが、他の人は誰かに襲われたとかそういうのは無いと思います」
藤本さんに代わって答える。
「まずみんなで集まろう」
その声を合図に三人で談話室に降りていった。

初めて良枝さんの死体を目の当たりにした加藤さんは絶句してしまった。
二日にして三人目の死体との遭遇ではあるが、私も同じだが全く慣れないものである。慣れたくもないが。
「集まろうと言ったのはいいものの、もはやできることなんて無くないかい?」
加藤さんの問いかけに答える者はいない。
「一日で三人も殺すような奴相手にぼく達が今更何ができるというんだい。そもそも一般人のぼく達が殺人事件をどうにかなんてのが無理だったんだ。今にして思えば、昨日の段階で、状況を打開しようとみんなで考えを巡らせていただけでも立派だったんじゃないか?」
捲し立てるように続ける。
それにも誰も答える者はおらず、沈黙が流れる。
「いや、私は妻をこんなにした奴を突き止めたい」
凍りついたような空気を破ったのは、意外にも大森さんだった。
「加藤さんの言うことはもっともです。ですが、この手で何とかしたい。昨日の事件の際にそれほど考察に加われていない私が言ってもただの我儘でしか無いですが……」
最後は切れ切れになっていた。
解決に向けてそれほど無関心だったようには思わなかったが、特に問題にすることではないだろう。
「俺も何とかしたい気持ちでいっぱいなんですけど、誰ができたか見当もつきませんよ。というか、今回に関しては、誰でも犯行を行えたんじゃないでしょうか?」
「加藤さん以外は、になるのでしょうか」
私に注目が集まる。
「昨日の段階ではアリバイと呼べるようなアリバイが無かった加藤さんを疑うことになってしまいましたが、今度のに関しては、加藤さんだけに鉄壁のアリバイがあると言えるでしょう」
言いながら軽く加藤さんに頭を下げる。当の加藤さんに全く気にしている素振りは無かった。
「加藤さんがやったとしたら……部屋のドアは開かないから、窓から出て、おばさんを刺して……もう一度窓から戻らないといけないわけよね。確かにちょっとどころじゃなく難しそうね」
真希が同調してくる。おばさんを刺して、のところだけは小声だった。
「ん?帰りはドアから戻ればいいじゃないか。わざわざ窓から戻る必要は無いだろう?」
藤本さんが首を傾げる。
「それは有り得ません。私たちが開けに行くまで、外から掛けたカギは閉まっていました。部屋の中からあの外側のカギは閉められない構造です。加藤さんは、最低限外側の鍵の操作はしていないでしょう」
「そうなるね。だから、ぼくがやったとしたら、窓から出るしか無い。だけど、そうしたら跡が残るはずじゃないかな」
「雪が降っていたでしょう。外を歩いたとしても、跡なんてその後に降った雪が消してしまうじゃないですか」
またも藤本さんが首を傾げる。
「それがそうでもないんですよ。私と真希で外を一度見た時、雪はほぼ止んでいました」
真希が頷く。
「何なら今から見てみましょうよ」
それもそうだとばかりに藤本さんが立ち上がる。私が付いて玄関から外に出てみると、曇ってこそいたが雪は止んでいた。
「本当だ……いつ止んだかまではわからないけど、確かにこれなら、二階から飛び降りた跡が消えてるなんてことは無さそうだ」
「ですね。これで、加藤さんの部屋の窓の下に飛び降りたような跡が無ければアリバイ成立になりますね」
回り込んで見てみると、予想通りと言ったところか、そのような跡は無かった。
「これでめでたくママさんの件に関しては加藤さんのアリバイは成立か」
白い息を吐きながら藤本さんが呟く。
「他の件は加藤さんだと言ってるように聞こえますよ。証拠も無いのにやめましょうよ」
つい眉を顰める。
「そうだな。済まない。だけど、昨日の犯行は加藤さんで、今日のは別人が、ということは有り得るじゃないか」
「そうだとしたら、殺人鬼がこのペンションに二人、啓太の件と先生の件の犯人まで別だとしたら最大三人も殺人鬼がいることになりますよ?そんな可能性はどれほどのものだと思います?」
「可能性がある限りは疑っておく方が良いとは思うね。ゼロとは言い切れないだろう?」
「まあそうですが……ペンションに殺人鬼が一人紛れ込むだけで天文学的な確率です。それが二人もとはとても……」
「うーん……とりあえず、みんなが心配するといけないし、何より寒い。ここで俺たちだけで議論してもしょうがないだろう。一先ずは、外に誰かが飛び降りたり歩いたりした様子は無かったことを伝えよう」
「そうですね」

