雪の山荘で1

解答編まで合わせると全部で2万字ぐらいあったりするので、お時間のあるときに気合入れてお読みください。


「おはよう。よく眠れた?」
目を覚ますと、真希がいた。
あぁ、そうだった。真希と旅行に行っていたんだった。
寝起きで頭が働いていないせいか、どうでもいいところで納得する。
前述の通り、恋人(とまだ呼べるほどの関係ではない。これを機に関係を深められたらいいのだが)の真希と旅行をしている。残念ながら二人きりというわけではなく、研究室仲間の石井啓太、遠藤葵、西村優子と、企画者兼引率の松永洋一先生も一緒だ。そもそもが研究室仲間での旅行だから当然なのだが。
電車を乗り継ぎ、最寄りの駅から迎えの車を出してもらってペンションに着く頃には、私はすっかり疲れ切ってしまっていた。
時間がかかったのは雪道だったからかもしれないが、車で30分は最寄りと言ってよいのだろうか?
他に疲れた表情を見せていたのは松永先生だけだったので、私の体力が無いだけなのかもしれない。同じ歳なのに元気そうなみんなが少し羨ましかった。

ペンションのオーナーの大森さんにそれぞれ部屋に案内された。私と真希は残念というか当然というか別の部屋となった。二人用の部屋は一つだけあったのだが、そこは女性どうしで特に仲の良い葵と優子が入ることになった。
それぞれの部屋を訪問して見合ってから自分の部屋に荷物を置くと、真希が来た。
「ふーん。やっぱり私の部屋と同じなのね。どこも一緒なのかしら?」
「大体一緒だったよ。後で先生の部屋にも行って確認してみるかい?」
「それもいいかもしれないわね」
「でも後にしよう」
すぐにでも飛び出しそうだったので、釘を刺しておいた。啓太の部屋を見た通り、さほど大きな違いはないだろう。それに、私は疲れているのだ。夕食の後でもいいだろう。
「そんなに疲れたの?マッサージでもしてあげようか?」
有難い申し出に心躍った。
「あぁ~……生き返るようだ……」
お世辞にも上手いマッサージとは言えなかったが、真希がしてくれてるという事実が私から疲れを取り去ったし、その心意気が嬉しかった。
「ふふっ、光ったら、おじいちゃんみたい」
「さ、流石におじいちゃんはひどくないかい?」
まあ、おじいちゃんみたいとはよく言われている。すぐ疲れるから……ではなく、黎明期の推理小説を読み漁っていた影響で、作中の探偵に憧れてたまに口調を真似ていたら、いつのまにか端々にちょっと昔の言葉遣いのようなものが出るようになってしまっているのだ。
「よし!終わり!」
しばらく寝転んだ私の背中を押していた真希が、そう言って背中を激しく叩いた。
急のことだったのでうっと呻き声が漏れてしまった。
「じゃあこんどは私がしようか?」
「別にいいよ。おじいちゃんじゃないし」
などと言っていると、ノックの音がした。
「はい?」
ドアを開けると、大森さんがいた。
「夕飯の時間なので呼びに来ました。おや?真希もここにいたのかい」
真希が顔を覗かせていたらしい。
もうそんな時間だったのか。ふと腕時計を見ると七時を指していた。
「あら、叔父さんじゃない。もうそんな時間?」
ここのペンションのオーナーは真希の親類で、おかげで少し便宜を図ってもらえているらしい。そんな他己紹介を考えている間に、真希が先に返事をしていた。
「そうだよ。急ぐこともないけど、冷めないうちに来なさいよ」
「はーい。じゃ、行こっか」
「そうだね」
真希と一緒に食堂へ向かうことにした。マッサージは諦めることにした。

食事は非常に美味しかった。お世辞でも何でもなかった。
そう思ったのは私だけではなかったようで、それぞれが大森さんを讃えていた。中でも、唯一の私達以外の客である加藤さんと思しき人(思しきと言っているのは大森さんがそう呼んでいたからである)の称賛ぶりは凄まじく、大森さんも困惑するばかりだった。
真希が教えてくれたのだが、料理は全て大森さんが作っているらしく、妻の良枝さんは一切料理ができないとのことだった。この話を聞いていた従業員の藤本さんも、
「大きな声では言えないけどママさんの料理は料理じゃないよ」
と言っていたので、まずさは本物なのだろう。

「どちらかの部屋で話でもしない?」
夕食後、みんなが部屋に戻っていこうとしているところで、真希に声をかけた。
「ごめん、叔父さんとちょっと話したいことがあるから、その後でもいい?」
「うん、いいよ。それまでのんびりしてることにでもするさ。ちょっとペンション探検でもしていようかな」
「ありがと。話したらすぐ行くわね」
久々に会う親類だ。積もる話もあるだろう。少し残念ではあったが、それを全く出さないように言った。
最も奥まった大森夫妻の部屋まで真希と一緒に行き、自分の部屋に戻ろうとすると、藤本さんがドアを開けて声をかけてきた。
「おや、きみ一人かい?」
「ええ、真希は大森さんと話があるらしくて。私は一人でペンション探索ですよ。あ、そうだ、どこか入っちゃいけない所とかってあります?」
「入っちゃいけない場所は別に無いけど、外には出ないほうがいいよ。すごい雪だから」
「雪で閉じ込められて、なんてことはないですよね?」
「雪で途中の道が崩れたことは去年一回だけあったよ」
「えっ?大丈夫なんですか?」
「大丈夫ってこともないけど、その時は大体二日ぐらいで復旧されたから、そのまま餓死なんてことは無いはずさ」
私の心配を打ち消すように笑いながら言っていた。言葉ほど心配しているわけではなかったのだが。
「……あ、そうだ。探索するなら俺の部屋でも見てみる?」
「いいんですか?」
「大して面白いものは無いけどね」
藤本さんの部屋に入ると、言った通り面白いものがないどころか、あまり物が無かった。しかし驚くべきものが目を引いた。
「あれ?パソコンがあるんですね」
「ああ。携帯の電波は届かないけど、電話回線は引いてるから、それでインターネットも使えるんだよ。受付に電話もあっただろう?オーナーは自分の部屋のパソコンで一か月に一回きっちりペンションの案内のホームページ更新してるよ」
何故パソコンが?と思ったが、そういう手段があったか。携帯が使えないと聞いていた先入観が邪魔をしていたようだ。
部屋を見せてもらい、窓から大雪が降っているのなどを見たりしながら話して、藤本さんの部屋を出た。廊下で時計を見ると七時五十分で、意外にも五分ぐらいしか経っていなかったようだった。探索も何となく面倒になり、少しぶらぶらして部屋に戻った。

ノックの音で意識が帰ってきた。疲れからか眠ってしまっていたようだ。
時計を見ると八時四十分を指していた。
ドアを開けると、松永先生が立っていた。
「何かあったんですか?」
「ついさっき下で大森くんと、みんなで談話室で話でもしようということになってね。君も来ないか?」
大森くんとは真希のことだろう。先生は生徒をくん付けて呼んでいる。オーナーならばおそらく大森さんと呼んでいるはずだ。
「はい、いいですよ。もうみんないるんですか?」
「声をかけたのは君が最初だよ。これから他の人のところを回るところだ」
「なら手分けしましょうか?」
「別にいいよ。君は先に下にいっているといい」
特に食い下がる理由もないので大人しく談話室に降りると、真希と藤本さんがソファーに腰掛けていた。
二人と取り留めのない話をしていると、葵と優子が騒ぎながら一緒に、ややあって先生が加藤さんを伴って降りてきた。
加藤さんとはすれ違うことはあっても話したことはなかったので、互いに自己紹介し合っていたのだが、
「あれ?もう一人いなかった?」
と問われて初めて石井啓太が談話室に来ていないことに気付いた。
「一応声はかけたんだけど返事がなくてね。寝てたらわざわざ起こすこともなかろうと思ってそのままにしたんだ」
先生が言うのももっともだと思ったが、葵の
「呼んできましょうよ。それに彼なら起こしちゃっても別に怒らないでしょ?」
の一言で、先生、私、葵、優子の四人で啓太を呼びに行くことになった。
まず私が軽めにノックをしてみるが反応はない。
続いて先生が強めにノックをしてみても何の反応もない。
「ちょっとおかしいな。田中くんはこれぐらいで出てきたんだが……」
田中とは私のことである。
「ですね。病気とかだったらやばいですし開けてみませんか?」
そうだね、と言いながら試しにノブに手をかけると、ドアが軽く回った。
「あれ?開いてるじゃない。不用心ね」
優子が少し眉を顰めるが、
「鍵をかける理由も無いんじゃないかな?ぼくはさっき部屋に一人でいたときは閉めてなかったよ。こんな人里離れたところだし、貴重品を置き去りにしてなければ特に鍵は必要無いと思うけどね」
との先生の述懐に納得したようだった。
私はそんな問答を話半分に聞きながらぼーっとしていたが、それを半ば無視するように部屋に入っていった葵の絶叫で意識が呼び戻された。
何があったのかと三人でバタバタと部屋に入ると、石井啓太が物言わぬ姿で床に転がっていた。