二人で戻り、外の様子を伝えるが、すぐには何の反応も帰ってこなかった。
めいめいに何か考えているようだった。
「雪が止んでいるなら、車は出せませんかね。みんなで麓まで降りて警察の手に委ねるのが一番だと思うんだけど」
ゆうに十分は経ってから加藤さんが切り出した。半分は大森さんの方を見ていた。
「そうですね……私たちだけで考えて、いつまでたっても解決できないぐらいなら……」
長い沈黙の後、大森さんが絞り出すように言った。

決まってしまえば話は早い。
現場を保存した方が良かろうということで、取るものもとりあえず二台の車に分かれ、大森さんが運転する車には加藤さん、葵、優子が、藤本さんが運転する車には私と真希が乗り込んだ。
止んだとはいえまだ雪の残るカーブの多い下り坂で、私ならまず事故を起こすだろうと思った。
しかし、慣れがあるのであろう大森さんと藤本さんは、非常に安定した走行を果たしていた。
「きみの言う通りに犯人が複数でないとしたら、犯人の候補がいなくなってしまうんだよなぁ……」
ぼやくように助手席の私に語りかけてきた。
「確かにそうですが……」
「どういうこと?」
どうやら聞こえていたらしい真希が身を乗り出してきた。
「啓太の事件の時には大森さん、良枝さん、真希、私に、先生の事件の時には大森さん、藤本さん、葵、優子に、良枝さんの事件の時には加藤さんにアリバイがあった、ということだったよね?」
「そうだったわね」
「全ての犯行にアリバイの無い人がいない以上、複数の犯人がいる可能性を考えてもいいんじゃないか?ってさっき外で田中さんと話してたんだ」
藤本さんが続けた。
「ふーん。で、光はその可能性は薄いと考えてるわけね?」
黙って頷く。
しばらく考えていたが、
「そうだとしても、警察に調べてもらえばちゃんとはっきりするんじゃない?今のあたしたちが考えるよりは、警察の捜査の方がしっかりしているはずよ」
乗り出すのをやめ、諦めたように座席に凭れかけた。一応寝たとはいえ、疲れが残っているのだろう。私もそうだ。
「そうだな……ちゃんと伝わるように警察に話すことをまとめておかないとな」
「ですね……」
話はそれで終わった。

麓の警察署に駆け込み、ちょうどいた警察官にペンションで起こったことを話すと、すぐにチームが組まれ捜査が始まった。
その中で、ペンションのほぼ全てを知る大森さんを中心に、私たち全員に長い事情聴取が行われ、全ての会話を再現できるレベルまで話したが、その中において犯行に関わるような決定的な矛盾は発見されなかった。また、科学的な捜査においても、怪しい人物の影や形跡、聴取にそぐわない形跡も見つかることはなく、捜査は暗礁に乗り上げることになってしまったようだった……



さて、一連の事件の犯人は誰なのだろうか?
1.外部犯は存在しない
2.作中で死亡が確認された人物は間違いなく死亡している
3.全ての事件の犯人は特定の一人である
4.誰一人として証言において嘘は言っていない
これらの条件を満たした上でお考えいただきたい。

A.わかった!
B.わからない……ヒントはないだろうか?