絶叫を聞きつけて、下にいたみんなも啓太の部屋に集まってきた。
あまりぎゅうぎゅう集まってもできることはないということで、大森さんと先生が代表して調べることになり、私達は部屋の外でそれを待つことにした。
「ど……どうなってたんですか!?」
出てくる二人に立ちはだかるように加藤さんが尋ねた。
「どうって……私達は専門じゃないから詳しいことはわからないけど、首に紐とかロープのようなもので絞めたような跡のようなものがあって、他に外傷は見当たらなかったから、恐らくこれが死因なんだと思う」
「で、跡の付き方を少しシミュレートしたんだけど、どうやら後ろから絞められてできたものではなかろうかということになったよ。」
「自分で首を絞めて窒息死なんてのは基本的に不可能と何かで読んだから、誰かにやられたんだろうとは思うんだが……」
歯切れのよいものではなかった。手探りだったのがよくわかる。
「何かあれば……と言いたいところだけど、わざわざこんな狭い廊下で立ち話することも無いさ。下で落ち着いてこれからのことなどを話し合おう」
との大森さんの一声で、一旦談話室に戻っていくことになった。

「とりあえず警察に通報しませんか?」
思い思いの位置に座るのを待って言った。意外にも誰も思いが至っていなかったようで、一斉にはっとした顔でこちらを見た。
「そういえばそうだった」
大森さんが慌ててロビーに置いてある電話に駆け寄る。
「あれ……?音がしない」
何度も受話器をガチャガチャしていたが、様子は変わらないようだった。表情が曇っていくのが手に取るようにわかった。
「雪で電話線切れちゃったかもしれませんよ?去年も道が崩れた時に電話も使えなかったじゃないですか」
「あぁ……それでか……」
藤本さんが少しカーテンを開けて外を見ていた。
促されて私も見てみると凄まじい吹雪だった。外の車も半分ぐらい雪に埋もれていて、山を降りて警察に駆け込むのも難しそうだと思った。
「携帯は繋がらないんでしたっけ?」
確認を取るように訊くと、ここで働いている四人が黙って頷き、加藤さんが声にならないうめき声をあげた。
「かといって何もしないわけにはいかないし……どうしようか?」
落ち着きなさげに歩き回りながら大森さんが全員に問いかけた。
「なら、どこかに誰か潜んでいないか調べてみないか?これではおちおち寝ることもできないよ」
すかさず加藤さんが提案した。
「隠れられるようなところなんて無いですよ?見ての通りそんなに広いところじゃないですから」
藤本さんが難しそうな顔をする。
「そんなこともないんじゃないですか?空き部屋や物陰なら意外と隠れられてしまうかもしれませんよ」
加藤さんに助け舟を出してみた。
「そう言われてみると……」
大森夫妻が顔を見合わせる。急に不安になったようで、不審者がいないか探索することになった。
探索には勝手を知る大森さんと藤本さん、言い出しっぺの加藤さん、話に乗っかった私が行くことにし、他の面々には談話室に残ってもらうことになった。談話室は建物の中心部と言っても良い位置関係にあり、二階への階段をはじめ多くの場所がここの脇を通らないといけないため、都合が良いということだった。
まずは一階。さすがにオーナーサイドの居住区にはいなさそうということで、倉庫、食堂、物陰と見渡してみるが、怪しい人の姿はない。勿論怪しくない人の姿もない。
「誰もいなさそうですね」
誰ともなく言った。この場の総意で、実際には誰が言ったのかわからなかった。
試しに裏口を開けて覗いてみると盛大に雪に見舞われ、大笑いされてしまった。

「どう?誰かいた?」
一階の探索を打ち切って二階へと向かっていると、真希から声をかけられた。
「誰も。見ればわかるだろう?」
「わかったけど社交辞令よ。聞いてみただけ」
舌を出された。
「死んでたのは二階だから、誰か潜んでるとしたら二階の方が確率は高いかもしれない。気をつけるんだよ」
先生が不安になるようなことを言ってくる。
とはいえ、一階の探索の感じから、二階にも誰もいないのではないかという気になっていた。
階段を上がり、四人で二階へ行く。
とりあえず空き部屋、掃除用具入れから手を付けてみたが、掃除用具入れから猫が一匹見つかっただけだった。
「ここで飼ってるタマだよ。これで一応発見報告はできそうだ」
大森さんが間抜けなことを言い出した。
「まあ猫が犯人ってことはないし釈放してあげましょう」
いつの間にかタマを抱えていた藤本さんが解放してあげていた。
「たしかに、猫が絞めたなら首元に爪痕とかがついてそうですけど、無かったんでしょう?」
「手で絞めたなら爪痕の議論も必要になるかもしれないけど、残っていた跡は紐状のものだったから、人か猫かという議論には関係ないと思いますよ」
「道具を使ったなら余計に猫ってことは無いと思いますが」
「まあそうなんだけど」
私の突っ込みでタマ犯人説は終わりを告げた。元より本気ではなく、突っ込み待ちだったのだろう。
「あとは……石井啓太くんの部屋にそのまま残っていた可能性を考えるぐらいか」
「うーん、そんなことあるのでしょうか。もし何かの間違いで見つかったらすぐに犯人とわかってしまいますよ?」
「それはそうだけど……」
「なら見てみましょうよ。その方が早いですよ」
藤本さんの提案に乗る形で、早速啓太の部屋に入る。
啓太の倒れた姿を見ないようにしながら、手分けして人が隠れられそうな場所を探すことになった。
風呂やトイレを探っている人もいる中、私はクローゼットとベッドの下を見てみたが、いずれも誰の姿も確認できなかった。
「そうか……別に密室でもなかったんだし、わざわざ部屋に残っている理由はなかったのか……」
探索を打ち切って部屋を出るなり、反省するように加藤さんが呟いていた。
誰も何も返すことができなかった。

「となると、言いたくはないが、この中の誰かがやったと考えないといけなくなるのか……」
談話室で探索結果を報告すると、先生が声を絞り出した。それに対して全員が全員の顔を見合わせる。
「みんなで自分がどこにいたか確認し合いませんか?」
みんなで混乱しても仕方ないと思い、切り出すことにした。
「アリバイ証明というやつかな?お客さんを犯人扱いするのは気が進まないんだが……」
当然の難色を示す。
「とはいえこれはやらなきゃいけないと思うね」
先生が加勢してくれた。
「……どれぐらいの時間帯のアリバイが必要なのかな?」
なおも難しい顔をしていたが、渋々納得してくれたようだった。
「夕食の後から談話室に集合するまでの間、ですね。自分のアリバイでも他人のアリバイでもとにかく情報を共有しましょう」
「わかった。では私から。夕食後は自分の居住スペースで真希と話していたよ。話には加わっていなかったけど、妻も同じスペースにいたはずだ」
この大森さんの証言は私も大体は知っていることだった。
「その時に誰かが出ていったりは?」
この加藤さんの疑問は当然だ。
「話が終わるまでは出てはいなかったと思うが……」
「多分出てないと思いますよ。俺も部屋にいたんですけど、オーナー達の部屋はここから見て俺の部屋の奥にあって、通ると足音で大体わかるんですよ。」
「あら。私は一回出て戻ったわよ。食堂の電気つけっぱだったか気になって、一分も部屋を離れてはいないと思うわ」
オーナーの奥さんの良枝さんが口を挟んだ。
「そういえば出て行ってたっけか」
「おばさん二回通ったわよね」
真希が口添えする。
「え、マジですか。じゃあもしかして俺の証言役に立たない?」
藤本さんが頭をかいた。
「無駄ってことは無いと思うよ。まず、良枝さんも、一分で殺して戻ってくるのは無理だろう。かといって、片方だけの犯行という事はないだろうし、一人にはたまたま気付かないことはあっても、二人で、まして三人でなんて動いたら流石に全くわからないことは無いだろう。というわけで、ちょっと弱いがアリバイはあると言ってもいいんじゃないかな。でも、とすると君にアリバイは無いことにならないかい?一人でいたんだろう?」
口にはしなかったが、しまったという感じがありありと表情から出ていた。
「かく言うぼくも部屋で一人でのんびりしていたからアリバイと呼べるようなものは無いんだけど」
何事も無いかのように先生は自分に有利にならないことを言う。
「あたしは葵の部屋で二人で話をしていました」
優子が言うと葵が頷く。
「私も自分の部屋にいました。その前に藤本さんの部屋に少しだけ行きましたが。真希と、大森さんとの話が終わったらどちらかの部屋で話をしよう、ということでのんびり待ってるうちに、呼ばれるまで眠ってしまっていて。先生と同じくアリバイは無いということになるでしょうか。アリバイの有無を問うておいて何ですが」
「あら、結局行かなかったの?」
良枝さんが口を出してきた。
「そうそう、ついつい話し込んじゃって」
「ちょっと話したらすぐって言ってたから五分ぐらいで行くものだと思ってたわ。すっかり待たせちゃったんじゃないの」
「ん、ちょっと待ってください。なら田中くんは薄いところとはいえアリバイが成立しないかな?」
先生が口を挟んできた。
「どういうことですか?」
葵が聞き返した。私も自分のことにも関わらず全く意味がわからなかったが、他のみんなも同じようなことを思っていそうな顔をしていた。
「大森くんがいつ上がってくるがわからないんだから、犯行を行うタイミングが無いじゃないか。ぼくも今その話を聞いた感じだと五~十分ぐらいのように思ったし、田中くん、きみは藤本くんの部屋にも寄ったんだろう?」
「え、ええ」
「なら尚更じゃないか。間接的に見張られていたような状態にあったと言えるはずだよ」
私に対する疑いの目が解かれた気分になったが、おそらく気のせいだろう。そもそも誰もがそこまで誰かを疑っているということはないように思えた。
「あとはぼくだけか。とはいえぼくも部屋に一人でいたから、それを証明してくれる人は残念ながらいないな」
加藤さんはどこか上の空のようだった。
「これだとアリバイが無いのは先生、藤本さん、加藤さんの三人になってしまいますが……」
あまり三人の方を見ないように言った。
「いや、遠藤さんと西村さんのアリバイも確定はしないね」
加藤さんがやや強めの口調で言い放った。
「どうしてですか!?」
声の方を見ると優子が立ち上がっていた。
「二人での犯行なら、証言を示し合わせることは可能ということだよ。それに、後ろから締め上げるならそこまで体力が必要ではないかもしれないが、女一人でというよりは二人の方がより容易になるだろう?」
しっかり言い返されて黙って座ってしまった。
「まあまあ。アリバイが無いのが五人もいるんだ。これだけで確定はしないんだから、誰も犯人扱いなんてできないさ。可能性の問題だよ。とはいえぼくも同じ立場だけど」
先生が宥めるように言った。普段通りではあるが、激高した人間を落ち着かせるには非常に適した口調だと思った。
「とはいえぼくには動機がない。石井くん?とはここで一回か数回かすれ違った程度で、一度も話したこともないんだから」
疑い合うならよそでやってくれとでも続けそうだったが、そこまでは言う気はないようだった。
「それはわかりませんよ。そう言えるのは加藤さんだけで、ここに来る前に何かあったとも限らないじゃないですか。当の相手の啓太は残念ながらもういないわけですから」
私が言うと横で優子が勝ち誇るような顔をしていた。
「確かに。一理ある。確かに証明はできないね。学生たちの中ではまだきみはちゃんと考えているようだ」
ニヤリと笑っていたのは、挑みかかるようでもあり、純粋に戦力が増えたと感じたのを喜んでいるようでもあった。
それ以上は誰も何も言えず、何の進展も打ち出せず全員でにらめっこをするように押し黙ってしまった。
しかし、このままにらめっこを続けて、雪が止まずとも、視界が通りやすくなる朝まで待つことは、決して悪いことでもないなとぼんやり考えていた。


2に続く